山口貴史(愛育クリニック/あざみ野心理オフィス)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)
『発達障害に関わる人が知っておきたいサービスの基本と利用のしかた』(2021年),『流れと対応がチャートでわかる! 子どもと大人の福祉制度の歩き方』(2024年)(いずれも,ソシム)という2冊の本を読んだ読者ならわかると思うが,書き手としての著者の特殊能力はその「分かりやすさ」と「親切さ」にある。
単に日本語が易しいという意味ではない。複雑な物事を分かりやすく説明できるのは,それだけ頭のなかが整理されているということだ。
本書もその特徴が存分に発揮されている。
私なりに本書の位置づけを一言で表すならば,「公認心理師以後のカウンセリングの教科書」である。どういうことか。
ものすごく大雑把に述べると,公認心理師「以前」と「以後」ではカウンセリング(著書に合わせてこの呼称を用いる)の学び方は大きく変わりはじめている。「以前」は何らかの学派を選択し,その学派の考えに沿って学ぶことが多かった。認知行動療法,家族療法,精神分析的心理療法,ロジャース派といった学派のなかから,多くの場合は一つを選んで学ぶというスタイルである。一方,あとがきで著者も述べているように,「以後」は一つの学派だけ学べば現場で通用するということは難しくなった。だから,学派横断的な学びが必要になる。
しかし,その学びこそが難しい。「以前」時代と異なり,何を,どうやって学べばいいのかわからないからだ。つまり,公認心理師「以後」の時代に求められるのは,どのように学んでいくかの指針である。そう,その指針を示してくれているのが本書なのだ。
「観察技法」にはじまり,「相槌」「共感」「助言」「自己開示」など,カウンセリングが上達するための “ステップ”がひとつずつ示される。そのあいだには,「心理検査だけでかかわる事例」「隙間なくしゃべり続ける事例」「短時間(30分未満)で会っている事例」など,心理職にとってのあるある事例が挟み込まれる。
もちろん,それぞれのスキルを身につけるのは容易ではない。もしかしたら,心が折れてしまいそうになるかもしれない。そんなとき,著者が提示してくれる具体的な練習方法は助けてくれるはずだ。
この「練習」には,著者の価値観が反映されているように思う。「スキル集」とタイトルにあるように,著者はスキル(技術)を重視する。東畑の「ふつうの相談」(金剛出版,2023年)の背景には「カウンセリング技法を習得した形跡」(p.vi)があり,そのスキルの習得を追求することこそが「私のような平凡なカウンセラー」(p.201)には必要だという。ところどころで引用している東畑開人や上田勝久に対して敬意を示しつつも,彼らに対しての筆者なりの強い主張でもあるのだろう。その試みは臨床知の別の流れをつくる意味で非常に価値があると評者は考えているが,願わくはさらに主張を繰り広げてほしかった(本書の主題ではないので仕方がないが……)。
臨床をはじめた心理職にプレゼントしたい本,若手の同僚に勧めたい本,基礎に立ち返るときに読みたい本である本書を,ぜひ手に取っていただけるとうれしい。
・名前:山口 貴史(やまぐち たかし)
・所属:愛育クリニック/あざみ野心理オフィス
・資格:臨床心理士/公認心理師
・主な著書:
『精神分析的サポーティブセラピー(POST)入門』(金剛出版,共著)
『サイコセラピーを〈独学〉する』(金剛出版,2024年9月刊行予定)
創元社note部にてWEB連載中→https://note.com/sogensha/m/mc508fb90b225