74:先端医療の心理的課題と支援

74:先端医療の心理的課題と支援

先端医療によって新たな治療法が開発される一方で,治療法が確立していない希少な疾患でなおかつ長期に療養を必要とする難病や遺伝性疾患などがあり,治療法の選択をめぐる倫理的問題などのために患者の抱える葛藤や苦悩は大きい。そうした先端医療においてさまざまな心理的課題が生じており,患者や家族への心理ケアと多職種連携が心理職に求められている(小児精神神経学会,2017)。

遺伝カウンセリングとは,遺伝性疾患の患者・家族またはその可能性のある人(クライエント)に対して,生活設計上の選択を自らの意思で決定し行動できるよう臨床遺伝学的診断を行い,遺伝医学的判断に基づき遺伝予後などの適切な情報を提供し,支援する医療行為である(遺伝関連10学会,2003)。クライエントと遺伝カウンセリング担当者との良好な信頼関係に基づき,さまざまなコミュニケーションが行われ,この過程が心理的精神的援助となる。遺伝カウンセリングは病気や障害について遺伝との関係を考えて不安をもっている人や,遺伝性疾患をもって生まれた赤ん坊やその家族が対象となる。心理支援の技能はもとより,遺伝学的な知識も必要であり,臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーが行うことが望ましい。ヒトゲノム全解読や遺伝子検査,出生前診断など遺伝医療の進歩はめざましい一方で生命倫理問題や個人情報問題なども生じており,遺伝性疾患をもつ患者や家族の悩みは深刻である。その悩みを解消し,寄り添う心理支援が必要とされている。

がん医療においては,手術や放射線療法,化学療法などさまざまな治療が組み合わせた集学的治療が行われるようになり,治癒率や生存率が大きく改善された。1970年代からがん患者の権利として告知を行い,心理的・社会的問題への関心が高まった。1980年代にはWHOがQuality of life(QOL)に関する専門家会議を開き,患者の生活の質を重視し,現在では仕事をしながらも治療を受ける患者への支援や生殖医療の進歩により妊孕性にんようせいの温存などがん治療を受けながらもその人らしく生きられるよう配慮されるようになってきている。

がんの経過中に10~30%の人が適応障害やうつ病に相当するストレスを抱えるといわれており,精神科医が精神科コンサルテーションとして身体科の依頼を受け,不眠や不安,術後のせん妄や終末期のうつ症状などの症状の緩和を行っている。精神科領域においても,リエゾン精神医学として身体疾患と精神疾患を合併した患者についての治療とケアを行い,総合病院における包括的医療を推進している。リエゾンでは精神科の専門家が身体科治療チームの一員として他のスタッフと治療方針を話し合い,対応するスタッフや家族の教育にも関わる。心理職においてもがんに対する知識を身につけ,カウンセリングなどによってがん告知の受け止めや治療の選択,喪失過程における悲嘆などによりそい,その人自身が選択し,生と死に向き合うことを支援することが求められている。

後天性免疫不全症候群AIDS)とは,HIV(Human Immunodefciency Virus;ヒト免疫不全ウィルス)に感染し,免疫システムが破壊され免疫の著しい低下に起因してさまざまな症状を起こすようになった状態をいう。HIVの感染からAIDS発症後までをふくめた経過の総称がHIV感染症といい,無症候期が長く,1990年代後半より有効な抗HIV薬が登場し,服薬により免疫の低下を食い止め,回復させることが可能になってきた。しかし強力な薬剤の長期的な服薬の維持(アドヒアランス)が課題であり,HIV感染症は今や「死に至る病」から「コントロール可能な慢性疾患」へと変わりつつある。全国の8ブロックにHIV診療のブロック拠点病院があり,HIVカウンセラーとして拠点病院には心理職が派遣されており,感染の告知にともなう衝撃の受け止め,パートナーとの関係性,性的指向をめぐる問題,治療法に「希望」をもちながらも「死」への不安を抱え揺れる葛藤をめぐる問題,内面に向き合い,選択できるよう支援する(矢永,2001)。また医療チームの一員として心理面のアセスメントを治療や支援体制づくりにいかし,多職種連携のもとチームメンバー間が柔軟に機能できる関係を促進し,働きかけることが求められている。

チーム医療とは「医療に従事する多種多様な医療スタッフが各々の高い専門性を前提に,目的と情報を共有し,業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い,患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と定義されている(厚生労働省,2010)。入院中や外来通院中の「患者のQOL」の維持・向上,患者の人生観を尊重した療養の実現をサポートしていく。総合病院には緩和ケアチーム,精神科リエゾンチーム,栄養サポートチーム,認知症ケアチームなどさまざまなチームが多職種で構成され,全科を横断して活動し,診療報酬上においても評価されている。

精神科リエゾンチームでは一般病棟に入院する患者に対し,精神科医,リエゾン精神専門看護師などの専門性の高い看護師,臨床心理技術者(臨床心理士など)らがチームを組み,定期的なカンファレンスおよび評価,薬物治療や精神療法などを行うと,精神科リエゾンチーム加算(300点)をとることができ,診療報酬上においても心理職が必要なメンバーとして認められている。多職種でのリエゾンチームでは看護師の視点で病棟看護師へのアドバイスを行い,心理職がカウンセリングを担当し,カンファレンスで共有し,病棟スタッフ間での話し合いに加わり治療方針にかかわるなど,より多面的な支援を行うことが可能である。身体疾患患者の精神疾患合併はQOLを低下し,本来の治療やケアを妨げることにもなり,早期の介入が求められる。

(丹羽早智子)

文  献
  • 遺伝関連10学会(2003)遺伝的検査におけるガイドライン.
  • 小児精神神経学会(2017)ガイダンス小児コンサルテーション・リエゾン,小児の精神と神経57巻増刊号.
  • 厚生労働省(2010)「チーム医療の推進について」チーム医療の推進に関する検討会 報告書.
  • 矢永由里子(2001)新たな感染症 新しい挑戦―HIV感染症.In:成田善弘監修,矢永由里子編:医療の中の心理臨床─こころのケアとチーム医療.新曜社,pp.164-210.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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