心理面接の道具箱(2)「心」という名のカードゲーム――『The Mind』|大島崇徳

大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

1.『The Mind』というゲーム

『The Mind』(Nurnberger-Spielkarten-Verlag)というカードゲームがある。「心」と題され,箱絵には仄かな光に照らされたウサギのような生物が小宇宙のような空間に浮かんでいる。その下には「Let’s become one…!」の文字。なかなかに怪しい。

『The Mind』は,その怪しい箱絵のイメージを裏切らない,不思議な体験をさせてくれるカードゲームである。プレイヤー同士で勝敗を競うゲームではなく,全員が協力して決められた目標の達成を目指す。使用するのは1~100までの数字が描かれた100枚のカードだけで,ルールはとてもシンプルである。プレイヤーには目標のレベル(1~12)と同じ枚数のカードが配られる。目標は「全員が全てのカードを小さい数から順番に出すこと」で,クリアするたびにレベルが上がっていく(4人に1枚ずつ配られたカードが,57,93,7,23だった場合,7→23→57→97の順でカードを出せればレベル1クリアとなる)。手番はなく,各自が出したいタイミングで自分のカードを出してよい。他のプレイヤーのカードを見ることはできないが,自分のカードを出すタイミングが来たと思ったら出せばよいのである(自分が23を持っている場合,他のプレイヤーから7が出され,57が出される前に出せばよい)。簡単である。だたし,このゲームには1つ奇妙なルールがある。言葉を発することはもちろん,目くばせや身振り手振りなど,意思伝達のための一切のコミュニケーションが禁止なのである。

2.『The Mind』がつくる「心」の世界

積極的な意思伝達を禁じられるとどうなるか。そこには奇妙な沈黙と静かな思惑が漂う異様な空間ができあがる。「7が出た……この23を出すべきか……7から23の間に入るカードは15枚……この15枚を残った2人が持っている確率は……」。最初に動き出すのは“思考”である。しかし,次第に思考はそれほど役に立たないことに気づく。論理的に導き出された答えでは相手が動き出す独特なタイミングを計ることはできないのだ。次第に注意は目の前の相手の佇まいへと向かい,手掛かりは相手の迷い具合がいかほどか,などといった心の中の動きと,それが微細な動きとして身体に表れる僅かな“気配”を感じることにシフトする。「Don’t think! Feel. 」である。そして,さらに同じメンバーでゲームを続けていると,だんだんと相手の呼吸がなんとなくわかるようになる。相手に注意を向けることで相手を知り,お互いを知った者のみが感じられる“場の空気”が新しい手掛かりになるのだ。

3.言葉のない関わり――ボードゲームという道具

コミュニケーション,関わりは言葉を介して行われることが多い。心理臨床の場でも,特に大人との関わりであれば,言葉を用いることがほとんどである。しかし,私たちは人と人との関わりが言葉によるものだけではないことをよく知っている。表情,態度,仕草,空気感など,さまざまなものが媒介となっている。突き詰めてみると“共に居ること”それだけでも関わりになる。言葉を介さなくても関わりは成立するし,言葉を介さない方がより関われる場合もある。

かつて私は教育関係の現場でボードゲームを用いたグループワークを行っていたことがある。コミュニケーションが苦手で人と関われないと感じている人たちと,言葉を必要とせずに共に過ごす場としてボードゲームの世界は心地よかった。相手の気持ちや場の空気が読めないと言われてきた人たちも,ゲームの中では相手の思考や心の動きに関心を持ち,それぞれのやり方で相手の心を見ている。普段は気づかないような関わりのチャンネルがいくつもあることをボードゲームが教えてくれた。『The Mind』もその1つである。

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大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭女子学院大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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