【書評特集 My Best 2023】|森岡正芳

森岡正芳(立命館大学)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

今年のこの5冊

世知辛い世の中。シンリン世界も様変わりが早い。「認知の明細化」を前提にした検索,検閲機能がいたるところにはびこる。制度や規範に従い,言動や論評には万全の注意を払う。私など日々気付かぬことだらけである。「いやー,知らなかったな。うかつだった」と詠嘆することばかりである。だが認識が精密であればあるほど,おそらく,そこから切り離されたものは潜み,その淀みはたまりいつかあふれ出すだろう。対象への見極めを優先して行う識別の力では把握できないものが残る。その場で即,感じとる感性的な力によって補っていることが多い。後者の方がかえって対象の把握に正確な場合もある。シンリンはどちらの観点も大切に,磨いていきたいものだ。そこで心に触れた5冊。

郡司ペギオ幸夫『やってくる』(医学書院,2020)

SNSが普及し,その世界に私たちは日々没入している。AIが,私たちが作る穴だらけの文章よりずっと正確に整ったものを作り出す。すごいリアルだけど何か違う。人が現実感を成り立たせるものは何だろう。外部との関係で,人はどのように現実,リアルを生み出すのか。今の時代はこのこと自体が自明ではなくなってきている。郡司は自身の少々奇妙な体験の数々を題材に独自の理論を展開する。自筆のイラストを交え,軽妙な筆致は笑える。突然風景が色あせたり,リアリティが消えうせひょっこりいろんなものに出くわしたりする。郡司はこのような体験をもとにリアリティ成立の根拠を精緻に理論化していく。読みすすめると,私たちの認識と体験を成り立たせている基盤へとふと入り込み,底のない世界を覗くような怖さもある。

人工知能が一挙に前面に出てきたこの時代,人,生命体が授かった知能,すなわち天然知能はどのような働き,特徴を持つのだろうか。人工知能的知性と天然知能的知性の両面を人は持ち,その両者はたえず,ずれやギャップを生み出す。認識と感じのずれである。このずれ,ギャップこそむしろ,リアリティを生み出す根拠なのだ。その隙間に何かが「やってくる」。外に開かれているからこそリアリティがある。私たちは,外部を呼び寄せて生きている。そうやって生を立て直す。シンリンこそこの外部性を組み込む形で理論化が必要なのだ。

ジャン・ウリ『コレクティフーサン・タンヌ病院におけるセミネール』(月曜社,2017)

この7月初めフランスでの学術協定の打ち合わせのついでに,ラ・ボルド病院に立ち寄った。ロワール川沿いブロワという街にある。駅からタクシーで,20分ほどのところ,古城をそのまま病院にした院内は広い庭園のようで,訪れた日は日曜日の夕刻のためか,静かだった。庭ではコンサートが開かれ,バンドを囲んで三々五々人が集まっていた。医療スタッフなのか,患者なのかよくわからない。ラ・ボルド病院の創設者ジャン・ウリは,「人が集まること,動くこと」をコレクティフcollectifと呼ぶ。集まることで,何かが動き,次に向かうアイデアもわいてくる。生きることの維持と,傷つきの回復にはコレクティフが欠かせない。ジャン・ウリは,制度の使用によって,「病院の病気」を治す精神病院改革を進めた。人と人の集まり方にも,偶然が作用する。何かが「やってくる」ところに身を置き,天然知能を活性化するにも,コレクティフは欠かせない。人が個々の特異性を回復し,維持するときは「ほんのちょっとした何か」の助けを借りているのだろう。

高瀬正仁『評伝 岡潔―星の章』(ちくま学芸文庫, 2021),『評伝 岡潔―花の章』(ちくま学芸文庫, 2022)

数学者高瀬正仁が,稀代なる数学者岡潔の人生と数学の創造の秘密に迫った本。評伝としても圧巻。濃い。岡潔は無数の紙片,ノートを残している。さらに,親族知人たちとの書簡のやり取り,手記類を徹底して調べ時系列に沿って編集する。それらを集めるために現場に足を運び聴き取りを行う。その作業は並大抵のものではない。高瀬にとってその気迫に見合う相手だからだろう。岡潔,数奇の人生である。「多変数解析関数論」に関わって生涯に残した論文は10本。それらは数学における未踏の地を切り開いた証となるものだ。岡はその世界に没入したとき,時々生活上の破綻を起こす。はたからは,奇行と見える。「事件」を起こしては,何度か入院する。医療的にどのような治療が行われたかは不明だが,周囲はけっして見捨てなかった。親きょうだい親族,岡潔を支える多くの友人たち,とくに中谷宇吉郎,治宇二郎兄弟との交友は実に深い。「つながり」という言葉が軽くなるほど,岡潔を取り巻く人々の付き合いが濃い。岡にはそれほどに強く人をひきつけ動かす何かがあったのだろう。自己世界と外界との間に生じる亀裂は,創造者たちにおいて,ときとして凄絶なものがある。「やってくる」までの苦闘。「大きな創造のためには多くの変化と苦悩が必要。それが奇行というものの本当の姿である」著者高瀬はこのように結んでいる。岡が時折起こす奇行にもかかわらず,生涯付き添った妻みちの献身があっての「創造」だったことは忘れられない。

ティム・インゴルド『ライフ・オブ・ラインズー線の生態人類学』(フィルムアート社,2018)

現代は,郡司のいう人工知能的知性で押し切ったほうが有利な場合が多い。デジタル情報機器の新展開に後れを取ることなく操れる人が,地球規模で多数を占めるようになってきたことが大きい。すると天然の感性はそこから切り離され,むしばまれていく。天然素質をどのようによみがえらせ,人工知能的知性とつなぐことができるか。この課題はシンリンの仕事と直結する。

私たちは,制度的規範的な観点にしたがって,人の生活事象に生じてくる課題を区分けし,見極める作業に習熟することが求められる。人工知能的知性で割り切ることだってある。少し息抜きをしよう。分類識別という線引きへの熟達をめざしつつ,その合間には,線を引く作業を自由にしてみるのも一案。線の動きは面白い。規範的分類作業と,自らの体験の促しに即して自由に線を引く活動とは相反するように見えるが,それらは別々に存在しているのではない。人類学者インゴルドはずばり,「線の回復」を提唱する。線を作り出すことは,人間になることなのだ。ここで,シンリンの実践ではすぐさま,描画法を思い浮かべるだろう。インゴルドの描画ドローイングのとらえ方も独特である。描かれたものから何を書いたという判断を一旦停止する。線それ自体(ラインズ)にしたがって,線が切り開いていく在り様を見る。そこから新たな生の可能性が浮かび上がってくる。線の回復は生を取り戻す方法を探ることでもある。

ユージン・T・ジェンドリン『プロセスモデルー暗在性の哲学』(みすず書房,2022)

そこで私たちには新しいモデルが必要だ。手掛かりはある。ジェンドリンが残した『プロセスモデル』を挙げよう。いったいこれは何のモデルなのか。心理学をまったく作り直すことになるかもしれない。存在は全体連関の中で生きている。時空連続体としての身体が感受することは,ほとんど意識されない。知覚に先行するものである。天然知能はここで働いているのだろう。プロセスモデルによると,人の行動にはさまざまなシステムが交差し,その文脈に即して形成される。ジェンドリンは知覚の手前にある暗在的なものに関心を寄せる。対象があるということは自明のものではなく,主体の行動に即して生じる行動空間において出現するものである。私たちの身体は,応答しつつ行動空間を生み出していく。しかも行動空間は計測可能なものではなく,身体と環境の交差の中で想像されるものである。この想像の働きをジェンドリンはキネーションと名づけ,人のイメージの働きを身体と切り離せないものとして考える。以上のように,心理学でなじみの概念が,次々と書き換えられていくのである。

バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像

森岡正芳(もりおか・まさよし)
所属:立命館大学総合心理学部
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書として『物語としての面接―ミメーシスと自己の変容』(新曜社,2002)『うつし 臨床の詩学』(単著,みすず書房,2005),『臨床ナラティヴアプローチ』(編著,ミネルヴァ書房,2015)『臨床心理学』増刊12号「治療は文化であるー治癒と臨床の民族誌」(編著,金剛出版,2020)などがある。

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