80:愛着の問題

80:愛着の問題

愛着をもとにした養育者との結びつきは,子どもの健全な心身の発達において土台の役割を果たす。安定した愛着は日常生活のなかで育まれるものであり,食事,睡眠,排泄,衣類の着脱といった基本的生活習慣とも密接に関連している。基本的生活習慣は,子どもの身体的,心理的発達に沿って,養育者からの働きかけ,およびそれへの子どもの応答の積み重ねによって獲得され,修正されていく。そのため,虐待などによって愛着形成の阻害が認められる子どもには,基本的生活習慣の未熟さが目立つ。さらに,彼らは,他者との関係において安心感を抱くことが難しく,支配-被支配の関係性を築きやすい。彼らにとって,互いに信頼し,主体性を発揮できる関係をつくり,維持することは容易ではない。愛着形成が十分でない子どもは,不適切な養育環境のもとで,生活習慣や対人関係のもち方を学習している場合が多く,行動面もしくは情緒面で問題を呈しやすいといえる。

こうした愛着の問題は,現在,精神科領域で国際的に広く用いられている診断基準であるDSM-5では,「反応性愛着障害」および「脱抑制型対人交流障害」としてまとめられている(American Psychiatric Association, 2013)。これらの診断はともに,重度のネグレクトを受けていたり,養育者が頻回に変更されていたりするなど,深刻な環境下で育った子どもに対して適用される。「反応性愛着障害」をもつ子どもは,苦痛が生じたときも,養育者に愛着行動,つまり安全感覚を得るために近寄っていく行動をほとんどとらない。さらに,彼らは,喜びや安心といった陽性の感情をあまり表出しないか,通常では予想できないほど強い怒りや悲しみといった陰性の感情を示す。一方,「脱抑制型対人交流障害」の子どもは,初対面の大人にもためらいなく過度に馴れ馴れしい行動をとる。また彼らは,離れたところにいる養育者の存在を確認しないことも多い。このように,幼少期から養育者と安定した関係をもつことができていないと,子どもに感情調節困難衝動制御困難があらわれてくるのである。こうした感情や衝動に関する症状は,自閉症スペクトラム症や注意欠如・多動症(ADHD)によるものとも類似しているため,問題が愛着に由来するかどうかについて慎重に鑑別する必要がある。

我が国では,愛着障害という語がよく用いられているが,その意味は現場や個々人によって異なっており,明確な共通理解はほとんどないとされる(数井,2007)。実際,DSM-5における「反応性愛着障害」および「脱抑制型対人交流障害」は稀にしかみられず,重度のネグレクトを受けて育った子どものなかでもごく少数にしか生じないという。支援者が愛着障害を共通認識としてどのように捉えていくかについては今後の議論が待たれるが,個々の実践においては,支援を受ける方の愛着の状態を適切に見立て,それに合った支援を実施していくことが重要であろう。そして支援の実施にあたっては,支援を受ける方の心身の安全確保,および生活の安定化がまず優先される必要がある。

(田附紘平)

文  献
  • 数井みゆき(2007)子ども虐待とアタッチメント.In:数井みゆき・遠藤利彦:アタッチメントと臨床領域.ミネルヴァ書房,pp.79-101.
  • American Psychiatric Association(2013)Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition.(髙橋三郎・大野裕監訳(1999)DSM-5:精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院.)

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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