心理面接の道具箱(32)いま,ここにある物語——物語を味わうゲーム『マーダーミステリー』 |大島崇徳

大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第32号(2025年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.32 (2025, Nov.)

『マーダーミステリー』は,推理小説のような殺人事件の現場に居合わせた登場人物となって,会話をすることで犯人が誰かを推理するコミュニケーションゲームである。プレイヤーは用意されたシナリオの中の登場人物の一人となってその役割を演じる。犯人以外のプレイヤーは犯人を推理して拘束することを目指し,犯人となったプレイヤーは犯行を悟られず,逃げ切ることが目的となる。『マーダーミステリー』では,会話をしながら相手の気持ちだけでなく,場の空気を感じたり,いま,この場で何が起こっているのかを俯瞰して眺めるといった視点の切り替えが求められる。今回は,企業での研修でも使用される『マーダーミステリー』について紹介し,その中で行われる場や関係性をみるということについて考えてみたい。

1.物語のはじまり

『マーダーミステリー』にはシナリオが用意されていて,本筋となる物語と登場人物,人物同士の関係などの設定があらかじめ決められている。シナリオの内容を知っているとプレイできないため,一度プレイしたシナリオは再プレイできない。ひとつひとつの物語が一期一会の貴重な体験となるのである。

ゲームが始まる前にオープニングとして事件の状況が説明された後,プレイヤーには一人ずつ登場人物が配役され,人物ごとに用意された設定書が配られる。設定書には登場人物の氏名,年齢,性別といった基本情報の他に,なぜこの場にいるのかといった経緯,何時何分に何をしていたのかといった事件前後の行動,他の人物との関係性といった情報が事細かに記されている。そして,最も重要な情報として,「あなたは犯人です」もしくは「あなたは犯人ではありません」のいずれかの文言がフォントや色を強調して記載されている。ここで初めてプレイヤーは自分の立場を知ることになる。また,たとえ犯人でなくても,全員が何らかの面倒な問題に巻き込まれていたり,誰にも明かすことが出来ない複雑な事情を抱えている場合がほとんどである。つまり,登場人物は犯人を見つける(あるいは犯人であることを隠匿する)という目的を持つだけでなく,それぞれが個別の目的を持った状態で事件の現場に集まっているのである。

設定書の最後には,自分が何を目指すのかという目標がいくつかと,それらを達成した際の得点が示されている。メインの目標はゲームの最後に「犯人を拘束する」あるいは「犯人として拘束されない」だが,サブ目標として登場人物の事情に合わせた望ましい結末や行動が書かれており,その達成状況によって評価され,勝者が決定するのである。

2.物語の流れ

全員が設定書をしっかり読み込んだ後,ゲームがスタートする。ゲームは,自由に動いてカードに書かれた情報を取得しながら,プレイヤー同士が密談をするターンと,全員で集まって各々の推理を述べる会議のターンに分けられる。自由に動くターンと会議のターンを決められた回数だけ繰り返し,最後の会議で,犯人として拘束する人物を多数決で決める。その後のクライマックスでは,拘束されていない登場人物が物語を通して得た推理を手がかりに最後の行動を行う(「〜をかばう」「この場から逃走する」など)。クライマックスの結果によってエンディングが決まり,物語の真相が明らかにされる。

ゲームの中で特に重要となるのが各々が自由に動くターンである。テーブルに置かれた情報カードから決められた回数だけカードを見ることができ,指示があればそのカードを手札にする(他のプレイヤーから秘匿する)。いずれも,事件の推理に有益な情報(殺害現場の様子や特定の人物の目撃情報など)であったり,手がかりとなるアイテム(凶器や犯人を示す証拠など)であったりする。これらを持って,話を聞きたい相手に声をかけ,他の人に聞かれない場所で密談をする。密談では,「自分が犯人である」など,知られてはいけない情報以外を慎重に開示したり,カードを見せる,譲渡するなどを条件として,相手から情報を聞き出したり,協力関係を築いたりする。プレイヤーの動きに依存したターンであり,シナリオをどれだけ深く体験できるかは,このターンでの全員の活躍によるところが大きい。

3.私の『マーダーミステリー』体験——犯人の推理から物語の体験へ

ここで少し私の体験について話しておきたい。『マーダーミステリー』は当初,私にとってはあまり刺さらないコンテンツだった。最初の数作品をプレイした感想は,「面白くなくはないんだけど……なんだかもやっとするなぁ」という複雑なものだった。

私はもともと推理小説が好きで,特に終章の前に「さあ,読者諸君。推理に必要な情報はすべて出そろった」と読者への挑戦状が提示されるような本格ミステリを好んで読んでいた。『マーダーミステリー』にも本格ミステリのようなロジックによるパズルを期待していたため,「うーん……これはミステリなのか?」と首を傾げるところから入ってしまったのである。しかし,物語の登場人物として事件に巻き込まれる体験は確かに面白くはある。面白くはあるものの期待するパズルではなく,長時間かかるゲームでもあるので,しばらくの間,『マーダーミステリー』からは距離をとってプレイしていなかった。

もう一度やってみようかなと思ったのは,TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)の老舗であるグループSNEから,和製の『マーダーミステリー』として,『九頭竜館の殺人』(Group SNE)が出版されたためである。久しぶりにプレイしてみたところ,物語をつくり,体験するというTRPGと連想がつながったからか,事件の解決だけでなく,物語そのものを純粋に楽しむことができた。「あ,これって『謎はすべて解けた!』じゃなくて,『もう嫌!誰も信じられない!』の方か」と腑に落ちたのである。それ以来,いくつもの謎を残したまま物語が終わり,終了後に初めて知る情報がたくさんあったとしても,それをアンフェアだと思うことはなくなった。今では,「推理するのは犯人ではなく物語である」を信条に『マーダーミステリー』を楽しんでいる。

『マーダーミステリー』は,必要な情報が全て公開された状態からロジックによって犯人を特定するといった「正解にたどり着くことを目的とするもの」ではなく,自分もパズルのピースの1つとなり,限られたピースから「いま,ここで何が起こっているのか」を想像し,他の人物の不可解な動きや,わからなさという「過程を楽しむもの」であると思う。犯人の物語だけでなく,登場人物それぞれが生きるいくつもの物語が同時に流れていて,それらの諸事情や思惑が意図せず大きな全体の流れ,物語を作る。多層的な現実が自然と作られる仕掛けになっていて,いくつもの層となった流れを俯瞰して眺めると,不確実さにあふれた曖昧な時間と空間が深く魅力的な物語になる。それぞれの楽しみ方はあるだろうが,そういった体験の奥深さを私はマーダーミステリーに求めている。

4.心理面接の道具として

このような現実を多層的に捉える体験はなんとなく心理臨床の場で感じることと似ているように思う。心理面接では,目の前で話されること,目に見えることが大事であると同時に,それらが語られ表現された背景にある事情,文脈,感情といった,いくつもの層にまで目と耳を傾けるということが自然となされている。あるいは,自分の存在も含め,目に見える様々なパーツと,まだ知らない未知のものを場に並べて,全体を俯瞰してみることもあるだろう。多層的な現実をいくつもの層をシフトしながら,あるいは同時に感じたりしながら様々な視点で眺める。そのような心理臨床の場に似た感覚を『マーダーミステリー』でも体験することができるように思う。

また,『マーダーミステリー』は「社会人基礎力」を育てることを目的に企業での研修に使用されることがある。『マーダーミステリー』が「社会人基礎力」の育成に寄与する可能性について調査した報告もある(大矢,2023)。。チームで働くために自分の意見を発信する力や,相手の話を聞く力,意見の違いを理解する柔軟性の育成に役立つことがあるようだが,そのようなコミュニケーションの変化に,場を緩やかに俯瞰して,様々な層からとらえる視点の切り替えという体験が関わっていないだろうか。心理士の訓練にも『マーダーミステリー』を取り入れてみてはどうかと真面目に考えたりする。大切なことは日常の中にあり,遊びから学べることがたくさんあると切に感じる。

文  献
  • 大矢薫(2023)社会人基礎力育成のための「マーダーミステリー」の可能性に関する予備的調査.新潟リハビリテーション大学紀要,11 (1); 54-58.
+ 記事

大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『いま、カウンセラーはゲームに夢中な子どもとどう向き合えばいいのか?─つながる、わかる、支えるための心理臨床の視点』(共著,遠見書房,2025),『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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