8:心理学・臨床心理学の歴史

8:心理学・臨床心理学の歴史

近代心理学は,生物学,医学,精神物理学などの影響を受け,19世紀後半頃に成立した。特にヴントWunt, W.(1832-1920)によって1879年ライプチッヒLeipzig大学に世界最初の心理学実験室が開設されたことが象徴的な出来事として扱われている(荒川,2012)。ヴントは,内観法を用いて心的世界を探究する実験的研究(生理学的心理学)を開拓しただけでなく,民族精神や文化の問題も軽視せずに民族心理学の研究として位置づけていた。また彼は世界中から集まった学生を指導して心理学の普及に力を尽くした。アメリカのティチェナーTitchener, E. B.(1867-1927)は意識を要素主義的観点から研究し,構成主義の立場をとった。同じくアメリカで教師経験のあるウィトマーWitmer, L.(1867-1956)もヴントのもとに留学した後,母国に心理クリニックを設立した(1896年),それは臨床心理学の主要な起源となった。

20世紀になると,ヴント流の心理学を乗り越えようとする動きが現れた。1910年代には,機能主義やロシアの生理学者パブロフPavlov, I.P. (1849-1936)の影響をうけ,ワトソンWatson, J. B. (1878-1958)がいわゆる行動主義宣言を行った(1913年)。行動主義(behaviorism)は,意識とそれに伴う主観的言語を排する姿勢を打ち出し,客観主義,S-R主義,環境主義がその特徴である。1930年代になると第二世代の行動主義者が登場した(行動主義)。トールマンTalman, E. C.(1886-1959),ハルHull, C. L.(1884-1952),スキナーSkiner, B. F.(1904-1990)などが代表的な人物である。ハルは操作主義を導入し,環境刺激と行動の間にさまざまな媒介変数を組み込んだ。スキナーは条件づけをレスポンデント条件づけとオペラント条件づけに二分し,自らは後者の立場で研究した。なお,ワトソンは情動が条件づけできる(逆に消去もできる)可能性を示して行動療法に貢献し,スキナーも望ましい行動の形成を行うための考え方を整備することで行動修正・行動形成に貢献した。

同じく1910年代には,ドイツにおいてヴェルトハイマーWerthheimer, M.(1880-1943)は「運動視に関する実験的研究」を発表し(1912年),ゲシュタルト心理学が始まった(ゲシュタルトは形態を意味する)。ヴェルトハイマーは仮現運動によって,全体性質は構成要素の総和以上の意味を持つことを実験的に示した。ケーラーKöhler, W.(1887-1967)はチンパンジーを用いた研究で,課題の全体構造を把握することが課題解決につながる洞察をもたらすことを明らかにした。レヴィンLevin, K.(1890-1947)は,ゲシュタルト心理学の考え方を人間の集団に応用し,アメリカ亡命後にグループ・ダイナミクス(集団力学)を生み出すなど,ゲシュタルト心理学は社会心理学や認知心理学にも影響を与えた。

精神分析が力を持ち出したのも1910年代であった。精神分析はフロイトFreud, S. (1856-1939)とブロイアーBreuer, J. (1842-1925)による『ヒステリー研究』(1885年)がその端緒であったが当初は注目を集めていなかった。フロイトは,神経症の治療を催眠を用いて行うフランスの神経学者で医師のシャルコーCharcot, J.-M.(1825-1893)に師事したものの,催眠を見限り自由連想法や夢の分析を開発し理論構築を行った。フロイトの考えを比較的忠実に展開したのが,娘のアンナFreud, A.(1895-1982)やエリクソンErikson, E. H.(1902-1994)である(自我心理学派)。個人心理学を創始したアドラーAdler, A.(1870-1937)や分析心理学を創始したユングJung, C. G.(1875-1961)など,独自の心理学を発展させていった人々も一時期フロイトと関係を持っていた。

20世紀後半になると,認知心理学が勃興した。1940年代の情報理論や電子計算機研究の展開を受け,ミラーMiller, G. A.(1920-2012)の「不思議な数7±2」などの論文を経てナイサーNeisser, U.(1928-2012)の著書『認知心理学』(1967年)によって領域として確立された。こうした動向は認知療法や認知行動療法の基盤となった。また認知心理学は,脳を中心とした神経系の機能や構造を解明しようとする神経学,生理学的な領域と結びつき,認知神経科学としても展開していった。

1960年代には臨床心理学において,20世紀前半に優勢であった行動主義と精神分析と異なる新たな潮流が生まれる。行動主義と精神分析はともにペシミックで,決定論的であった。それに対してマズローMaslow, A. H. (1908-1970)らによって第三勢力(third force)とも呼ばれる人間性心理学が提唱された。またロジャースRogers, C.R.(1902-1987)は自己理論を展開し,クライエント中心療法へと発展させた。

また同じく1960年代には,第二次世界大戦等の傷病兵の精神障害への治療者の不足や地域精神医療の展開,公民権運動などを背景に,クリニック内だけでなく地域にも働きかけていくという動きが生まれた。そして1965年のボストン会議にてコミュニティ心理学が提唱されることになる(植村,2012)。

(中田友貴・サトウタツヤ)

文  献
  • 荒川歩(2012)心理学の学範形成過程.In:サトウタツヤ・鈴木朋子・荒川歩編:心理学史(心理学のポイント・シリーズ).学文社.
  • 大芦治(2016)心理学史.ナカニシヤ出版.
  • サトウタツヤ(2018)臨床心理学史.東京大学出版会.(印刷中)
  • サトウタツヤ・高砂美樹(2003)流れを読む心理学史─世界と日本の心理学.有斐閣アルマ.
  • 植村勝彦(2012)現代コミュニティ心理学─理論と展開.東京大学出版会.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

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