種市康太郎(桜美林大学)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)
1.はじめに
これまで2回の連載で内田クレペリン検査の歴史と検査の特徴を述べ,内田クレペリン検査の研究例を示した。今回は臨床的応用につながる研究例を紹介したい。
2.内田クレペリン検査における鉄道事故者,交通事故者の分析
内田クレペリン検査は精神機能と身体機能を同時に発揮させる必要がある。したがって,複雑な機器の操作といった機械作業に従事する受検者の適性を測るのに適している。そのため日本において内田クレペリン検査は長きにわたり鉄道や自動車運転の安全管理に利用されてきた。
楠神(2015)によれば,第二次大戦後,鉄道業務に適性が不十分な者が多く従事したことによる責任事故(運転関係従事員のヒューマンエラーに起因する事故・輸送障害に該当)が急増した。1949年4月にGHQ(連合国最高司令官総司令部)から本件に対して改善の勧告がなされ,当時の日本国有鉄道(国鉄,現在のJR)関係者らにより適性不十分な者が排除可能な適性検査の調査・探索が行われた結果,戦時中から工場労働者の事故防止対策に用いられ,予測的妥当性が高かった内田クレペリン検査が導入された。
内田クレペリン検査を参考にした採用・配置の効果は高く,同年8月には運輸省から内田クレペリン検査導入の通達があり,続く11月には国鉄において運転考査の制度が確立された。実際に国鉄における責任事故件数は1948年には1,431件だったのに対して1954年には273件まで減少し,それ以降は200件前後にまで減少している(適性検査研究会, 1983)。
これを契機に内田クレペリン検査は受検者の「仕事ぶり」を測る心理検査として経済産業界で広く普及することとなり,安全管理・事故防止という鉄道業界と同一の目的を持つ運輸業界もこれにならうこととなった。
このように制度的に鉄道業界,運輸業界で使用されてきた内田クレペリン検査であるが,それぞれの業界における実施の妥当性について検証した論文がある。
鉄道業界の研究では,JR東日本の楠神(2015)による研究がある。楠神(2015)は6,018人の鉄道運転士について検査データと事故データとの関連の分析を行った結果,現職経験年数3年未満の運転士について予測力が示唆された。具体的には完全無事故者に比べて輸送障害経験者のPF値が高い傾向がみられた。PF値とは曲線偏差量のことであり,定型曲線から乖離している度合いを示す指標である。
しかし,楠神(2015)の結果では,現職3年以上の運転士に対しては十分な予測力が認められなかったとしている。このような勤務経験の差が生じた原因としては,経験の浅い運転士に関しては,経験の浅さにより,内田クレペリン検査の測定特性であり当該運転士の弱点となる注意の配分力・持続力の低さが運転業務の質に直接影響しエラーにつながると推定されるが,経験を積んだ運転士は運転経験の蓄積によって自身の弱点をカバーするノンテクニカルスキル等が獲得されて検査の予測力が低下するためではないかとしている。
次に,運輸業界では長塚(1985)の研究がある。この研究では自動車交通事故多発の職業運転者の作業成績と,対照群としての無事故優良運転者のそれとの差を判別分析,および,個別の作業曲線の違いにより検討した。その結果,事故群では「初頭努力の少なさ」と「休憩効果の少なさ」および「動揺率の高さ」が見られ,全体として非定型曲線を示す者が多いことが示された。
このような研究を背景に,小林・江・種市(2022)は,内田クレペリン検査の発行元である(株)日本精神・技術研究所に蓄積されている内田クレペリン検査の以下の3群のデータを比較した。
(a)鉄道事故群238名。1960~70年代における民間鉄道会社の事故者20名,旧国鉄の事故者218名の結果。
(b)交通事故群327名。バス会社の事故者72名,交通刑務所の受刑者255名の結果。
(c)一般群300名。128,913名のデータから無作為抽出したもの。
その結果,平均作業量は交通事故者群<鉄道事故者群,一般群の順,後期増減率注1)は鉄道事故者群<一般群<交通事故者群,尻上がり指数は一般群<交通事故者群<鉄道事故者群,行間差指数(後期)は鉄道事故者群<交通事故者群,一般群であることが明らかとなった。
注1)後期15分の作業量÷前期15分の作業量✕100で表される。後期作業量が前記作業量よりも上回っている程度。
判別分析によって,一般群と事故者群を比較したところ,
(1)鉄道事故群は一般群に比べて平均作業量が少なく,後期増減率が低く,行間差指数注2)が低く,後期尻上がり指数注3)が高かった(表1)。つまり,鉄道事故群は全体に作業量がやや低く,後期の曲線においてあまり動揺がなく,後期の作業量の低下がみられにくい。
(2)交通事故群は一般群に比べて平均作業量が低く,行間差指数が低く,PF値が低かった。つまり,全体に作業量が低く,動揺がない平坦な曲線となっている。
ということが明らかとなった。鉄道事故群と一般群を判別したところ的中率は67.3%とさほど高い値を示さなかったが(図1),交通事故群との判別では的中率は75.6%と比較的高い判別率を示した(図2)。
注2)前後の行の作業量の差の絶対値をすべて足し合わせて,その総和を平均作業量で割った値。作業量のばらつきが大きいと数値が大きくなる。
注3)後期の28分~30分(最後の3分)の作業量を16分~18分(最初の3分)の作業量で割った値。最後の作業量の増加がある場合に高い値を示す。
表1 鉄道事故群と健常群の判別分析結果(小林・江・種市,2022より引用)
95%信頼限界 | ||||||||
B | S.E. | Wald | df | 有意差 | オッズ比 | ORlow | ORup | |
定数 | 2.021 | 2.563 | 0.622 | 1 | 0.4300 | 7.549 | ||
平均作業量(AV) | -0.025 | 0.008 | 8.671 | 1 | 0.0030 | 0.976 | 0.96 | 0.992 |
後期増減率(R) | -0.049 | 0.017 | 8.267 | 1 | 0.0040 | 0.952 | 0.921 | 0.984 |
尻上り指数(後期) | 6.508 | 1.285 | 25.638 | 1 | p<.0001 | 670.572 | 53.996 | 8327.736 |
行間差指数(後期) | -1.696 | 0.309 | 30.035 | 1 | p<.0001 | 0.183 | 0.1 | 0.336 |
表2 交通事故群と健常群の判別分析結果 (小林・江・種市,2022より引用)
95%信頼限界 | ||||||||
B | S.E. | Wald | df | 有意差 | オッズ比 | ORlow | ORup | |
定数 | 7.370 | 0.674 | 119.678 | 1 | p<.0001 | 1587.679 | ||
平均作業量(AV) | -0.112 | 0.009 | 140.495 | 1 | p<.0001 | 0.894 | 0.877 | 0.911 |
行間差指数(後期) | -1.070 | 0.291 | 13.53 | 1 | p<.0001 | 0.343 | 0.194 | 0.607 |
PF値 | -0.047 | 0.019 | 5.949 | 1 | 0.0150 | 0.954 | 0.918 | 0.991 |

図1 鉄道事故群と健常群における判別スコア別の度数分布 (小林・江・種市,2022より引用)

図2 交通事故群と健常群における判別スコア別の度数分布 (小林・江・種市,2022より引用)
このように,交通事故群においては顕著な特徴が明らかとなったが,鉄道事故群においては明確な違いをもって判別できるという程度とはならなかった。この理由としては,鉄道事故群においてはすでに選抜をされた運転手であり,切断効果(一般群に比べて平均作業量が高い者だけが採用されている)が生じている可能性がある。したがって,鉄道事故群の分析においては楠神(2015)のように同じ鉄道運転手内で比較する必要があるだろう。
3.内田クレペリン検査の精神科医療での活用
内田クレペリン検査は,初期の頃には統合失調症などの精神疾患のある者に対して実施し,その特徴を明らかにすることが行われてきた。しかし近年では,職場復帰支援やリワーク・プログラムなどにおいて復職判定などの評価資料に内田クレペリン検査の結果が活用されるようになってきた。
黒川・真鍋(2013)は精神科に入院または通院している患者41名を対象に内田クレペリン検査を実施している。「精神疾患患者の内田クレペリン検査の結果は非定型曲線を描く」という仮説を立てたが,はっきりとした傾向は見いだせなかった。PF値(定型曲線からの乖離度合い)を指標に比較してみたが,明確な傾向が見られず,PF値が極端に高いとされる80以上の作業曲線を見ても,必ずしも定型の骨格を崩しているとは言えなかった。さらに,黒川・真鍋・岩清水・永井(2014)は9例の症例検討を重ね,慢性期の高齢化が進んだ事例や,病状が重篤で事実上の欠陥状態にある患者については明らかな非定型曲線を示すものの,それは日頃の暮らしぶりを見れば能力は十分に把握できるとしている。つまり,そのような場合に内田クレペリン検査の実施による患者受益は少ないと考えられる。
次に,真鍋・堀・金・岩清水・黒川(2015)は,リワーク患者6名の内田クレペリン検査の特徴を調べた。その結果,リワーク前後では作業量の回復,増加が見られることが明らかとなった。さらに真鍋(2016)では,同様に9例の事例を検討し,多くに10%程度の作業量の回復が見られること,作業量が低下した事例については復職後に再休職に至ったことから,作業量の回復が見られない場合には参加者へのフォローが必要と考察している。
このような研究の結果を踏まえて,石井・並木・種市(2019)は企業A社の休職者13名の職場復帰時の内田クレペリン検査の結果を,A社の一般群856名の入社時の結果と定量的に比較した。定量的比較の結果,休職者群は一般群と比較して平均作業量が少なく,後期増減率が低く,PF値(曲線偏差量)が高い結果となり,休職者群には非定型特徴が認められることが明らかとなった(表3)。
表3 一般群と休職者群の内田クレペリン検査各指標の比較(石井・並木・種市,2019より引用)
一般群(n=856) | 休職者群(n=13) | |||||
平均値 | SD | 平均値 | SD | F | ||
平均作業量 | 58.94 | 14.42 | 46.02 | 18.86 | 6.15 | ** |
前期平均 | 55.99 | 14.08 | 44.95 | 18.53 | 4.22 | ** |
後期平均 | 61.89 | 14.95 | 47.08 | 19.36 | 8.16 | *** |
後期増減率 | 111.02 | 6.93 | 104.87 | 8.70 | 13.03 | *** |
曲線偏差量 | 12.63 | 11.89 | 19.38 | 14.15 | 6.68 | *** |
誤答数 | 1.13 | 3.01 | 1.38 | 2.53 | 0.22 | |
*** p<.001 | ** p<.01 |
また,職場復帰時の内田クレペリン検査の結果について,少数のために定量的な統計的有意差は見られないものの再休職群と就労継続群を比較したところ,再休職群には非定型特徴が強く認められた。一方,就労継続群では非定型特徴はやや少ない傾向が見られた。しかし,就労継続群の中にも作業量が著しく低い事例が見られた。そのような事例では職場が本人に配慮を行うことで就労継続につながっていることが示唆された。
復職時の回復度合いを見るために,作業量の回復度合いやPF値(曲線偏差量)の程度などを参考にすることはできると思われるが,まだ研究の蓄積が必要であろう。しかし,内田クレペリン検査は自己申告ではなく,客観的に測定が可能な指標であるため,復職時の評価指標として有用であり,今後も活用が期待される。
4・内田クレペリン検査の矯正施設での活用
矯正施設においても内田クレペリン検査は活用されている。代表的な例が,官民協働(PFI)で運営されているAセンターという刑務所である。この施設に勤務していた中野(2011)は累犯者の資料において30年間にわたって内田クレペリン検査が繰り返し測定されているのに作業曲線型がほとんど変化しないことに気づいたとしている。つまり,特異な形の作業曲線が受刑を重ねても変化しないという現象と,社会でも施設でも深刻な不適応状態が続く臨床像が対応していると推測している。
このような気づきに基づき,中野(2015)は累犯者200名の内田クレペリン検査の結果の中から,生命犯歴のある事例13例を抽出し,事例研究を行った。彼らは特異な曲線を示すであろうとの仮説のもとに検証を行ったが,次のような結果が明らかとなった。
1)長い年月を経ても,曲線型そのものには大きな変化は少ない。
2)重度非定型群の曲線形が多いため性格や行動に偏りがあるグループとは言えるものの,定型軍に属する曲線も複数見られた。曲線形のみを手がかりとして犯罪性の有無を判断することはできず,「犯罪者に特有の曲線系」といったものを導くには至らなかった。
3)非定型曲線の中でも,作業量が少なく非定型特徴が顕著な例も見られたが,作業量が良好で非定型特徴が少ない例も見られた。
4)曲線型については,(休憩後の後期15分間において)中間部分が高いものを含む上昇傾向を示す例が見られた。対人関係における非協調性や拒否的傾向,攻撃的傾向といった否定的な特性が背景にあることが推測された。
5)生育環境に何らかのハンディを持つ事例がほとんどであった。社会的環境の影響があると考えられる。
同じAセンターでの被収容者の内田クレペリン検査の結果を分析した安達・石田(2014)は266名の結果を分析している。その結果,全体の平均曲線はおおむね定型曲線を描いていて,定型群は108名,準定型群は40名と全体の半数以上を示した。作業量については高い順に知能的財産犯,薬物事犯,粗暴犯,非暴力的財産犯の順となった。被害者をだまして金銭を得る知能的財産犯の作業量が高く,生活苦に陥り犯罪に至る可能性がある非暴力的財産犯(盗み)では作業量が低いというのは予想できる結果である。
亢進性(後半部分で作業量が増加する)については,粗暴犯と薬物事犯において後期の亢進性が見られた。亢進性が過度である場合は「思い立つと時期を待ったり抑制したりが出来にくく,即行に傾く」という傾向があるとされているが,粗暴犯と薬物事犯の事件性を考えると首肯できるものと考えられる。
現在は入所時の結果の分析までしか行われていないが,今後,安達・石田(2014)は職業訓練の適性の判別,センター内の教育である改善指導の効果検証,社会復帰後の生活の予測,再犯に関する研究に役立てたいとしている。内田クレペリン検査がそれらの予測に役立つようになれば,さらに検査の有用性が認められるだろうと思われる。
文 献
- 安達泰盛・石田周良(2014)矯正施設におけるUK検査の活用.クレペリン精神検査研究,3; 17-20.
- 石井隆之・並木友里・種市康太郎(2019)内田クレペリン検査による職場復帰時の特徴の分析および復職判断指標の可能性に関する検討(1)日本産業精神保健学会第26回大会抄録集(ポスター発表A17).
- 小林巌・江建一・種市康太郎(2022)内田クレペリン検査における鉄道事故者群,交通事故者群の分析(その2).クレペリン精神検査研究,10; 49-58.
- 黒川淳一・真鍋泰司(2013)精神科医療における内田クレペリン精神検査(その2).内田クレペリン精神検査研究,2; 43-50.
- 黒川淳一・真鍋泰司・岩清水薫・永井典子(2014)精神科医療における内田クレペリン精神検査(その3).内田クレペリン精神検査研究,3; 9-15.
- 楠神健(2015)鉄道の運転士を対象にした心理検査の評価と活用に関する研究.名古屋大学(博士論文)NII論文ID(NAID)500000932605.
- 真鍋泰司・堀義治・金美玲・岩清水薫・黒川淳一(2015)リワークにおける内田クレペリン検査(その1).内田クレペリン精神検査研究,4; 21-26.
- 真鍋泰司(2016)リワークにおける内田クレペリン検査(その2).内田クレペリン精神検査研究,5; 14-20.
- 長塚康弘(1985)事故多発運転者の作業特性についての研究―内田クレペリン精神作業検査の妥当性の検討を通じて―.交通心理学研究,1; 25-35.
- 中野實(2011)矯正施設における内田クレペリン精神検査.内田クレペリン精神検査研究,1; 14-15.
- 中野實(2015)内田クレペリン精神検査と反社会的行動の関係.内田クレペリン精神検査研究,4; 31-38.
- 適性検査研究会編(1983)適性検査 Q&A.日本鉄道図書.
種市康太郎(たねいち・こうたろう)
桜美林大学 リベラルアーツ学群長 教授
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士,キャリアコンサルタント
主な著書は,『産業心理職のコンピテンシー』(種市康太郎・小林由佳・高原龍二・島津美由紀編,川島書店,2023),『人事のためのジョブ・クラフティング入門』(川上真史・種市康太郎・齋藤亮三著, 弘文堂,2021),『産業保健スタッフのためのセルフケア支援マニュアル』(島津明人・種市康太郎編,誠信書房,2016)