82:福祉現場のその他の心理的課題

82:福祉現場のその他の心理的課題

PTSD(心的外傷後ストレス障害;Posttraumatic Stress Disorder)は,実際にまたは危うく死ぬ,重傷を負う,性的暴力を受ける出来事への曝露ののち,①侵入症状(出来事の苦痛な記憶の反復,フラッシュバック,悪夢など),②持続的回避(出来事に関する記憶や思考,感情などを回避,または回避しようと努力する),③認知と気分の陰性変化(重要な側面の想起不能,過剰に否定的な信念,恐怖や罪悪感などの陰性感情の持続など),④覚醒度と反応性の著しい変化(苛立たしさと激しい攻撃性,自己破壊的行動,過剰な警戒心,睡眠障害)などの症状が1カ月以上持続することで社会的機能を障害する病態である。出来事インパクト尺度(Impact of Event Scale-Revised; IES-R)やPTSD臨床診断面接尺度(Clinician-Administered PTSD Scale; CAPS)などの心理検査が症状の測定や診断に参考となる。DSM-5では,出来事が著しく脅威的であるという基準があり,ストレスフルであっても日常的な出来事を外傷体験として診断することはできない。また出来事を直接体験するか,他人に起こった出来事を直に目撃するか,近親者や親しい友人に起こった出来事を耳にするか,出来事の不快感をいだく細部に繰り返し曝露されることに限定されている。より軽度であるが特定可能なストレス因によるものは適応障害と診断される。また,解離症状を伴う場合は離人感・現実感消失などの症状を特定せねばならない。解離とは感情,行動,意識,記憶,知覚,認知,および感覚運動機能の一過性変容で,解離により重要な自伝的情報(通常は心的外傷的体験)の想起が不可能となることを解離性健忘という。自らの考えや身体が非現実的にとらえられ,あたかも外部の傍観者であるかのような感じを離人感という。虐待など長期にわたる被害を受け続けると病態がより複雑化し,2つ以上のはっきりとしたパーソナリティが存在し自己感覚や記憶の同一性が破綻する解離性同一性障害が起こることがある。

PTSDの治療には,環境調整,心理教育,必要な薬物療法をし,併用して専門的な心理療法を行うことが期待される。例えばトラウマ・フォーカスト認知行動療法(Trauma Focused Cognitive Behavioral Therapy; TF-CBT),眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing; EMDR),エクスポージャー療法などの効果が認められている(Forbes et al., 2010)が,これら専門的な治療が受けられる機関はまだ限られている。災害や戦争後のPTSDは環境の整備が遅れストレスが長期化することにより,うつ病やアルコール依存などの二次障害や,大切な人の死別に伴う重度で持続的な悲嘆反応が起こることもある。自分にとって大切であった愛着の対象や事柄を失う喪失は大きな問題となり自殺念慮が起こることもまれではない。子どもは災害などの予期できない衝撃により重要な他者(主に養育者)を失うことがトラウマ性の喪失体験となり,遊びに表現される再体験,退行,分離不安,夜驚などの睡眠障害,興奮・攻撃性などの症状を起こす(奥山,2011)。安心できる環境を整え,リラクセーションやストレスマネジメントなどトラウマへの心理教育が重要である。

一方,レジリエンス(resilience:変化やストレスに順応し回復する,弾力ある復元力。たとえば同じ体験をしてもPTSDを発症しない人はレジリエンスが高いとされる)やトラウマを乗り越えることで人間的成長を遂げるトラウマ後成長(posttraumatic growth)などの概念も併せて重要である。

(緒川和代

文  献
  • Forbes, D., Creamer, M., Bisson, J. I., et al.(2010)A guide to guidelines for the treatment of PTSD and related conditions. Journal of Traumatic Stress, 23(5); 537-552.
  • 奥山眞紀子(2011)災害と子ども.In:飛鳥井望編:新しい診断と治療のABC 70/精神7 心的外傷後ストレス障害(PTSD).最新医学社,pp.184-192.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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