49:高齢者の生活の質

49:高齢者の生活の質

高齢化率が21%を超える超高齢社会である日本では,高齢者といってもその健康状態には個人差が大きく,元気で社会生活を送る人から,日常的生活動作ADL; activities of daily living)が低下した寝たきりの高齢者まで状態像は幅広い。生活に満足しながら,健康で長生きすることは誰しもが望むことであり,心身の健康という観点からQOL(生活の質;quality of life)が重要となる。

QOLは多領域からのアプローチがなされており,医学的領域では扱われるQOLは身体的側面に,心理学では日常生活や人生に対する主観的な満足度などに着目してきた。QOLの測定は,生活満足度,モラール,主観的幸福感などの概念で主観的な側面から尺度が開発されてきた。また,QOLはサクセスフルエイジングの主要な要素としても位置付けられている。

サクセスフルエイジングは,1950年から老年学において高齢者の適応研究のなかで取り上げられてきた。老年学は学際的な学問であり,サクセスフルエイジングも社会学,医学,心理学などからさまざまな学問分野からアプローチがなされてきた。下仲(2007)は心理学的観点から,サクセスフルエイジングを「幸福な老後を送り,人生を全うする良適応状態」と述べている。サクセスフルエイジングを構成する要素は,研究者の中でも意見が分かれているが,前述のようにQOLはその一つであり,他に長寿,社会貢献などの要素というのがおおよその意見である。社会貢献にはボランティア活動などの無償の社会的参加だけでなく,高齢者就労である有償労働も含まれる。

サクセスフルエイジングを測定する指標として,老年学の分野では,主観的ウェルビーングが用いられてきた。ウェルビーングは,身体的,精神的,社会的に良好な状態にあることを意味し,1946年の世界保健機関(WHO)憲章の草案の中で,「健康とは身体的・精神的および社会的に良好な状態(well-being)であって,単に病気ではないとか,虚弱ではないということではない」とされて以来,広く用いられるようになった。老年期にウェルビーングを保ちながら生活することは望ましい。しかし,老年期は加齢に伴う心身機能の変化,近親者,配偶者や友人との死別などに伴う喪失と悲嘆を本質的にはらんでいる。このように高齢期は喪失経験が多くなるのに対し,主観的ウェルビーングが維持される現象はエイジングパラドックスと呼ばれ,高齢者は喪失体験に対して,認知や行動を変容していると考えられている(中川,2010)。このように高齢者は,喪失がありながらも適応していく力を持っている。

その一方で高齢者をとりまく日本の社会的環境は大きく変化している。高齢者世帯の世帯構造別推移もこの30年で大きく変化した。三世代世帯は5分の1に減少し,その一方で,高齢夫婦のみの世帯は約2.5倍,単独世帯は約3倍増加している。独居の高齢者の孤独死がマスコミに取り上げられることも散見される。この世帯構造の構成割合の変化は社会的サポートや,社会的ネットワークメンバーであるソーシャルコンボイに関しても,大きな影響をもたらす。子どもがいない,実子がいても同居していないなどの理由から,親族からの社会的サポートを十分に得られない状況も増加している。このような状況で認知症に罹患した場合などは,介護の問題が生じてくる。介護者である高齢者を誰が支援するのか,といった問題は今後も大きな社会的課題であり,サクセスフルエイジングを大きく左右する問題でもある。

(鈴木亮子)

文  献
  • 中川威(2010)高齢期における心理的適応に関する諸理論.生老病死の行動科学,15; 31-39.
  • 下仲順子(2007)高齢者と心理的適応.In:下仲順子編:高齢者の心理と臨床心理学.培風館,pp.94-109.
  • 山口智子編(2017)老いのこころと寄り添うこころ 改訂版.遠見書房.

※用語の出典は,『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』(2018年8月発売)となります。最新版(2022年5月発売)は⇩をご覧ください。

関連用語

その他の用語