書評:『心理療法の精神史』(山竹伸二 著/創元社刊)|評者:森岡正芳

森岡正芳(立命館大学教授)
シンリンラボ 第8号(2023年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.8 (2023, Nov.)

著者の山竹伸二さんは,たえず現代人のこころを課題にし,問いかけてきた批評家である。これまでに『「本当の自分」の現象学』(河出書房新社,2016年)『心理療法という謎』(NHK出版,2006年)ほか,多くの著作を手掛けておられる。本書はコンパクトな書物ながら,心理療法の学派をまんべんなくとらえ,それぞれの特徴を簡潔に記述し,また限界をも明確に示すもので,著者の並々ならぬ力量を感じる。鋭い問いかけが随所にあり,はっとさせられる。山竹は,若い頃の体験をきっかけに,人は心をなぜ病むのかという問題を長年考えて来たこと,そして精神医学,心理療法関連の書物を読み漁ったことを,前書きにて自らを語っている。

本書は単なる概説書,テキストの類ではない。心理療法の歴史をたどることで人間とは何かに迫るものである。本書は3部構成になっている。第1部「心理療法史の全体像」,第2部「現代心理療法の多様な展開」,第3部「心理療法はどこへ向かうのか?」。以上を通じて,近現代の心理療法のエッセンスを記述している。学派の流れも明確に図示し,各学派の主だった面々の顔写真入り,心理療法のトータルな見取り図を示してくれる。

「精神史」に本書の主張がある。キーワードは「自由」そして,「承認」である。個人の自由と社会からの承認はえてして葛藤を起こす。自由だからこそ承認への不安をますます抱える。社会と集団に承認を得るため,自分が本当にしたいことをどこかに追いやってしまう。ますます自分は不自由になる。多様化の時代において,現代人は仲間集団から承認について,強い不安を抱きやすい。承認の基準も見えにくく,不安を招かざるを得ない。たしかに,ハイリー・センシティヴ・パーソン(HSP)に関心を持つ若者たちそして,心理的安全性が会社組織において注目を集めるのも,他者からの承認に不安を抱える人々が増えているからであろう。

山竹は,個人の自由と社会からの承認の間に生じる葛藤を超え,人が自己を再発見する。自分を生きることを回復する。これが心理療法の目指すところであるとする。人は他者からの承認,社会からの承認を求める存在であるが,自由を家族や社会からの解放としかとらえないならば,納得のいく道筋は見えてこない(220頁)。人が生きていく上で避けられない根本課題を正面から扱い,心理療法の歴史を捉えるというこの書物は独創的である。著者の苦闘が背景にあったことが察せられる。

本書は,各セラピーの最前線に至るまで,特徴とその限界をまんべんなくおさらいをし,さらに心理療法の効果の測定について,本書の随所にツボを得た総括がなされている。一方で,山竹の問いかけは鋭い。効果研究は種々あっても,なぜ心が癒えるのか,「心理療法における治癒の本質をなんら言い当てていない」(236頁)と批判する。

心理療法各学派は,自由と承認の葛藤について,どのように解決の方向を指し示すのであるのか。それは,「自分の気持ちに気づくこと」である。自分自身が感じ考えていること,行っていることの意味に気づく。たとえば,精神分析では無意識の自覚を通して,納得できる判断をもとに自由に生きることが可能となる。認知行動療法も,自己への気づきをもとにした自発性を重視する傾向にあり,納得の上で行動を選び取ることで自由を得る。習慣化した考え方を変えることで,自分が納得できる行動,生き方を選ぶことができる。他者との交流を通じてそれぞれが現実を積極的に作っていき,自由に生きる技法を身につけていくという意味では,どの心理療法も終結点では似てくる。

人は自分の本心に触れたと感じたときに,自然と行動を起こす。立場は異なっても,心理療法はここで一致する。「自分の本心を偽らず,自分の意志で行為や生き方を選び取っているときに,人は自由を感じるのである」(248頁)。筆者にはずいぶん苦しい葛藤の時期があったのだろう。だからこそ,このように直言できるのだと思う。

本書を一読し,あらためてセラピストの社会的な責任は大きいと感じる。伴走者であろうとしても,私たちは社会の中で受容と承認を得る決断と,自由な自己の形成を共に歩むことに自覚的であり続けられるだろうか。著者から投げかけられる問いは重い。自由への道を歩もうとするとき,人は大きく揺らぐことがある。既存の価値意識を壊すことにも迫られるからだ。そのプロセスを支える他者がセラピストである。所属集団の承認を得られることで,生を全うできる。それが果たせないとき,人は揺らぎ,疎外感を感じる。あるいは実際に排除され,家族からも見放されたりする。そこで社会的に引きこもるか。それとも自由な道を選択するのか。納得できる道を選び動き出す。その選択には時間がかかり,エネルギーをためる必要がある。そこに同行してくれる信頼できる他者。セラピストはまずこの人だろう。

本書を読みつつ,私たちの仕事の社会の中での意味を考えさせられた。人間にとって本当の意味での自由の回復とはどういうものだろうか。この問いが心理療法の歴史をたどることによって,大きな課題として浮上してきた。心理療法は社会を変えていくイノベーションという側面があると思う。その感を新たにした。

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森岡正芳(もりおか・まさよし)
所属:立命館大学総合心理学部
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書として『物語としての面接―ミメーシスと自己の変容』(新曜社,2002)『うつし 臨床の詩学』(単著,みすず書房,2005),『臨床ナラティヴアプローチ』(編著,ミネルヴァ書房,2015)『臨床心理学』増刊12号「治療は文化であるー治癒と臨床の民族誌」(編著,金剛出版,2020)などがある。

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