心理面接の道具箱(23)簡単そうで難しい 『カタン』について考える――『カタンの開拓者たち』|大島崇徳

大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)

1.不朽の名作『カタンの開拓者たち』

誰もが知る名作と言われる作品はどの分野にも存在する。ボードゲームでは,『カタンの開拓者たち』(以下『カタン』)がそれにあたる。1995年にドイツで誕生し,プレイヤー同士の交渉を取り入れた拡大再生産(資源を使って開拓を行い,開拓したものが新たな資源を生む)という斬新なシステムから爆発的な人気を得た。今もなお世界大会が開催されており,ボードゲーマーで『カタンの開拓者たち』の名を知らない人はいないと言えるほど全世界に普及している。日本語版も販売されており,玩具店や雑貨量販店で簡単に入手できる身近な作品である。それゆえに「初めてのボードゲーム」として勧められたり,さまざまな啓発,学習の場のツールとして導入されている。心理臨床の現場でも取り入れられることが多いようだが,その性質上,実はやや扱いが難しい部類のゲームである。間違いなく面白いゲームではあるのだが,展開によっては全くつまらないと感じるプレイヤーが出てしまうことがあり,『カタン』を最初にプレイしたためにボードゲームが苦手になったという話を聞くことも少なくない。今回は身近ではあるが扱いが難しいゲームとして『カタン』を取り上げ,より安全に楽しむ工夫について考えてみたい。

2.『カタン』ってどんなゲーム?

『カタン』はカタン島という未開の島に入植した開拓者となり,島から産出される資源を使って土地を開拓,発展させてゆくゲームである。カタン島には森,丘陵,麦畑,牧草地,鉱山という5種類の土地があり,それぞれの土地から木,土,麦,羊毛,鉄という5種類の資源が採れる。これらの資源を使って島中に街道を引き,開拓地を建てることで産出される資源が増え,島がどんどん発展していく。開拓地を増やす他,開拓地を街にアップグレードするなどさまざまな発展が得点となり,できるだけ早く10点を獲得したプレイヤーが勝利する。

『カタンの開拓者たち』は3人または4人のプレイヤーが1人ずつ順番に手番を行うことでゲームが進む。カタン島の土地にはそれぞれ2~12の番号が割り振られており,手番が移るたびに6面ダイスが2つ振られ,出た目の土地から資源が産出される。その土地に開拓地を持つプレイヤーは土地に応じた資源を得る。手番プレイヤーは産出された資源を使って,「街道を建設する」「開拓地を建てる」「開拓地を街へアップグレードする」「チャンスカードを引く(さまざまな効果が得られる)」といった「開発」を行う。街道の建設には木と土が必要など開発するものに応じて必要となる資源が決まっており,ダイスの目がうまくかみ合って必要な資源が産出されなければなかなか開発が進まない。

3.育てる喜び「拡大再生産」

 『カタン』はより複雑で戦略性の高いボードゲームの入り口に適した「入門ゲーム」とされることが多い。プレイ時間が約1時間半と現実的で,ルールがそれほど複雑ではなく,それでいて適度に戦略的でボードゲームっぽさを気軽に味わうことができる。「拡大再生産」という育てる要素と,「交渉」というプレイヤー同士のやり取りがゲームを面白くすることに一役買っている。「拡大再生産」が主となるゲームでは,生産した資源で建物などを作って生産力を拡大させ,作ったものからよりたくさんの資源を得ることで成長を加速させていく。「次は何を作ろう」「どの土地を目指そう」「そのためにどの資源がいるだろう」などと,計画を立てて開発を進め,生産力がどんどん上がっていくのには手ごたえを感じるし,自分が成長していくような体験にもなる。「未開の島を開拓する」というテーマとプレイの内容がよくマッチしているのも楽しい。実際に開拓者になったような気分を味わえるのも『カタン』を優れたゲームにしている要素の1つである。

そして「交渉」である。プレイヤー同士の交渉というファジーな要素を拡大再生産のような戦略性の高いゲームに組み込んだ例は案外と珍しく,『カタン』の前にも後にもほとんど目にすることがなかったように思う。このことは『カタン』が約30年もの間,忘れられることなく遊ばれ続けている要因の1つなのだろう。

.「交渉」というシステム

『カタン』を面白く,かつ難しくしている一番の特徴は「交渉」を行うことでプレイヤー間で資源の交換が許されているということである。手番プレイヤーは他のプレイヤーに資源の交換を持ちかけることができる。交換は強制ではなく,応じるかどうかは相手次第である。交渉を成立させるためには,相手が何を必要としているかといった状況把握や少しの話術が必要になる。交渉を成立させることによって自分も相手も利益を得て,他のプレイヤーよりも少し開拓が進む。ゲームに勝つためには積極的に交渉を行うことが求められる。

もう1つ,このゲームにとって交渉が必須とされる重要な理由がある。それはゲームバランスの調整を交渉によって行わなければならないということである。ボードゲームはプレイヤー間の有利不利が強くなりすぎないようにバランスが調整されているが,『カタン』はゲームバランスをプレイヤー間の交渉で調整するように設計されている。ダイスの目によって資源が産出されるという運の要素はゲームを面白くするものの,しばしばトップと最下位の差を大きく広げてしまう。開拓が進めば進むほど発展のスピードが上がるため,トップの1人が抜けてしまうと手が付けられなくなる。それを防ぐためのいわゆる「トップ叩き」が必須のゲームなのであるが,この3人でトップの1人を叩くというプレイが慣れるまではお互いにとって負担となる。「トップ叩き」はある意味必須ともいえるが,ルールとして明記されているわけではない。

また,反対に出遅れてしまって最下位になった1人が何もできず,ゲームが終わるまでつまらない時間を過ごさざるを得ない状況もしばしば起こり,その時の絶望感が冒頭でふれたボードゲームへの苦手意識につながるといった問題がある。トップに対抗するためには最下位の1人の力が必要になることもあり,交渉によって最下位の1人を救済し引き上げるという動きが重要となる局面もある。このようなバランス調整が難しくもあり面白くもあるのだが,ある程度プレイしなければその重要さがわかりにくく,知らないままプレイすることが『カタン』をつらいゲームにすることだってあるのである。

5.『カタン』をより深く,安全に楽しむために

例えば,代表的な「トップ叩き」の方法に「トップの人とは交渉しない」という定石がある。このことは慣れたプレイヤーにとってはほとんど常識に近いことなので,慣れていないプレイヤーが不用意にトップの人と交渉しようとすると,そこそこな熱をもって止められることが少なくない。他人のプレイには口出ししないというマナーと,ゲームを崩壊させないためのバランス調整とが矛盾してしまうため,ちょっとやっかいな事態が起こりうるのである。また,うっかりトップになったプレイヤーや派手に開拓を進めて目立ってしまったプレイヤーは,みんなが交渉してくれなくなったり,お邪魔キャラの「盗賊」(資源を取れなくする)を押し付けられたりして,バランス調整のためという事情を知らないと意地悪されたようでちょっとへこんでしまう。この暗黙のルールとも言える「トップ叩き」は,暗黙であるがゆえに摩擦を引き起こしやすい。

このような事態への対策として考えられるのが,「トップマーカー」の使用である。ある程度ゲームが進んで,トップを走っているプレイヤーが明確になった段階で全員で協議し,トップのプレイヤーの前にトップであることがわかる印を立てるのである。そうすることでトップを叩く理由が明確になり,緩やかなルールとして意識され,遠慮や負担,傷つきがかなり軽減される。トップの1人vsその他3人の協力ゲームのようになり,トップ以外の3人が助け合う雰囲気ができるのもよい。このことは次にあげる工夫にもつながる。

『カタン』をより深く,安全に楽しむためのもう1つの工夫として,すでに述べたように最下位のプレイヤーを積極的に救済する方法がある。トップに対して他のプレイヤーが協力して対抗する際に,最下位の4人目が交換する資源を持たず,妨害する動きが取れないということは,あとの2人にとっても好ましくない。結果的には4人が接戦になる構図にするのが2番手3番手のプレイヤーにとってもメリットが大きい。そのため,少し多めに資源を渡したり必要な資源を流すという支援もただの同情ではなく,根拠のあるプレイになる。このことが結果的に最下位の1人が何もできない時間を過ごすといったつまらない状況を防ぐことにもつながるのである。

ただ勝負としてプレイするだけであれば,このような対策は必要ないかもしれない。悔しさであれ怒りであれ,どのような感情も体験することに意味はあると考えている。しかし,臨床の現場でグループ活動として取り入れる際,少なくとも今は過度な傷つきや摩擦となる体験を防ぎたいといった場面も少なくないと思われる。そのような時,上記のようにちょっとした工夫をすることで場の空気を緩やかにすることもできる。「交渉」という場への介入手段をもつ『カタン』は,グループに参加しつつ場を整えることにも長けたゲームではあるが,それには少しの知識と慣れが必要なのである。

超メジャーなゲームでふれる機会が多く,臨床の現場を始めさまざまなグループ活動で使用されることも多い『カタン』ではあるが,実のところ扱いが難しいゲームである。ただ,少しの知識と工夫で安全に導入することができるし,ちょっとしたアレンジでさまざまなことが体験できる優秀なツールとなりうる。本格的なボードゲームの入り口にもなる面白いゲームなので,ぜひ工夫した上でプレイしてもらいたい。

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大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭女子学院大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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