大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May)
1.この絵に名前をつけてください。

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いかがだろうか。独創的でいて独りよがりでなく,共感を得られるがありふれてはいない,そんな名前をつけていただきたい。
この絵は今回ご紹介する『Dixit』(画像は『Dixit ODYSSEY』)というゲームで実際に使われる絵の1つである。このゲームは,冒頭でやっていただいたように,どのようにもとらえられる意味ありげな絵に自由に名前をつけることをテーマとしたクイズのようなゲームである。名づけるという表現を通した他者と「一緒」,もしくは「違う」という体験がなんとなく臨床的で面白いので紹介したい。

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2.『Dixit』ってどんなゲーム?
『Dixit』(版元・Libellud/販売・ホビージャパン)は3人~8人でプレイするクイズのようなゲームである。いくつか違うバージョンが出ており,最大で12人までプレイすることができる。ゲームには冒頭で紹介したような絵が描かれたカードを使う。順番に回ってくる「語り部」と呼ばれる出題者役のプレイヤーは,6枚の自分のカードの中から1枚を選んで名前をつけ,絵を見せずに名前だけを宣言する。他のプレイヤーは6枚の自分のカードの中から,「語り部」がつけた名前に合った絵を1枚選んで,絵を見せずに「語り部」に提出する。「語り部」は集まったカードを混ぜ,番号の振られた枠に表を向けて並べていく。こうすることで,場には「語り部」が宣言した名前のついた絵が人数分並ぶことになり,その中の1枚が「語り部」が出した本物ということになる。

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ここまでがいわば出題で,ここからが回答である。「語り部」以外のプレイヤーは,場に出されたカードの中から「語り部」が出した本物だと思ったカードを1枚選択する。全員の選択が終わったら,せーので回答を公開し答え合わせと採点を行う。

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『Dixit』は採点方法が秀逸でゲームを面白くしている。まず,「語り部」の出した本物を選び見事正解したプレイヤーは2点を得る。この時,正解を当ててもらった「語り部」も2点を得る。重要なのは,正解したプレイヤーが1人もいない場合で,この場合「語り部」は得点を得ることが出来ない。つまり誰もわからないような突拍子もない名前をつけて意地悪するというプレイがしにくくなっているのである。さらに,偽物を提出したプレイヤーも自分の絵が選ばれた人数分の得点を得る。「語り部」のつけた名前により相応しい偽物を出すことが出来れば一気に得点を得るということもありうる。
以上の一連の流れが終わると「語り部」を交代してゲームを続け,誰かが30点を獲得した時点で終了し,最も得点を稼いだプレイヤーが勝利する。

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3.名づけ親になる体験
『Dixit』の一番の特徴は絵に名前をつけるという普段あまり馴染みのない体験ができるということである。「語り部」が回ってくるまでの間,自分の6枚のカードを見つめながら渾身の命名を考える。付ける名前は単語,文章でも,擬音語や擬態語でもいい。他のプレイヤーより多く得点を得るには,1人だけ正解するのがベストで,そのためには適度にわかりにくく,かといって誰も気づかないほど難解ではない絶妙な抽象度が求められる。だんだん慣れてくるとみんなのウケを狙うような面白いことを言ってみたくなったりして,いつの間にか大喜利みたいになっていることもある。自分の命名をその場にいるみんなに聞いてもらうことを前提に頭を絞るのは,なんとなく自分の作品を発表するような気分になってドキドキする。1人で考えるのとはまた違う想像力の働き方をすることも多々あり,ちょっと特別な体験ができる。一緒にプレイするメンバーによって命名の方向性や雰囲気が違ってくるのも面白い。絵を媒介とした語りと,それに応ずる聞き手がいるという場の中で自己表現をする楽しみ。ちょっと慣れてくるとなかなかに奥深く面白い体験になる。
4.「一緒」という感覚
「語り部」は,誰かに正解である自分のカードを選んでもらうことで得点を得ることができる。しかし,得点を得るだけではなくて,わかるかわからないかというギリギリのラインで考えた名前が,誰かに伝わった,理解されたという感覚が何より報酬となる。「だよねえ」という一言でわかり会えた気になるものである。また,「語り部」のつけた名前に合った偽物を出したプレイヤーも,自分のカードが選ばれることが大きく得点を得るチャンスにもなるが,得点以上に「語り部」の付けた名前にうまく合ったカードが手元にある偶然の面白さや,「語り部」のカード以上に共感を得られたことが嬉しく感じたりする。この「一緒」という感覚に安心感を覚えるのは人の心の必然であると思えるし,私たちも心理臨床の場でたびたび感じていることではないかと思う。『Dixit』ではゲームの中で一瞬の一体感を体験することができる。
5.「違い」を知るという体験
「一緒」や「一致」だけでなく「違い」を知ることができるのも『Dixit』の面白いところである。他のプレイヤーが「語り部」として付ける名前は自分の感性とは当然違っている。『Dixit』の絵はさまざまなものが雑多に描かれたものが多いので,絵のどこに注目するかも人によって違っていて面白い。自分とは違う絵の解釈があることを知り,他人の感性に触れるという機会は案外と新鮮で刺激的である。
また,「語り部」がつけた名前をどう解釈するのかも人によってかなりの違いが生じることがある。例えば「孤独」という名前が提示された時,各々の「孤独」に対する解釈が選択される絵に反映されてさまざまな「孤独」が場に並ぶことになる。「孤独」といった抽象的な言葉はもちろんのこと,「猫」といったそこそこ指示的で具体的な言葉でさえも時に多義的で多様な意味を持ちうる。言葉とは各々が自分なりの意味を乗せて使っている曖昧で,だからこそ自由なものなのだろうと感じることができる。
他人と感性が違うというのは,当たり前のようでいて案外と忘れがちな事実である。言葉の意味と使い方が人それぞれであることも会話をしていると簡単に忘れてしまう。相談に来られる人の語りや感じ方にできる限り近づくためには,まず目の前の人が自分とは違う,他の誰とも違う別個の人格であることを忘れてはならないのだろう。『Dixit』は,そのような人と人との違いを,遊びを通して素朴に再認識させてくれる機会になるかもしれない。

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大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。