76:災害時の心理支援

76:災害時の心理支援

大規模災害等が発生することにより起こりうる主な心理的問題として,①災害前から精神疾患等の心理的問題を抱えていた被災者が,災害によって生活環境が激変したり,これまでの定期的な治療を受けることが困難になったりすることで問題が悪化・再発してしまうケースと,②災害前には心理的問題は抱えていなかったものの,災害による悲劇的な体験や過酷な被災生活による精神的疲弊等により,新たに問題を抱えるようになってしまったケースという2つのパターンが挙げられる。これらの問題は必ずしも同時期に起こるというものではなく,1つ目については災害直後の急性期に避難所等が混乱し,処方薬を含めた物資が不足するといった状況の中で問題となりやすいのに対し,2つ目については災害直後から起こりうる急性ストレス障害(Acute Stress Disorder; ASD)に加えて,ストレス反応が長期的に持続する心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder; PTSD)等,災害直後のみの問題とは限らない。このように災害時における心理支援については,複数の心理的問題について想定しておくことに加え,災害直後だけではない長期的な支援を視野に入れ,それぞれの段階によって柔軟に対応していくことが必要となる。

そのような中,特に災害直後における心理支援に焦点を当てたものして心理的応急処置(Psychological First Aid; PFA)がある。これは,災害直後の被災者に対してどのような心理支援を行っていけば良いかというマニュアルであり,代表的なものとしてはアメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワークとアメリカ国立PTSDセンターが共同で作成したガイドラインと,世界保健機構,戦争トラウマ財団,ワールド・ビジョン・インターナショナルが共同で作成したガイドラインの2つが挙げられ,それぞれ無償で公開されている(日本語訳あり)。これら2つのガイドラインには具体的な内容に多少の差はあるものの,共通して示されていることとして,災害直後の心理支援では被災者の文化・環境に配慮した適切な関係性を築いた上で心身の安全を確保し,被災者にとって困っていることや不安なことといったニーズを把握しながらそれに沿った支援や情報を提供し,被災者にとって継続的な支援が必要だと見込まれる場合には適切な機関もしくは相手への紹介・引継ぎをする,ということの重要性が挙げられる。つまり,PFAは災害直後の被災者に対して支援を押し付けるのではなく,被災者それぞれが抱えている状況を踏まえたそれぞれのニーズに対して,柔軟かつ適切に対応するためのマニュアルであると言えるだろう。

近年の日本における象徴的な災害の1つとして,2011年3月に発生した東日本大震災が挙げられる。発災直後より日本全国から数多くの機関・団体が被災者に対する心理支援のために被災地を訪れた。これにより被災地域が広範囲であった東日本大震災における心理支援として大きな支えとなった一方で,各支援チームが独自で活動していたことから情報の共有が難しく,1つの避難所に複数の支援チームが集中してしまうといった混乱も見られた。また,一部の避難所において被災者に対する倫理的な手続きを踏まない不適切な調査が実施され,被災者にとって不信感を与えてしまうといった問題も起こった。このような中,災害救助法に基づいて被災県からの要請に応じて厚生労働省が斡旋するこころのケアチームも各避難所に派遣された。これは,厚生労働省から各都道府県等に対して被災地での災害時精神保健医療活動を要請するものであり,各都道府県の公的医療機関・民間病院等に所属する精神科医師,看護師,保健師,臨床心理技術者らがチームとして被災地での心理支援を行った。こころのケアチームでは厚生労働省が派遣地域の割り当てやスケジュールの調整等を統合的に行うことで,前述したような避難所における支援チームのバッティングや情報の共有不足といった,個々で活動していたのでは対応が困難な問題についても解消に努められた。

東日本大震災においては厚生労働省主体のもと各被災地で活動したこころのケアチームであったが,国としての具体的な活動要領が定められていなかった点などを踏まえ,2013年に災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team; DPAT[ディーパット])の活動要領が策定された。これは,すでに策定されていた災害直後に迅速な医療活動を行うための災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team; DMAT[ディーマット])の名称や活動要領を参考に作成された,まさに精神保健医療に特化したDMATであるとも言える。DPATは国および都道府県において整備に努めるものとされており,こころのケアチームと比較したDPATの特徴としては災害発生後48時間以内に被災地で活動する「先遣隊」を具体的に定義していることや,基本的な構成メンバーとして精神科医師や看護師に加えて,連絡調整や運転といった後方支援全般を担当する「業務調整員(ロジスティクス)」が含まれていること等が挙げられる。DPATは活動要領が策定後,2016年の熊本地震等で実際に活動が行われている。

支援者のケア

災害時の心理支援において被災者のケアと同様に忘れてはならないのが支援者のケアである。支援者のケアとは,被災者の支援にさまざまな形で携わる支援者へのサポートを意味する。仮に災害そのものには遭遇していなかったとしても,その後の支援活動の中で被災地の状況を目の当たりにしたり,遺体関連業務といった凄惨な活動に関わることによって,支援者が非常に大きなストレスを抱えることがある。また,支援活動が長期化した場合に支援者の疲労が蓄積される一方で,支援者という立場であるからこそ周囲に相談しづらいというジレンマに陥りやすい。特に,被災自治体の消防職員や行政職員等は自身も被災している一方で被災者への支援にも携わらなければならないことから,被災者と支援者の2つの立場に置かれるという困難さがある。支援者のケアについては,同じ支援チーム内で問題が深刻化しないように互いにサポートしあう場合と,支援者を支援するための第三者が関わっていく等いくつかの手段が挙げられ,前述したPFAのガイドラインやDPATの活動マニュアルにおいても支援者のケアに関する内容が含まれている。

(野口修司・狐塚貴博)

文  献
  • 厚生労働省委託事業DPAT事務局(2018)DPAT活動マニュアルVer.2.0. http://www.dpat.jp/(2018年5月3日閲覧)
  • National Child Traumatic Stress Network and National Center for PTSD.(2006)Psychological First Aid: Field Operations Guide, 2nd Edition. http://www.nctsn.org. and http://www.ncptsd.va.gov.(兵庫県こころのケアセンター訳(2009)サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き第2版.https://www.j-hits.org/document/pfa_spr/page1.html
  • World Health Organization, War Trauma Foundation and World Vision International(2011)Psychological First Aid: Guide for Field Workers. Geneva; WHO.(国立精神・神経医療研究センターら訳(2012)心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド;PFA)フィールド・ガイド.国立精神・神経医療研究センター.)

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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