99:精神症状

99:精神症状

狭義の精神疾患(精神病)では,「病感あれども病識無し」といわれ,患者は疾病状態による苦痛から他者に相談することはあるが,それが精神疾患の症状であることは認めようとしない(病識欠如)。例えば,統合失調症で,自分を批判する声が聞こえることに対して,「悪口を言われて辛い」(病感)とは訴えるものの,それを幻聴と(病識)は認めない。同様に双極性感情障害(躁うつ病)や大うつ病の場合も,病相期にあるときには,病識が欠如するか乏しいため,自ら医療機関を受診することは稀である。

妄想思考の障害で,病的に発生する不合理で誤った考えであるが,本人はそのことに対して確信を持っており訂正不能なものをいう。同様に,実際には存在しないものを存在するかのように知覚する,知覚の異常幻覚という。これに対して,不合理であるとの認識(病識)はあるものの意に反して台頭し,ぬぐい去ることができないものを強迫観念という。力動精神医学では,強迫観念を魔術的思考に基づくものとしている。特定の対象が存在する場合を恐怖(不潔恐怖,閉所恐怖,高所恐怖,赤面恐怖など)といい,対象が存在しない漠然とした不快な感情を不安という。前者を主とする病態を恐怖症,後者を主とする病態を不安症といい自律神経症状を伴うことが多い。強迫行為を伴う場合を強迫症という。また,実際に存在するものを誤って知覚することを,錯覚という。

統合失調症は,思考障害が主な症状で,被害を受けるという被害妄想,食べ物や飲み物に毒を入れられているという被毒妄想(拒食症状に繋がる),追われている,監視されているといった追跡妄想,注察妄想などさまざまな妄想を抱き,考えが外から入ってくると感じる思考吹入,外からの圧力で考えさせられると感じる作為思考,自分の考えが外に漏れ伝わってしまうと感じる考想伝播などの異常体験が認められる。また,会話が途中で途切れる思考途絶,会話(思考)のまとまりが失われる連合弛緩,滅裂思考がある。加えて,自分に対する悪口が聞こえる批判性幻聴や複数の人物が会話する対話性幻聴,考えたことが声となって聞こえる考想化声といった幻聴や,幻臭,幻触,体感幻覚などの知覚の異常を認める。幻視も幻覚の一つであるが,統合失調症で認めることは少なく,後頭葉てんかんなどの器質性疾患で認められることが多い。

双極性感情障害(躁うつ病)での妄想は,躁病相で,自分の地位や財産,学力などを事実よりも過大に認識する誇大妄想が,うつ病相(大うつ病においても同様)では自分自身が罪を犯したとする罪業妄想や自分自身の財産が失われ貧しくなるという貧困妄想が認められる。重篤になると,自殺企図に至るため,注意が必要である。双極性感情障害(躁うつ病)の病態は,精神運動性の障害が主であり,統合失調症のような多岐にわたる妄想体験は認められず,幻聴体験を認めることはほとんどない。躁病相では,精神運動活動が亢進するため,気分が高揚し,多弁,多動となり,睡眠を取ろうとせず動き回るようになる。さまざまな考えが頭に浮かび,会話の目的が次々と変わる観念奔逸状態に至る。うつ病相(大うつ病においても同様)では,精神運動活動が抑制されるため,思考の抑制(思考制止)が生じ,会話の速度が遅くなり,判断力の低下,興味関心の喪失,意欲低下,体重減少を伴う食思不振,脱力感,全身倦怠感,失望感や悲しみの感情などを認める。これらのうつ病相(major depressive episode)でみられる症状を抑うつという。

このほか,意識の清明度が損なわれる状態を意識混濁といい,意識混濁に幻覚や錯覚,しばしば精神運動性興奮を伴い急性発症し一過性に経過する精神症状をせん妄という。これは脳器質性疾患,代謝性疾患,薬物中毒などでみられる。

(古井 景)

文  献
  • American Psychiatric Association(2013)Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, the 5th Edition: DSM-5. Washington, DC: American Psychiatric Publishing.(日本精神神経学会監修,高橋三郎・大野裕・染矢俊幸ほか訳(2014)DSM-5:精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院.)
  • Benjamin J. S., Virginia A. S. & Pedro R.(2015)Kaplan & Sadock’s Synopsis of Psychiatry: Behavioral Science / Clinical Psychiatry, 11th Edition. Wolters Kluwer Health.(井上令一監修,西宮滋子・田宮聡監訳(2016)カプラン臨床精神医学テキスト:DSM-5診断基準の臨床への展開 第3版.メディカル・サイエンス・インターナショナル.)
  • 小泉準三編(1985)臨床精神医学.丸善.
  • 下山晴彦・中島義文編(2016)公認心理師必携:精神医療・臨床心理の知識と技法.医学書院.
  • World Health Organization(1992)The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization.(融道男・中根允文・小見山実ほか監訳(2005)ICD-10精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン(新訂版).医学書院.)

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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