【特集 被害者を支援する──性暴力・性虐待を中心に】#03 子どもの性虐待被害|泉 さわこ

泉 さわこ(原宿カウンセリングセンター)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, Mar.)

1.家庭における性虐待の発覚と子どもへの支援

児童虐待防止法では,18歳未満の子どもに対し,保護者(親権を行う者,未成年後見人その他の者で,児童を現に監護する者)がわいせつ行為をしたり,させたりすることを性的虐待であると定めている。児童相談所への児童虐待の通告は増加傾向にあり,児童相談所の虐待対応件数は2022年の段階で219, 170件その中で性的虐待は2, 451件である(こども家庭庁,2023)。しかし性的虐待はその性質から潜在化しやすく,実際は統計の数字よりも多くの被害者がいると推測される。筆者は社会的養護の分野で心理職として虐待を受けた子ども達の支援に関わってきた。そして現在は原宿カウンセリングセンターでカウンセラーとして性虐待サバイバーの方にお会いすることがある。本稿ではそうした経験を踏まえ,性的虐待(以降性虐待)被害を受けた子どもへの支援について模擬事例をもとに考えていきたい。本稿ではAさんという1つの事例を作成した。なお,この事例は複数の事例を組み合わせて加工した架空の事例である。

2.虐待の発覚

1)事例1-1 Aさんの生活

Aさん(小学校2年生・女児)は,母と母のパートナーの3人で暮らしていた。兄は数年前に特別支援学校を卒業し,就職,家を出て暮らしていた。Aさんはやせ型で目がくりくりしたかわいらしい子どもだった。長い髪をいつも一つに結んでいて,体から煙草のにおいが漂っていた。発話はあるが,擬音語,擬態語が中心でAさんが言いたいことを言葉で理解するには聴く側の集中力がかなり必要だった。Aさんは学校には来たり来なかったりで,子どもの集団の中で大きな問題は起こさないが,いつも一緒にいるような友人はいない様子だった。そして教員など成人男性に至近距離まで近づいてべたべたしようとする様子があった。学校としてはAさんの発達の様子を心配しており,Aさんが2年生になる頃学級担任が母親に教育相談をすすめた。しかし母親は話を聴いているのかいないのかよくわからないような,何となくぼーっとしている印象だった。学校としては通級などの利用も視野に入れて母親に今後も相談を促していこうという方針になっていた。

2)事例1-2 性虐待の発覚

Aさんは1年生の秋頃からNPOが運営する子どもの遊び場にほぼ毎日行くようになった。遊び場の職員達はAさんに毎回必ず声をかけるようにしていた。2年生になってしばらくした頃,男性職員の股間をタッチすることが複数回続き,職員が聞き取りをしたところ,お風呂で母のパートナーと遊ぶ時の様子を身振りを交えて話した。その身振りから性虐待を疑った遊び場の運営団体は学校に連絡,児童相談所がAさんを保護し,調査の結果Aさんは児童養護施設に措置された。母親もパートナーから日常的に暴力を受けているということがわかった。児童相談所,警察,検察の連携による司法面接や婦人科の受診によってAさんの被害の一部が明らかになった。Aさんは母がパートナーと家で一緒に住むようになった3年前頃から遊びの延長のように体を触られることにはじまり,主に入浴時に性器を触られる,加害者の性器を触らされる,口や陰部に性器を挿入される,そうした行為の場面をスマートフォンで撮影されるなど深刻な性虐待を受けていたことがわかった。母親はパートナーがAさんに対して性虐待を行っていたことについて,知らなかったと話した。

3)性虐待の発見について

①子どものサイン

この事例でまず重要なのは,Aさんが発信したサインを周囲の大人がキャッチしたということである。Aさんの男性職員への性化行動を,Aさんの問題と捉えて叱るという対応ではなく,Aさんの日々の行動の様子を含めたAさんの声なき声を周囲の大人が適切に聴き取り,機関連携をしたことがAさんへの虐待の発見に繋がっている。そして虐待が発覚したのはAさん自身の力によるところも大きい。母親のパートナーはAさんが幼くグルーミング(性的手なずけ)がしやすかったこと,Aさんの言語発達が未熟であったことを利用して虐待行為をしたと推測される。しかし,Aさんは何とか被害の一部を表現することができるまでに成長した。そのことが虐待の発覚に大きく寄与している。

② 母子関係の破壊

Aさんのケースの場合,DVにより母親と子どもの関係が破壊されていることも重大な被害である。母親は日々の入浴介助などAさんへの日常的なケアの機会をパートナーに奪われており,Aさんに十分なケアを提供できない状況になっていた。母親は長男の時は,長男を特別支援学校に入学させるなど適切に対応することができた。しかし,Aさんの時は学校からの提案をきちんと聴けない状態に陥っていた。母親はパートナーから生活を完全にコントロールされており,その暴力の被害の影響で子どもであるAさんと関わる力が低下し,周囲の人と繋がる力も削がれる状況になってしまっていたと考えられる。DVにより母子関係が破壊されたことによって,母親が母親として機能しAさんを守る機会も力も奪われ,Aさんの性虐待被害の発覚に時間がかかってしまう結果となった。

3.児童養護施設入所後の支援

1)事例1-3 施設入所後のAさん

Aさんが児童養護施設に入所した後も児童相談所はAさんの家族に継続的にケースワークをし,定期的な面接を行った。医療機関ではAさんに対してトラウマに焦点を当てた治療を実施した。児童養護施設では,生活職員が中心に関わり,施設内の心理職も定期的に個別の関わりを持った。そして関係機関が連携しAさんへの関わりの方針を決めていった。Aさんは次第に生活リズムが整ってきて,勉強が少しずつできるようになっていった。しかし,感情が高まるとタガが外れてしまい,収まりがつきにくい場面がしばしばみられた。会話は徐々に成立するようになっていったが,態度は支配的で,相手に対して命令するという関わりがベースになってしまうようだった。児童養護施設ではAさんが安心を感じられるように配慮した。例えばAさんが女性職員と縫物を通じたやりとりのときにとても優しく穏やかな表情をみせることから,その時間を定期的に作るように配慮し,その中で言語的なやりとりも育んだ。施設や学校で性教育を行う際も,性教育の時期や内容について関係機関で話し合い個別性に配慮した。生活場面でAさんが落ち着かない様子があった時は,職員達は,なぜAさんがこうした行動を示すのか,背景を含めて考えるために話し合いを重ねた。

2)関係機関の連携と生活の中での支援

①関係機関の連携

虐待される環境から離した後も,児童相談所,医療機関,児童養護施設,学校などそれぞれの機関が役割を分担し,子どもが性虐待被害の影響から,どのように物事を捉えているのか,どういったことに恐怖を感じているのかを考えながら連携することが重要である。性虐待は魂の殺人と言われるほど,影響は深刻で長く続くことはよく知られている。性虐待の影響から回復するためにも,それぞれの機関が,子どもを観察し,子どもから話を聴き,支援者自身も考えながら関わり,子どもとともに考えるという方向性を共有し,子どもの許可を得て情報を共有しながら連携して支援していくことが被害からの回復に繋がっていく。

②子どもへの説明

子どもたちは自分が保護された状況を鮮明に覚えていることが多い。その時に大人が自分が今後どうなるのかをきちんと説明してくれたかどうか,ということは子どもの今後の安定に影響していると考えらえる。そして,子どもが自分が虐待被害を訴えたせいで家族がめちゃくちゃになった,と捉えることのないようにしなければならない。保護時や保護された後子どもに関わる大人は,加害者の人格を否定せず,しかし虐待という暴力を選択したことはいけないこと,子どもが体験したことは被害であること,被害を受けた責任は子どもにないことを明確に伝える必要がある。

③被害であるということを明確にすること

加害者の行為が暴力であり虐待であると認められることは,被害を受けた子どもの回復に大きく関与すると考えられる。子どもは,被害を受けたのは自分が悪かったからではないかとどこかで思っていることがしばしばある。しかし,加害者の虐待行為は法的に許されない行為だと認められることで,子どもは自分が受けたことは被害であった,ということをより明確に認識しやすくなる。また,加害者がAさんに謝罪し説明し今後二度と暴力をしないということを約束する,ということを成長したAさんが望み,実現するとしたら,Aさんの回復に有効であるかもしれない。

3)事例1-4 加害者への気持ち

施設に入所してからしばらくして,Aさんは施設職員に話したことがある。「施設にきて,ほしい服も買える,ベッドもきれい,いろんなところに旅行にもいける,私にとって家にずっといるよりずっといい」と。そして,母のパートナー(Aさんはお父さんと呼んでいた)について,「お父さんが自分に対していけないことをした,と大人から言われる。わかってる。けどお父さんを知らない人が悪口言ってるみたいで腹が立つ。だってお父さんは遊んでくれた」という。お父さんと笑ったこと,といってAさんは,寝転んでテレビを観ていたら,急に股間をくすぐられてびっくりして振り返ったらお父さんが後ろにいた,笑った,という。その話をするAさんの表情はとても幼いように見え,そしてとても嬉しそうに見えた。職員は,子どもがくつろいでいる時間,空間に肉体的に突然侵入してくる加害者の暴力性への怒りとAさんの被害に胸を痛めながら,彼が悪い人だとは言わない,しかし彼が選んだ行動は間違っていると話した。

4)継続して支援していくために

①親密さと安全の混乱

性虐待は,子どもの親密さと安全の関係を混乱させる行為である。Aさんケースの場合,母親のパートナーは,Aさんへの性虐待を目的に,Aさんの母親をAさんに近付けないようにして,Aさんへの日常的なケアをほぼしていた。Aさんの中で,母親はAさんに対して関心がないように見え,母親のパートナーは自分の面倒を見てくれるし遊んでくれる人,という認識になっていた。その中で行われた性虐待は,Aさんの親密さと安全の感覚を混乱させており,Aさんの対人関係に大きな影響を及ぼした。他者と性的な関わりがない中で,遊んだり,笑ったりするという体験に慣れていくこと,そしてその距離感が安全なのだという体験を重ねることが,性虐待被害からの回復に繋がる。加えて,子どもの対人的なパターンを観察し,なぜそうなっているのか,支援者も考え,子どもにもフィードバックしていくことも意味がある(島,2023)。

②支援者が支えられる

例えば虐待を受けた子どものプレイセラピーの場合,セラピストが無念さや失望を抱いたり,悲しみに圧倒される気持ちになったりということがあるといわれている。しかし,今この場は心理室であり,子どもが主導権を持って遊んでいることや,そこに心理士がいるということは,被害に遭った状況とは明らかに違う。支援者はAさんが自分に力があると感じられるような体験を今ここでどうやってできるか考えながら関わることが必要であろう。しかし,そのように関わっていても,性被害について具体的なことを聴いた後などに支援者自身の身体にも加害者が侵入してくるような気分の悪さを感じたり,無力感に苛まれたりするということがある。これらは,支援者へのトラウマの影響である。こうした時に,子どものトラウマ被害の影響が支援者にも及ぶことを組織全体で知っておくことは,大きな助けになる。組織で共有できていると,影響を受けた職員に対して力不足と非難せずサポーティブに捉えることができたり,職員自身がケアやスーパーバイズを受けるために協力しやすくなったりする。そして,自身のケアに繋がることを,職場でそれぞれの職員が考える機会を持つことにも繋がる。

4.まとめ

今回作成したAさんの事例は,子ども時代の逆境的な体験が複数重なっている中で受けていた性虐待の事例である。性暴力の様相はさまざまであり,性虐待の加害者も,実父母や,きょうだいである場合もある。ケースごとに状況は違い,最善の対応もさまざまだと考えられる。しかし,性虐待が子どもに与える影響は非常に大きく,子どもの被害をケアすることは,暴力の被害が連鎖していくことを止めることにも繋がっていることは共通している。あらゆる暴力や虐待はあってはならない。しかし,そこから回復し,成長していく子どもたちの姿には,大きく心を動かされるものがある。私はこの文を読んで下さった皆様とともに,暴力や虐待のない社会を作っていきたいと思っている。

文   献
+ 記事

名前:泉さわこ(いずみ・さわこ)
所属:原宿カウンセリングセンター
資格:公認心理師・臨床心理士

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