心理面接の道具箱(31)心を映す鏡,アンダーテイル|長行司研太

長行司研太(佛教大学)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)

1.『アンダーテイル』とは?

『アンダーテイル(UNDERTALE)』(ハチノヨン)というゲームがある。2015年にアメリカのインディーゲーム開発者トビー・フォックス氏が個人で制作したロールプレイングゲーム(RPG)であり,発売以来世界中で高い評価を受けている作品である。日本でも,2017年に日本語版がリリースされ,現在ニンテンドースイッチを始めとしたさまざまな機種でプレイできるので,小中学生から話が挙がることもしばしばある。ソフトを買ってプレイするだけでなく,ゲーム配信を見て知ったというパターンも多く,自分ではプレイしていないが内容はよく知っていると語る人も多い。

このゲームでは,モンスターの住む世界に迷い込んだ人間の子どもの冒険物語が描かれ,ユニークで可愛げのある個性豊かなキャラクターたちが登場する。開発者が日本のゲームから影響を受けたことを公言しており(ファミ通,2017),ファミコンの時代を彷彿とさせるレトロで温かみのあるグラフィックで描かれている。

通常のRPGでは剣や魔法で敵を倒していくのがオーソドックスなスタイルだが,このゲームが他のゲームと大きく異なるのは,敵を傷つけずに対話し,和解することも可能という点である。敵を殺すか,それとも殺さないかという選択を常に迫られ,その選択により物語の辿るルートや結末が何パターンにも分岐するマルチエンディングを採用しており,プレイヤーの心を揺さぶり考えさせる作りになっているのが特徴である。

また,『アンダーテイル』は耳に残るメロディアスな音楽が非常に高く評価されている。YouTubeで『アンダーテイル』のバトルBGMをひたすら聴き漁り,「カッコよすぎてずっと聴いていられる,メロディーがとにかく気持ちいい」と語る子どももいる。

こうした特徴を持つ『アンダーテイル』だが,このゲームを子どもたちはどのように体験しているのか。ある中学生の『アンダーテイル』との向き合い方を通して考えてみよう。なお,ここからはゲームの面白さの核心に触れる重大なネタバレを含むので,ゲームの詳細を知りたくない方は注意されたい(このゲームに興味が湧いた方,プレイする予定の方は,先にゲームをプレイすることを強くオススメする)。

※画像は『UNDERTALE』の公式サイトより引用

2.最強の敵と戦い続けることの意味

中学生男子のAはYouTubeでたまたま『アンダーテイル』の動画を見て,その世界観に引き込まれた。そのうちに動画を見ているだけでなく,自分でもプレイしてみたくなり,購入してゲームを楽しんでいた。

このゲームには大きく分けて3つのルートが存在し,そのうちの一つにP(パシフィスト)ルートと呼ばれるものがある。これは,すべてのモンスターと友好的な関係を築く,とても平和的なルートである。他のゲームだと,モンスター=倒すべき敵であるが,このルートではモンスターとコミュニケーションを図り,お互いを理解し仲良くなることができる。そうなるにつれ,彼らも一人ひとり人間性を持っていて,それぞれに生活があり,感情があることが実感できるのである。他のゲームでは,(RPGというゲームシステムに沿って)何も考えずに当たり前のように倒し続けていた敵が実は共存可能な存在だった,という事実は,このゲーム特有の体験をプレイヤーにもたらしてくれる。

そのPルートも楽しんだ上でAがもっとも心を惹かれたのは,G(ジェノサイド)ルートと呼ばれる,出会う敵をすべて殺していくルートであった。Gルートでは,Pルートであれだけ仲良くなり理解し合えたすべてのモンスターたちを今度は敵として容赦なく狩り尽くすという,ダークなストーリーが描かれる。このルートは非常に難易度が高く,特にそのルートの最後の敵である,とあるキャラクターとの戦いは,初見でクリアできる人はいないと言われるほどこのゲームの中で最も難易度が高いことで有名である。

『アンダーテイル』の戦闘システムは非常に個性的であり,シューティングゲームとアクションゲームを足したようなオリジナリティ溢れるものになっている。特にこの最後の敵との戦いは,ひたすら敵の激しい攻撃を避け続けることで勝利できるルールになっている。的確な操作に加え反射神経,集中力,記憶力のすべてが高水準で求められ,Aも何十回も挑戦することでようやくクリアできたとのことであった(YouTubeで「サンズ戦」と検索すればいくつもの動画が出てくるので,一度見てみるとよりイメージが湧くことだろう)。

Aは最強の敵との戦いを自分自身の力でクリアできたことで大きな喜びと達成感を得たようだったが,そこからAの新たな挑戦が始まることとなる。Aは日課として,毎日欠かすことなくその敵に挑み,戦うことを自分に課すようになった。初めは何回かに一回クリアすることが精一杯だったAも,それを日々繰り返しやり込むうちに,敵のすべての攻撃を避け続けてほぼノーミスでクリアするという領域まで至るようになっていた。その頃から,Aは時間にして10分弱のその戦いを,一日一戦と決めてチャレンジするようになる。学校から帰宅し,いろいろな用事を済ませてから行うその一戦でどれだけミスをせずクリアできるかによって,その日の心身のコンディションを測っているとのことであった。

A曰く,「今日は調子が良かったなという日はやっぱりミスが少ない」と,答え合わせのように一日を振り返りながら敵の攻撃を避けているとのことだった。「これをやることで一日を締めくくれる」とも述べ,このゲームの存在はAにとって欠かせないものとなっていた。

3.ゲームを通して自分を知ること

自分の心身の状態を確認する方法は世の中に数多くある中で,Aが選び取ったのは「ゲームの中で毎日同じ戦いを続けること」だった。Aはなぜこの戦いを繰り返したのか。『アンダーテイル』でのこの戦いには,一風変わった「ひねり」が加えられている。このゲームに登場するキャラクターの中で,この敵だけはゲームを操作しているプレイヤーの存在に気づいており,戦いの最中に直接語りかけてくるという,メタ的な演出が盛り込まれている。そこでは,ゲームの中で敵の命を奪ってきたプレイヤーにその意味を考えさせるような問いかけが繰り返される。Aもこの演出に「なんかすごくグッときた,サンズの言ってることって深いわ」と述べており,Aはただ達成感を味わうために何度も最強の敵を倒しクリアし続けていたという感じではなかった。Aにとっては,心身の調子を測るという形で繰り返しこの戦いを体験しながら,それと同時に敵からの問いかけを反芻し,敵の命を奪うという選択の重みや,それでも自分は戦うという決断=ゲームをやり続ける意味と,自分にとっての必要性を毎日確認していたとも考えられる。それは,『アンダーテイル』というゲームのテーマである「ケツイ(=決意)」ともつながる部分といえる。

Aのように,その時の自分の心と身体にフィットするゲームと出会えた場合,そのゲームを通して自分を知ること,自分について考えることが可能になる。その強敵との繰り返される戦いは,Aにとって「心を映す鏡」として機能しており,自分の状態を理解し把握するための手段として,Aの中に位置づけられていた。Aがそうであったように,『アンダーテイル』の特徴であるプレイヤーに選択の重みを実感させるゲーム性やプレイヤーへの問いかけは,今後もこのゲームに触れる者の心にさまざまな形で影響を与え続けるだろう。

Undertale公式サイト

文  献
+ 記事

長行司研太(ちょうぎょうじ・けんた)
所属:佛教大学,京都府/市スクールカウンセラー
資格:臨床心理士,公認心理師
サブカルチャーと心理臨床の接点を探求する「サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん)」副代表。
主な著書に『いま、カウンセラーはゲームに夢中な子どもとどう向き合えばいいのか?─つながる、わかる、支えるための心理臨床の視点』(共著,遠見書房,2025),『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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