86:適応不全

86:適応不全

行動に関わる問題

不登校不登校は文部科学省において,「何らかの心理的,情緒的,身体的あるいは社会的要因・背景により,登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち,病気や経済的な理由による者を除いたもの」と定義されている。不登校に関する研究は,1940年代のジョンソンJohnson, A.M. に端を発し,日本では1960年代から始められた。当初は,背景にある分離不安や恐怖に着目して「学校恐怖症」という呼称が使われていたが,1970年代から80年代には学校不適応により登校を拒む児童生徒も含めて「登校拒否」と呼ばれた。1990年代以降はより中立的で幅広い概念としての「不登校」が用いられ,「誰にでも起こりうる」ものとして認識されるようになった。不登校のきっかけとしては,本人に係る要因として,不安,無気力や非行など,学校に係る状況として,いじめ,友人や教職員との関係の問題,学業不振や進路など,家庭に係る状況として,生活環境の急激な変化や親子関係をめぐる問題など,多様なものが想定されている(文部科学省,2017)。また,発達障害,虐待,統合失調症やうつ病等の精神疾患が背景にあるという場合もある。児童生徒が抱く不安や困り感と取り巻く環境の状況を見立てたうえで,学級・学校単位での支援を柔軟に展開し,主体性の回復と社会的自立をめざすことが求められる。

学級崩壊:一斉授業や学級活動が成立しないという,いわゆる学級崩壊の問題は,1990年代半ば頃から社会問題化した。旧文部省が1998年に立ち上げた学級経営研究会は,「学級がうまく機能しない状況」を,「子どもたちが教室で勝手な行動をして教師の指導に従わず,授業が成立しないなど,集団教育という学校の機能が成立しない学級の状態が一定期間継続し,学級担任による通常の方法では問題解決ができない状況に立ち至っている場合」と定義し,実態把握を行っている。直接的な要因としては,児童生徒の集団生活や人間関係の未熟さ,特別な教育的配慮を必要とする児童生徒への対応の問題や,学級担任の指導力不足などが指摘されているが,実際には複合的な状況が積み重なって起こると考えられている。また,学級崩壊に至る背景としての学校の状況,児童生徒の生活や人間関係の変化,家庭や地域社会の教育力の低下などにも着目しておく必要がある。対応にあたっては,状況を受け止め困難さと丁寧に向き合うこと,児童生徒との信頼関係づくりやコミュニケーションの充実,校内支援体制の強化や関係機関との連携などが求められるが,日頃から学級経営の実態を把握しておくなど,予防のための取り組みも大切になる。

いじめ:1980年代半ばに被害にあった中学生が自殺に追い込まれたことをきっかけにいじめは社会問題となった。定義には変遷があるが,現在は「児童生徒に対して,当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む)であって,当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」(文部科学省,2017)とされている。問題行動調査においては,かつてはいじめの発生件数が対象とされていたが,2007年より認知件数へと変更され,攻撃を受けた側の心理状態が重視されるようになった。いじめの内容としては,からかいや悪口などが最も多く,叩く・蹴る,仲間外れなども認められる。近年ではインターネット上での誹謗中傷といった「ネットいじめ」の割合も増えている。いじめは,被害者,加害者,観衆,傍観者の四層構造で行われ,観衆がはやし立て,傍観者が見て見ぬふりをすることで深刻化する(森田,2010)。加害者や被害者のみならず,いじめの実態を知る周囲の児童生徒にも働きかけることが,いじめ抑止の鍵となる。

非行非行少年とは,現在の少年法の規定によれば,犯罪少年(14歳以上20歳未満で罪を犯した少年),触法少年(14歳未満で刑罰法令に触れる行為をした少年),犯少年(20歳未満で,具体的な問題行為があり,将来的に犯罪や触法に至る可能性のある少年)のことをさす。内閣府の『平成29年版子ども・若者白書』によると,近年は少子化の影響もあり,犯罪少年の検挙人数および触法少年と犯少年の補導人数はいずれも減少傾向にあるが,触法少年(刑法)は12歳以下の占める割合が上昇傾向にある。また,文部科学省(2017)によると,小・中・高等学校における暴力行為の発生件数は年々増加しており,特に小学生の増加が顕著である。非行のリスク要因には,衝動性の高さや自己統制能力の低さといった個人要因,虐待や親による監督の低さといった家族要因,非行のある友人の存在,学業成績の悪さや学校への関心の低さといった学校不適応などがあり,いくつかの要因が重なると非行が深刻化する。対応としては,予防のための心理教育と非行少年への処遇という2つの柱がある。後者の場合は,少年の抱える心の傷つきを理解しながら,さまざまな矯正関係機関(→89114)が連携して健全育成にあたることが重要となる。

学習に関わる問題

学習性無力感:児童生徒の中には,「何をやってもうまくいかない」と無気力状態に陥り物事に取り組もうとしない者がいる。その原因には,失敗の連続など自分がコントロール不能な状況を経験することが挙げられる。セリグマンSeligman, M. は,逃れようとしても回避できない電気ショックを与え続けられイヌが,回避可能な電気ショックを与えられたときにも回避しようとしなかったことを見出し,この現象を学習性無力感と呼んだ。セリグマンはその後,人間の抑うつの形成にも同様のメカニズムがはたらくことを指摘した。無気力には,結果の原因をどこに求めるかという原因帰属も関与している(→85)。無気力にある人は,たとえば試験の点数が悪かったという失敗を能力に帰属するというように,失敗の原因を内的(自分自身にある),安定的(長続きする),全般的(そのときだけでなく常にあてはまる)なものとして認知する。こうした状況においては,帰属のさせ方を修正することが有効な場合がある。ドゥエックDweckは,算数の苦手な児童に対し,現在の学力で無理なく解答できる課題で自信をつけさせようとするのではなく,課題に失敗したときには能力ではなく努力が足りなかったのだと考えさせるようにしたところ,多くの児童が無気力を克服したことを明らかにした。

学力は,主に学校での教科の学習を通して獲得される能力と定義される。学校場面では,学年が上がるにつれて学習の範囲が広がり,内容も高度になるため,学習面の課題が顕在化してくる。学業不振とは,広義には学力の低さのことをさすが,狭義には知的水準と比べて学力が低いアンダーアチーバー(under achiever)のことをさす。なお,知能水準と比べて学力が高い場合はオーバーアチーバー(over achiever)という。学業不振の原因には,対人相互交渉などの社会性の問題や,不安や抑うつなどの心理的問題,学習環境の問題,個人の認知特性の問題などが挙げられる。児童生徒の認知特性を明らかにする際には,全般的な知的水準や読み書きの問題を捉えたうえで,必要に応じてテストバッテリーを組み,得意な能力と苦手な能力を詳細に把握する。その結果は,日々の生活や学習場面の観察から得られた情報と突き合わせて解釈し,児童生徒や保護者,学校に適切にフィードバックされる必要がある(片桐,2014)。

(野村あすか)

文  献
  • 片桐正敏(2014)学校で取り組める学業不振や理解のためのアセスメントと方向付け.臨床心理学,14; 530-535.
  • 文部科学省(2017)平成28年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」結果(速報値)について.http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_001.pdf(2018年5月15日閲覧)
  • 森田洋司(2010)いじめとは何か:教室の問題.社会の問題.中央公論新社.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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