【特集 被害者を支援する──性暴力・性虐待を中心に】#04 男性の性暴力被害──現代日本社会で被害を聞くために──|宮﨑浩一

宮﨑浩一(立命館大学大学院人間科学研究科博士課程後期課程)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, May.)

1.日本の状況

はじめに図1をみてほしい。これは挿入を伴う性犯罪の認知件数の推移だ。全体的に増加傾向にあるが,2016年をみると男性の被害者は計上されていない。これは被害者がゼロだったということではなく,挿入を伴う被害に男性があったとしても,それまでの強姦罪では「女子を姦淫した者」が加害者と決められていたため,男性は被害者になれなかった。2017年に強姦罪は強制性交等罪として改正され,被害者も加害者も性別の規定がなくなった。そのため認知件数もこの年から男性の被害者の数が現れるようになった。2023年には不同意性交等罪とされ,ペニスの挿入だけではなく身体の一部や物の挿入も犯罪とされるようになった。

図1 挿入を伴う性犯罪の認知件数

2017年の性犯罪に関する刑法改正以降,男性の性暴力被害はマスメディアでも度々取り上げられるようになってきた。2023年はジャニー喜多川の性加害が大きく報じられ,今では男性の性暴力被害と聞くとこのことを思い出されるかもしれない。長期間多数の男性に性加害をおこなってきた背景には,外部専門家による再発防止特別チームの報告書でも会社組織の問題が指摘されている。加害者はその個人が持つ力,権力,立場,体,腕力,知性,あるいは優しい振る舞いなどさまざまな能力を用い,加害を行う。そこに組織的な力が働けばより大きな力を発揮できるだろう。2024年3月下旬も「旧ジャニーズ事務所スタッフ2人 所属タレントに性加害 公表」というタイトルでNHKが報道している。決して特殊な人間の特殊な犯罪ではなく,こういったさまざまな力を利用して加害行為が行われる。そして性を用いた暴力に晒される人がいる。

性別に関わらず性暴力被害に遭うのだが,男性の被害者の支援は遅れてきた領域だ。本稿では被害実態やその影響を中心に現代の日本社会で男性の被害者の話をどのように聴けるのか,考えたい。

2.男性・男児の被害

1)被害形態

日本の状況を見ると,2017年まで男性は性暴力被害に遭わないことに,少なくともレイプのような挿入を伴う被害には遭わないことになっていた。被害者の性別によって,被害かどうかが決まっていたのが2017年までの日本である。では男性の被害形態にはどのようなものがあるのか? と気になるのは当然だと思うが,被害は加害行為があることの結果である。そのため,男性がどのような被害に遭っているかとは正確に言えば,男性を狙った加害者はどのような加害行為をしているのか? と問うべきだと思う。

これまで日本で調査されてきたものを概観すると,重要な点はとして被害者が男性だからといって,起こらない被害は無いということだ。性的なからかい,盗撮,痴漢,裸をみせられること,マスターベーションの強要,セックスの強要など,さまざまな加害行為が男性に対して振るわれている。

2)身体反応を利用した加害

基本的に性暴力は被害者の性別を問わずにあらゆることが起きていると言えるが,男性に特徴的に現れてくるものもある。それが身体反応を利用する加害行為だ。

身体反応を利用するというのは,何らかの性的な刺激を与えることによって勃起や射精に至らせる行為のことである。もちろん身体反応は女性にも起きるが,陰茎の反応は加害者にも目に見てわかりやすいという特徴がある。こういった身体反応は反射的なものなので男性が望んでいたわけではないし,その行為に同意したという根拠にもならない。

陰茎の反応を利用することで「挿入させられる被害」という,加害者の穴にペニスを挿入することを強要される被害も起こる。つまり,性的な刺激を加害者が与えたりして勃起させて加害者の膣や肛門,口腔へ挿入させられるという被害のことだ。挿入関係があればそれは陰茎を持つ人が望んで行なっていると思えてしまうかもしれないが,それは事実とは異なる理解だ。

この挿入させられる被害はMade to Penetrate(MTP)という概念で調査もされており,たとえばアメリカでの調査では無理やり挿入させられた被害体験が非常に重篤な影響を与えていることがわかっている。

3)加害者の性別

加害者の性別によってどのような特徴があるのか考えてみたい。加害者の性別に注目する理由は,加害者たちは男性の被害者が埋もれてしまう社会規範を利用しているからだ。その点で加害者は非常に巧妙であると思う。

女性の加害者は,「男性が能動的に性行為をしている,女性は受動的に性行為を受け入れている」という一般的な男女間のセックスに見せかけることで,その加害行為を同意のあったものと男性に感じさせたり,第三者に表現することが可能だ。さらに女性が被害者でしかないと一般に思われている状況は,加害者は男性でしかなく女性の加害者の責任が問われ難くなくなる。一方男性の加害者は被害者のことを「女性化」すると指摘されることもある。それはつまり,弱く劣った存在として象徴的に男性の被害者を表すことができるということだ。ここには,ジェンダー規範の中で女性が劣位としておかれている仕組みを利用していることがわかる。また,男性同性間で起きる性暴力の場合,同性愛に対する差別がある日本ではその出来事を言いづらくなっている。もちろん加害者もホモフォビア,つまり同性愛嫌悪に晒される可能性はあるが,加害者は「強い男」として「男らしく」見せることができる。また,その出来事を誰かに言わなければならないのは被害者であるため,被害者の方が先にホモフォビアに晒される可能性が高くなり言いづらい,訴えづらいという状況を作りやすい。

加害者は自身の持つ能力を駆使して加害をしていると思う。そのため性別の社会的なイメージも利用して加害行為を隠そうとしたり,その加害行為を正当化しようとすることがある。

3.被害による影響と支援

性暴力の被害後の影響はさまざまに重篤なものがあるが,これについても過去には「男性は女性ほど傷つかない」という思い込みもあった。しかし,これまでの調査からは全くそのようなことはないことがわかっている。考えてみれば当然だが,男性だからといって,仮にムキムキに鍛えていても,皮膚や粘膜は鍛えられない。そして,こころも同様に簡単に傷つけることができる。そのため,実証的に調査されたことで,男性が性暴力被害によって傷つき,トラウマ関連の症状にも罹患しうることがが明らかになったことは重要だった。たとえば,性暴力被害によるPTSDの発症は男女差がないという研究結果がある。

1)性的アイデンティティの混乱

基本的に性暴力被害の影響は人一般に悪影響を与えると考えられるが,あまり女性に見られない男性の反応が指摘されている。それは,性的アイデンティティや性指向の混乱,あるいは「男性性の混乱」と呼ばれているものだ。男性が性暴力被害に遭うということは,社会的な「男らしさ」と一致していない事態であるされる。それによって被害に遭った自分の「男性イメージ」と一致せず混乱に陥ることがある。例えば,「なぜ男の自分が戦えなかったのか?」といった「男らしさ」への疑問が生まれたり,あるいは,「女性を好きな自分が男性相手に射精してしまった,これは自分は同性愛者だからなのではないか?」という不安が起こることがある。

男性の被害者が特別視されるのは,「男性=能動=加害」の規範的な見方からズレているためである。しかしそもそもそのようなイメージがなければ男性が「男らしさ」に疑問を感じる必要はなかったはずだ。さらに,男性が女性に性加害を行ったとして,そこで加害者や被害者が異性愛者かどうかなど意識を向けられることは普通ないように,同性愛に対する差別がなければ加害者や被害者の性的指向に注意が向けられることもないだろう。

2)相談の壁

男児・男性が性暴力被害に遭うことやその影響も甚大だが,被害後に助けを求めることではさらなる困難が指摘されている。その一つとして,男性の被害者は女性に比べて被害開示や,援助要請行動が少ないという点だ。その背景には,男性規範が指摘されており,「弱音をはかない」など,誰かに相談することが「男らしくない」とみられることや,上記の身体反応による恥ずかしさ,あるいはそのような出来事を信じてもらえないのではないかという不安,また,実際に打ち明けたことがあるものの信じてもらえなかったという体験から,その後言えなくなったということがある。

こういった状況について日本でも,NHKがWeb調査を行った(2021)。ここでは男性の被害者292人が回答し,過半数がどこにも誰にも相談しなかったと回答し,その理由として,どこに,誰に相談して良いのかわからなかったからと答えている。相談をためらうことの多さ,また実際に相談できる相手や場所がわからないという状況が伺える。

3)支援者側の課題

性別によって被害者に対する見え方が変わってしまうことは支援者側にも当てはまる。「人は誰でも性暴力に遭う」と網羅的に考えようとしていたとしても,やはり我々の認識は性に関する一般的なイメージで捉えてしまいがちだ。男性の性暴力被害についても,「男性の」とあえてつけなければ問題化されない状況や,近年まで関心が薄かったことも性別によって我々の見方が違う例だろう。

たとえ相談者が自身の被害体験に触れたとしても,それを被害として聴くことが難しくなってしまうことがある。今でもあると聞いて驚いたのだが,飲み会で裸踊りをさせられるといった慣習に根ざした被害を「男だったらこれくらいよくあるだろう」と小さな出来事として捉えてしまうこと。ゲイ男性がセクハラに遭ったことを「ゲイが集まる場所に行ったからいけないんじゃないか」と被害者の性的指向に理由を見つけてしまう同性愛嫌悪。加害者が女性の場合に「女性が加害者??」と男性の能動的な関与を憶測してしまうこと。これらと全く同じでなくても,一般的な性のイメージから話を自動的に解釈してしまうことは多いし,支援者であろうと社会的な性のイメージを持っているのは普通だ。

こういった一般的な性のイメージやその自動的な解釈の仕組みを説明してきたのがジェンダーやセクシュアリティの運動や理論だ。私自身もそうだが,支援者が社会的な影響を受けていることを知っておかなければ,個人の被害をなかったものとしようとする力に絡みとられて被害を聴けないということにならないように注意していかなければならない。

文   献

名前:宮﨑浩一(みやざき・ひろかず)
所属:立命館大学大学院人間科学研究科博士課程後期課程。
研究テーマは男性の性被害。資格:臨床心理士,公認心理師。

主な著書:『男性の性暴力被害』(共著,集英社新書,2023年)。

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