書評:『発達支援につながる臨床心理アセスメント──ロールシャッハ・テストと発達障害の理解』(明翫光宜 著/遠見書房刊)|評者:高橋依子

高橋依子(大阪樟蔭女子大学名誉教授)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, May)

近年,発達障害の診断・査定の事例が増え,どのようにアセスメントしていくかが問題となっている。この書物は,発達障害のアセスメントをどのように行うかだけでなく,支援に役立てるにはどうしたらよいかまでを意図したものである。著者の明翫光宜先生は,長年,発達障害の臨床実践に携わり,臨床心理学の視点から発達障害の支援を行ってこられた。発達障害者・児への温かいまなざしと真摯な対応の仕方が具体的に迫ってくる内容となっている。他方,投映法による臨床心理アセスメントの研究を進めてこられており,投映法を発達障害のアセスメントツールとして活用する方法について,緻密な研究を裏付けとして,発達支援モデルを提唱されている。

本書は発達障害のアセスメントについての最新の方法を具体的に解説するとともに,発達障害のアセスメントには役立たないと考えられていた投映法が有用であることを,事例や研究資料から明示したものである。

本書の構成は2部になっていて,第Ⅰ部はアセスメントの基礎として,発達障害のアセスメントの意義と具体的な方法について論じられ,第Ⅱ部は投映法をなぜ発達障害のアセスメントに取り入れるべきなのかを,実際の事例を挙げてさまざまの角度から論じられた研究論文からなっている。

第Ⅰ部では発達障害の心理アセスメントは,障害特性の有無や度合いを把握し日常生活の適応状態を知ることで,子育て,保育,教育などの面での個別支援計画につなげることが重要であると述べられている。発達障害には知的障害,自閉症スペクトラム障害,注意欠如・多動性障害,限局性学習障害,発達性協調運動障害があり,それぞれの発達障害特性を分かりやすく解説し,それぞれの特性を明らかにするためのアセスメントツールを具体的に取りあげて,実施法と分析の仕方とともに実施の際に注意するべきことまでも述べられている。発達障害の特性の把握により,支援に活かすことができるのである。

また,養育者(特に母親)が共同治療者になるように関わることも大切であるとして,養育者のストレスや精神医学的問題等のアセスメントについて述べられ,さらに生活困窮者のアセスメントについても,発達障害を取り巻く環境において重要な視点として取りあげられている。これらが研究資料にもとづいて論じられている書物は非常に少なく,本書のユニークな点の1つとなっている。

第Ⅱ部は投映法を発達障害支援に活用するために,著者が長年実施してきた描画テストとロールシャッハ・テストについて述べられている。描画テストやロールシャッハ・テストなどの投映法は,人の心の奥底の内面を明らかにするものと考えられてきているが,それだけではなく,投映法により,対象者の認知の仕方が明らかになる側面があることを著者は強調している。発達障害はさまざまな特徴を備えているが,独特の認知の仕方が基盤にある。第Ⅰ部で紹介された発達障害についての最新の心理テストは有効であり,発達障害の行動特徴を捉えはするが,そのもとにある認知の仕方を捉えるものして投映法が役立つと著者は述べている。

まず,描画テストについて述べられている。描画はイメージの世界を映し出すものであり,描画には,その時・その瞬間のクライエントの世界の見え方・感じ方,興味関心,発達段階,体験世界が複合的に映っている。したがって,描画の特性から発達障害の認知の特性を理解することが可能である。著者は人物画や風景構成法における定型発達児と自閉症児の違いの研究例により,発達障害児の認知の世界を理解しようとしている。

ついで,ロールシャッハ・テストを取りあげ,大人になって精神的な不調を訴える発達障害者が統合失調症と誤診される場合があり,両者の違いを明らかにするために,統合失調症と自閉症スペクトラム障害について,多くの対象者を比較した研究を行った。そしてロールシャッハの反応では,提示された図版を見るときの自分と外の世界の物との距離の取り方に差違のあることや,実際の反応がどのようにして生まれるかの過程を分析することで,自閉症スペクトラム障害の認知・思考過程や対人コミュニケーションが明らかになり,発達支援に役立てることが可能となると述べている。ロールシャッハ・テストは学派に分かれていてそれぞれが解釈仮説を持っているが,著者は多くの学派に精通し,それらの特徴を捉えて,発達障害の認知特性をさまざまな角度から理解しようとしている。

この1冊の中に,発達障害のアセスメントの意義と方法が具体的に語られており,心理臨床の専門家はもとより,教育や福祉関係の人々にも参考になる書物である。

たかはし・よりこ
大阪樟蔭女子大学名誉教授・文学博士
資格:臨床心理士・公認心理師・認定描画療法士
主な著書として,『ロールシャッハ・テストによるパーソナリティの理解』(単著,金剛出版,2009年),『描画テスト』(単著,北大路書房,2011年),『樹木画テスト』(共著,文教書院,1986年),『ロールシャッハ・テスト解釈法』(共著,金剛出版,2007年),『ロールシャッハ・テスト統計集』(共著,金剛出版,2017年),『臨床心理検査バッテリーの実際改訂版』 (共編著,遠見書房,2023年)などがある。

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