私の本棚(16)『モモちゃんとアカネちゃん』(松谷みよ子)|福丸由佳

福丸由佳(白梅学園大学)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)

このコーナーへの依頼をいただいてから何を紹介しようか,迷いに迷った。1冊に絞る前に,自分が手に取った3冊の本にも触れておきたい。

1.本棚から

コロナ禍でまっさきに読み直したのは,帚木蓬生著『ネガティブ・ケイパビリティ─答えの出ない事態に耐える力』。心理臨床の営みを含め,「いろいろあるけどもう少しだけ踏ん張ってみよう」と自分に言い聞かせる時,開きたくなる1冊である(紫式部に関する記述なども個人的には興味深い)。

最近の本の中では,臨床心理士でもある筆者自身の体験をもとに,離婚と再婚を経た親との関係や家庭の様子を描いた『ステップファミリーの子どもとしての私の物語』を紹介する。子どもの目線を通した景色によって,つい抱きがちなスティグマがふんわり修正される体験ともなった。

3冊目は,『非行少年に対するトラウマインフォームドケア』」(野坂祐子監訳,2023)。近年よく耳にするトラウマ・インフォームド・ケアについて知るとともに,子どもにとっての保護的肯定的体験の大切さ,関係性の中でレジリエンスを育むことの奥深さを教えてくれるボリュームある1冊だ。

2.児童書,同時に大人にとっての家族の物語

さて,私の本棚から最終的に選んだのは,松谷みよ子著『モモちゃんとアカネちゃん』のシリーズである。第1巻『ちいさいモモちゃん』が世に出たのは1964年。妹のアカネちゃんの誕生,夫婦の別れなどの家族の時間を重ねながら,全6巻の児童書となった本作は,著者の実体験を基にした母親の語りでもあり,子どものまなざしに触れることのできる大人にとっての家族の物語でもある。

仕事で帰りの遅いママ,下に生まれた赤ちゃんばかり可愛がるママ,怒ってばかりのパパ……。モモちゃんをはじめ2歳の子どもたちが,ママやパパに腹を立てながら子どもだけで電車に乗って雲の上の駅に行ってしまう。もうママなんていらない! といってはみたものの……。手ごわい2歳児ってきっとこんな風に感じているんだろうな~と,子どもたちのイヤイヤとプンプンが,みずみずしいまなざしを通して描かれる。その視線に引き込まれながら,同時に,当時少数派だっただろう共働きの母親の切なさも,ひしひしと伝わってきて(仕事と家庭の両立という言葉で簡単に片づけられない……),あわてんぼうのママのことを心から応援したくもなる。

3.家族の移行期という視点

アカネちゃんが生まれてモモちゃんはお姉ちゃんに。やがて,パパとママの喧嘩が絶えない日々が訪れる。「きのうのけんかどっちが勝ったぁ?」と屈託なくきいていたモモちゃんも,ママが庭のバラの枝をパチンパチンと切る音を聴きながら,微妙な両親の関係に気軽に立ち入れないことを感じ始める。そして,いつしかパパは靴しか帰ってこなくなる。

死に神に気に入られてしまったママは,相談に行った森のおばあさんから「おまえさんのごていしゅは,あるく木なんだよ」と教えられる。とどまらずに「あるく木」のパパと,根を下ろして「そだつ木」のママが,同じ植木鉢の中で一緒に育つことは難しいと気づいたママは,からまって枯れそうになった根を分けて,どちらも息ができるようにしようと決心する。

私は家族臨床の中で,関係性に悩むカップルや離婚を経験したご家族にお会いすることが少なくない(離婚を経験した親子に向けたFAITプログラム:米国で開発されたFamilies In Transitionの実践に携わっている)。互いの違いも含めて惹かれあい,共に育とうと頑張ってきたけれど,いつしか共にいることさえも難しくなることもある。枝が伸び,葉が茂るプロセスで,日当たりや水といった外の力によっても育ち具合は変わってくるし,植木鉢にもさまざまな力が加わる。離婚というライフイベントは,家族の形が変わる移行期であり誰にでも起きうると改めて感じさせられる。

4.子どもにとっての親の離婚

一方,子どもにとっての親の離婚は,また大きく異なるようだ。ストレスも多いが,やりとりや決断もしやすい立場の親(大人)に比べ,多くの子どもたちにとっては,人生経験の少なさはもちろん,情報や見通しも限られた中で,選択の余地のない結果として受け入れざるを得ないことがほとんどだ。

さらにきょうだい間でも年齢や立場からさまざまな違いが生じうる。パパと暮らした記憶がほとんどない妹のアカネちゃんは,他のおうちにいるパパが,なぜうちにはいないのかという疑問や思慕をストレートに表現する(親の離婚というテーマを幼年童話の中でとりあげた第3巻はそれがきっかけで書かれたとのこと)。それに対して「お姉ちゃんだから」と,パパのことをできる限り口にせず,泣きたくてもがまんしてきたモモちゃんは,パパの死というお別れに至ってようやく,たくさんの涙を流し,自分の思いを大切にできるようになる。もう大きくなったのだから,という大人目線ではつい見逃してしまいがちな子どもの現実が見えてくる。

5.家族をとりまく動物たち

そんな二人を温かく見守るママが,一人で頑張りすぎないでいいように,またパパが子どもたちの日常と細々とでもつながっていられるためにも,心強い存在が登場する。まず,別れた後も何かと支えてくれるパパ方の祖父母。そして,さりげなく寄り添ってくれる頼もしい存在の動物たち。

まず,モモちゃんの誕生と同時に家族になる猫のプー。つかず離れず子どもたちを見守りママのピンチヒッターにも。パパが靴しか帰ってこない時はママの相談相手にもなってくれる。プーの存在のお蔭で子どもたちの声や気持ちは,ママにも受けとめられやすくなるし,読者も安心しながら家族のやりとりについていくことができる。

そして離婚後,引っ越した日の夜に新しい家でお料理を作って待っている森のクマさんが登場する。その後,度々現れるこのクマさん,筆者によると子育てを支えてくれた多くの友人たちを表しているそうだ(実際に動物が家族に大きな存在ということも,もちろんあるだろうし……)。家族を生きる。って,やっぱりいろいろな人の存在やかかわり,周りのあたたかなまなざしが大切なのだと改めて教えてくれる。

「子どもたちから,ふっともれる無心で鋭いつぶやきが支えとなりながら,約30年の歳月を経て完成しました」という本書は,家族の織りなす時間の重みに改めて思いをはせることのできる物語である。

文  献
  • 帚木蓬生(2017)ネガティブ・ケイパビリティ─答えの出ない事態に耐える力.朝日新聞出版.
  • きむらひとみ(2023)ステップファミリーの子どもとしての私の物語─親の離婚・再婚でできた「ギクシャク家族」が「ふんわり家族」になるまで.金剛出版.
  • 松谷みよ子(1980~1999)モモちゃんとアカネちゃんの本 全6巻.講談社.
  • Oudshoorn J.(2016)Trauma-Informed juvenile justice in the United States. Canadian Scholars.(野坂祐子監訳(2023)非行少年に対するトラウマインフォームドケア─修復的司法の理論と実践.明石書店.)
+ 記事

福丸 由佳(ふくまる・ゆか)
白梅学園大学子ども学部
臨床心理士,公認心理師,家族心理士
主な著書:離婚を経験する親子を支える心理教育プログラムFAIT─ファイト─(編著,新曜社,2023)

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