心理面接の道具箱(20)水平思考ゲーム――『ブラックストーリーズ』|大島崇徳

大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)

1.結末に至る真相を解き明かすゲーム

「長電話をしたために女は死んだ」。なぜ女は死んだのか。

物語の結末のみが示された状況から質問を繰り返すことで物語の真相にたどり着く。想像力と発想力を駆使して謎を解くこのクイズゲームは水平思考ゲームと呼ばれ,今では動画配信サイトのプレイ動画でもよくみられるコンテンツとなっている。今回は臨床の現場で使えるツールとして,また,臨床家の訓練としても使えるかもしれない水平思考ゲームについてお話ししたい。

2.『ブラックストーリーズ』

冒頭のちょっと怖い一文は,水平思考ゲーム『ブラックストーリーズ』(moses 邦訳版:コザイク)に出てくる問題の1つである。『ブラックストーリーズ』は,表面に問題文,裏面に真相が書かれたカードを使って行う。1人は出題者となり,裏面の真相を読んだ上で解答者の質問に答える。解答者は出題者に「はい」「いいえ」「どちらでもない(関係ない)」で答えることができる質問をする。

解答者「その女性は殺されたのですか」 出題者「いいえ」

質問をする回数に限りはなく,質問を繰り返して真相にたどり着くまでゲームは続く。手番はなく,質問を思いついた解答者が自由なタイミングで質問を行っていく。

「電話の相手は女性の家族ですか?」 「関係ありません」
「その電話は女性からかけたのですか?」 「関係ありません」

以上のように質問を繰り返し,解答者が真相にたどり着いたらゲームが終了する。全員が協力して真相にたどり着くことを目指すため勝敗はない。真相を解明した満足感を全員で分かち合うことを目指す。

「電話の内容は女性の死に関係がありますか?」 「関係ありません」

3.グループ活動のツールとして

『ブラックストーリーズ』の問題は,ブラックの名の通り,そのほとんどが奇妙な死を遂げた人の物語である。ちょっとした恐怖感が,わからないという不安とうまくマッチし,謎を解明する動機づけを高め,体験を盛り上げるのだろう。

『ブラックストーリーズ』は,大学の学生相談室でコミュニケーションが苦手な学生を集めて実施していたボードゲーム会で人気のゲームだった。言葉が要らないボードゲームを介した関わりを主としたグループの中で,言葉を使うゲームであるにもかかわらず,多くの参加者が進んでやりたいと希望した。思いつく質問の量やペースは参加者によって違うため,ハウスルールとして,質問を一人ずつ順番に行う手番制を採用していた。どうしても思い浮かばない場合はパスもありにしていたが,パスが選ばれることはほとんどなかった。独特な考え方のために学校生活では周囲に溶け込めない参加者から,思いがけず真相に迫る重要な質問が出されることも少なくなかった。

参加者A「女性は何かに乗っていましたか?」 「・・・はい。いい質問です」

また,ある参加者は,他の参加者によってすでに出された質問を繰り返してしまうことが度々みられた。その参加者とは個別の面接も行なっていたため,後で尋ねてみると,他の参加者の質問を一切聞かず,自分の出した質問のみで考えていたことが分かった。質問を考えるのに必死になると周りが見えなくなることや,人の話を含め,周囲の情報が重要であることに気づくきっかけになった。

参加者B「女性は乗り物に乗っていましたか?」 「はい」
参加者C「それは電車ですか?」 「いいえ」
参加者D「自転車ですか?」 「いいえ」
参加者A「車ですか?」 「はい」 全員「おお!」

誰かの質問をきっかけに1つの事実を特定しようという流れができると一致協力して1つの事実を解明するような一体感が生まれる。

協力ゲームでありながら1人の人が場を仕切るというトラブルが起こりにくいのでグループ活動には使いやすい。基本的には質問と回答という出題者とのやり取りのみを行うのだが,その中で参加者同士も協力しつつ関わっている,そのような空間が生まれる。

4.心理臨床の訓練として

私は現在,臨床心理士を目指す大学院生の実習施設に勤務し,共に臨床を学ぶ日々を送っている。その中で,大学院生に『ブラックストーリーズ』をやってもらうと,それぞれの注意や関心の向きやすい部分やそれと関連した個々の課題が分かり,学びの上で役に立つことがある。

大学院生A「女性はどこかに行くところですか?」 「いいえ」
大学院生B「帰るところですか?」 「はい。いい質問です」

私は臨床の実践においてケースを深く理解するためには,何が分かっていないのかについての気づきや理解が重要だと考えている。早わかりや聞き手の見方にあてはめることをせず,ありのまま,1人のクライエントをより深く知るためには,既知の情報から離れ,別の角度からケースを見るという視点が必要になる。その際,何を知らないのかが思考を柔軟にし,視野を広げる入り口となりうる。

女性はそもそもなぜ死ななければいけなかったのか。車は女性が運転していたのか。同乗者はいたのか。女性はどこから帰るところだったのか。

大学院生C「女性は事故で亡くなったのですか?」 「はい」
大学院生D「事故は電話をしていたことによる不注意で起こったのですか?」 「いいえ」
大学院生A「事故の原因は車の不具合ですか?」 「はい。いい質問です」

水平思考とは,「固定観念や既存の論理にとらわれず,問題に対してさまざまな角度から考えを巡らせ,手がかりを得ようとする思考法」と定義される。対照的に「垂直思考」は,「データや根拠に基づいて論理をすすめていく思考法」であるとされる。

心理臨床の実践においてはどちらも重要な思考法ではあるが,個別性を重んじるという性質上,水平思考的な考え方が臨床の実践において馴染み深く感じる。私たちはケースの見立てやクライエントの語ることに少しでも近づこうとする時,自然と水平思考を用いているように思える。『ブラックストーリーズ』で水平思考がどこまで鍛えられるのかはわからないが,少なくとも私たちのものの見方がどれだけ固定されやすく,多角的に見ることができなくなっているかを知ることができる体験にはなる。わかっていないことがあることを知り,何がわからないかを始まりに視野を広げていく。『ブラックストーリーズ』はそんな体験をもたらしてくれるツールとなりうる。

(本編は以上です。以下,重要なネタバレがあります)

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そもそもわからないのは,「長電話」の謎である。電話の相手や内容は関係がないという。だとしたら長電話がもたらすものとはなんだろうか。

大学院生B「女性は長電話のために他の電話を受けることが出来なかった?」 「はい」
大学院生C「その電話は車の不具合を伝えるものだった?」 「はい」
大学院生D「女性は修理工場から帰るところだった?」 「はい」

ここまでくればもうお分かりだろう。真相は以下の通りである。

「修理工場は女の車のタイヤを交換したが,新しいネジをきつく締めるのを忘れていた。女は運転中に友人と長電話していたため,修理工場からの電話を受けられなかった。彼女の車は最初のカーブでコントロールを失い,木に衝突した」
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大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭女子学院大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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