62:精神力動的アプローチ

62:精神力動的アプローチ

精神力動論とは精神分析の流れにある理論の総称であり,精神力動とは個人の心のなかに働いているさまざまな力の様相を指す。そうした力の相克から,パーソナリティや心理的問題を含めた当人の在りようを捉え,その理解にもとづいて心理支援を行うことを精神力動的心理療法という。

精神力動的心理療法に関するもっとも基本的な理論は,フロイトFreud, S. によるものである。フロイト(1895)は,ヒステリーへの治療を通じて,個人の心的世界は意識と無意識の領域に分けることができ,そこでは自分にとって不都合なものを意識から無意識の領域に押しやろうする動きが生じることを発見した。彼はこうした働きを抑圧と呼び,抑圧によって心理的症状が形成されると考えた。精神分析とは,このような考え方をもとにフロイトが創始した心理的問題への治療法である。現代では,心理療法に関して数多くの理論や技法が存在しているが,それらの多くは,直接的あるいは間接的に精神分析の影響を受けている。精神分析は現代の心理療法の源流に位置し,それらの発展に重要な役割を担ってきたといえる。

精神分析の治療において特に重点が置かれているのが,転移転移である。転移とは,患者が幼少期より築いてきた重要な他者との関係が患者と治療者の関係にもあらわれてくることを指す(Freud, 1905)。精神分析の治療では,治療者は転移を読み解き,その理解を解釈として患者に伝える。治療者の解釈により,患者は自身の無意識を意識化し,自らのあり方について洞察を得る。しかし,その過程で,患者に治療の進展を妨げようとする抵抗が起こってくる。それでも,治療者が抵抗の意味も含めて患者に繰り返し解釈を伝えることで,患者は過去の体験を再構成し,治癒に至ると考えられている。一方,転移とは,広義には治療者が患者に抱く感情,思考などの心理全般,狭義には,患者の転移に対して治療者が患者に向ける転移のことをいう。従来から逆転移は,治療の妨害になるため,治療者が教育分析を受けることによって克服すべきものとして考えられてきた。しかし,治療者が自ら分析を受け,不要な逆転移が起こる余地を小さくする意義は大きい反面,逆転移を完全に生じないようにすることは不可能であり,現在では,治療関係の理解を深めるために逆転移を活用することが大切であるとされている。

精神分析は,前述のような考え方を基本としながらも,自我心理学派,対象関係論学派,対人関係論学派,自己心理学派,間主観性あるいは関係性理論学派など,その発展とともに多様な学派を生み出してきた。また,フロイトは,リビドーと呼ばれる性的エネルギーの力動を重視したが,それに反対して精神分析の潮流から離れた者もいた。ユングJung, C.G.は,元々精神分析において主導的役割を担っていたが,リビドーを性的なものに限らず広く心的エネルギーと捉え,分析心理学を提唱した。さらにユングは,無意識の領域を個人的無意識と集合的無意識に分け,後者を人間が普遍的にもっている無意識の層として措定した。アドラーAdler, A.は,個人内の心理作用だけではなく社会的関係にも重点をおき,個人が他者に抱く劣等感,およびそれを補償しようとする心の動きに着目し,個人心理学を創始した。

(田附紘平

文  献
  • Freud, S.(1895)The psychotherapy of hysteria. In:Breuer, J. & Freud, S.(1893-1895)Studies on Hysteria.(In: The Standard Edition of the Complete Psychological Works of Sigmund Freud volumes 2. The Hogarth Press, pp.253-306.)
  • Freud, S.(1900)The interpretation of dreams I-II. In: The Standard Edition of the Complete Psychological Works of Sigmund Freud volumes 4-5. The Hogarth Press.
  • Freud, S.(1905)Fragment of an analysis of a case of hysteria. In: The Standard Edition of the Complete Psychological Works of Sigmund Freud volumes 7. The Hogarth Press, pp.1-122.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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