心理面接の道具箱(17)みんなで物語を創る②テーブルトーク・ロールプレイングゲーム|大島崇徳

大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

1.対話から生まれるもの

私がこの「心理面接の道具箱」というコーナーに好きなことを書かせていただくようになって1年余り,今回で6本目の投稿となる。原稿をやり取りする中で,編集部の方には大変お世話になっていて,原稿についてご指摘いただくコメントだけでなく,受け渡しのメールにちょこっと(時にいっぱい)書いてくださる感想や当時はまっていたサブカルチャーの話などに度々刺激をいただいている。その中で,テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(以下TRPG)という懐かしくもあり,今も遊ばれ続けているゲームジャンルについての話題になった。TRPGは自閉症スペクトラム児のコミュニケーション支援に用いられることもある会話を中心としたゲームである。今回はこのTRPGについて取り上げてみたい。

2.TRPGとは

TRPGとは,数人のプレイヤーがテーブルを囲み,会話をすることで物語を進めていくゲームである。プレイヤーは物語の中のキャラクター(PC)を演じて,架空の世界での生活や冒険を体験する。1970年代にアメリカで「ダンジョンズ&ドラゴンズ」注1)という最初のTRPGが誕生し,ほどなく日本にも輸入され,国産のTRPGがたくさん作られた。舞台となる世界も剣と魔法のファンタジー世界から,ホラーをテーマにしたもの,現代日本や近未来の地球まで多種多様で,現在も新しいTRPGが作られ続けている。

TRPGでは,プレイヤーのうちの1人がシナリオと呼ばれる物語の進行兼,審判役のゲームマスター(GM)となり,残りのプレイヤーはPCを動かす演者となる。GMは,PCが今どのような状況にいるのかといった場面を語って聞かせ,それを聞いたプレイヤーはPCの行動を決め,GMに伝える。GMは各々の行動がどのような結果になったかをPCの能力値やダイスによって判定し,その結果,状況がどのように変化したかを語って聞かせる。このようなやり取りを繰り返すことで物語が進んでいく。人であるGMがPCのあらゆる動きに応じて物語を展開させていくため,極めて自由度が高いことが特徴である。

「ダンジョンズ&ドラゴンズ」スターターセット

注1)日本語版は,https://dnd-jp.com/で詳細を知れる。ベーシックルールブックも閲覧可能。

3.キャラクターが動かす物語

TRPGではPCを演じることで,普段の自分とは違う人格を体験できる。PCの特徴が,物語の中での振る舞いや演じ方に大きく影響するため,PC作成はかなりの時間をかけて丁寧に行う。PCの特徴は,能力値やスキル,職業などで表現されるのだが,それらを決める際に重要となるのがPCの背景情報である。決定した能力とつじつまが合うキャラクターの生い立ちを想像し,歩んできたであろう歴史から職業やスキルを決めていく。ダイスなど偶然の要素が加わるため,力のない戦士や頭の悪い魔法使いができることもあるが,それがかえって物語を彩り,面白くさせる。PCの背景が決まってくると性格が決まり,癖やこだわりが決まる。そうすると,物語中,PCがどう動くのかが想像しやすくなり,演じやすくなる。物語の作者が言うところの「登場人物が勝手に動き出して物語ができあがっていく」というのはこういうことなのかと思える瞬間がたびたび訪れる。

TRPGの面白いのは,物語だけでなくPCが色濃く体験されるところである。「このキャラだったらこう動くだろうな」と想像して行動が決まることも多い。時にはプレイヤーの意に反した理屈に合わない行動を,PCの性格に合わせて,あえて選択するということもある。そのようなPCに合わせた行動をとり,それが物語として紡がれていくと,今度はよりPCの性格が際立ち,時には「こんなキャラだったっけ?」というほどの変貌を遂げたりする。性格が行動を決め,生じた行動がPCの性格に影響を及ぼし変化していく。PCに託されて思いがけず生じた行動という「表現」に驚きつつも,それを取り入れることによって内的なイメージが動き出し,さらなる表現を生み出す。

弘中(2014)は箱庭療法の治療的要因の1つとして,「深い内的なイメージが表現されながらも…(中略)…意識の適度に介入することによって,クライエントは箱庭づくりの中で自分の内的イメージとの会話を行うことができる」と述べている。物語という枠組みの中で,ある種象徴的な意味を与えられたキャラクターが自由に動き表現される。そんなTRPGの営みは箱庭療法を連想させる。TRPGの物語にはキャラクターの心が盛り込まれており,必然としてプレイヤーは心を使って物語に関わっていく。そこには心の動きがある。PCの心に深く没入させるというTRPGのもつ特徴が,物語という体験を豊かにしているのだろうと思う。

4.受け手,見守り手としてのGM

コンピューターゲームのRPGとは違って,PCの行動を聞き受け,反応するのが人であるGMということもTRPGの重要な特徴である。人が受け手であるため,PCのあらゆる行動に対処することが可能となり,自由度が上がる。自由度の高さは詳細な行動を可能にし,PCをよりリアルに,心を使って演じることを手助けする。自由さゆえに,GMが予想しないような展開になり,準備していたシナリオ通りに物語が進まないことも少なくないが,そんな時にどこまでPCの行動を受け止めきれるかにGMの力量が問われる。いかなる行動も受け止められるという安心感があるからこそプレイヤーはPCの行動を自由に決定することができるのだろう。

TRPGは,プレイヤーとGMという人間同士の間で起こる関わりである。原田ら(2022)は,「TRPGにおいてはPL(プレイヤー)もGMも一体のゲームを構成するメンバーとして一つのコミュニケーションの「場」が形成されている」とし,GMを「直接選択を要請したりコミュニケーションの形を指定することはない」存在であることを特徴として挙げている。参加者としてGMが関わり,プレイヤーとの間で対人関係の場を作り,指示的でない自由さが物語を紡いでいく。来談者の自由な心の動きに心理臨床家が関わり,指示的でない空気の中で新しい何かが生まれていく。そんな心理臨床の場で行われていることにも通じる関わりの妙をTRPGの中にも感じる。相手が人であり,そこに関わりがあるということは,心が動き,体験が豊かになる土壌となる。人と関わることで生まれたものからさらに何かが生まれる。心理臨床はそのような営みであろう。

加藤ら(2012)は,自閉症スペクトラム児に対して,訓練ベースのアプローチとは異なる,自発性と関心をベースにしたアプローチとしてTRPGを取り上げている。そこでは,ルールなどの「柔らかな枠組み」の中での自由な行動選択を通じて,参加者が自らのコミュニケーションを調整するという経験が積み重ねられるという。枠組みと自由さ,その中で生まれる自発性に後押しされた体験は何より得難いものであろう。そのような体験を得られることこそが心理臨床の肝なのだろうと思う。

文 献
  • 加藤浩平・藤野博・糸井岳史・米田衆介(2012)高機能自閉症スペクトラム児の小集団におけるコミュニケーション支援―テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)の有効性について.コミュニケーション障害学,29 (1); 9-17.
  • 原田裕介・加藤浩平・藤野博(2022)自閉スペクトラム症児のTRPG活動における会話の促進とゲームマスターの役割.RPG学研究,3号; 14-32.
  • 弘中正美(2014)遊戯療法と箱庭療法をめぐって.誠信書房.

バナー画像:kerutによるPixabayからの画像

+ 記事

大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭女子学院大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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