書評:『臨床現場のレジリエンス──医療従事者のウェルビーイングのために』(アンナ・フレイン,スー・マーフィー,ジョン・フレイン 編,宮田靖志 訳/遠見書房刊)|評者:深見俊崇

深見俊崇(島根大学教育学部)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

本書は,『臨床現場のレジリエンス』のタイトル通り,医療従事者が患者や同僚との人間関係,職場や医療システムといった環境において難題に直面する中,彼らがいかにバーンアウトに陥らずにレジリエンスを維持することができるかについて,先行研究や英国等の事例をふまえて執筆されたものである。評者は,医療従事者ではないため,そこでの議論について身体感覚を伴った理解には至らないが,本書の内容やエピソードが非常にわかりやすく示されているため納得感をもって読み進めることができた。それゆえ,医療従事者に向けられた書籍であるのは間違いないが,福祉,心理,教育といった対人関係職,また行政や民間企業で働く人々にとっても学ぶべき重要な視点が得られる書籍であると評者は推薦したい。

日本において,近年レジリエンスが着目されるようになってきているが,ともすれば逆境やストレスから回復したり,乗り越えたりする「個人の心持ち」として捉えられがちである。評者は,諸外国の教師教育分野で議論されてきた教師のレジリエンスに関する研究書の翻訳に携わり,諸外国で取り組まれてきたプログラムを日本の文脈に合わせてプログラム開発や実践を行ってきた。諸外国における研究・実践において,レジリエンスは教師個人と勤務する学校や所属するコミュニティといった社会・文化的状況の双方から捉えられるものであるとの共通認識が図られてきた。本書は,医療現場におけるレジリエンスに焦点化するものであるが,医療従事者の感情的側面,認知的パフォーマンス,そしてセルフケアといった個人的側面のみならず,医療チーム,組織,システムといった環境的・状況的側面についても明確に言及がなされている。

環境的・状況的側面について,とりわけ第1章に記された内容が衝撃的だった。原著が出版された2021年にCOVID-19による死者数が欧州においてはじめて10万人を超えたとおり,英国はCOVID-19によって深刻な状況に陥った国の1つである。本書の第1章では,とりわけBAME(black, Asian, minority ethnic)の医療従事者が著しく不利な状況に置かれていたことがデータで示されている。BAMEの医療従事者63%,BAMEの看護師64%,そしてBAMEの医師95%がCOVID-19関連死で死亡したという驚くべき調査結果が示されていた。それゆえ,「個人や組織として,私たちは差別を認識して,すべての人に公平な競争環境を構築するための変革を行う必要がある。職場に差別が浸透すると,個人のレジリエンスは損なわれる」(p.22)と明確に戦うべき方向性を打ち出している。

本書では,バーンアウトとレジリエンスが対照的に描かれているが,特に印象的な箇所が第8章にあった。それは,「バーンアウトに苦しんでいる医療従事者には何か問題があるのではないか,(ひょっとしたら)レジリエンスが高い同僚と比べて何か欠点があるのではないか,という認識を暗に示しているかのようであった」(p.125)という一文である。本書において,医療従事者の苦痛に関する議論が「道徳的負傷」(何が正しいのか,何が必要なのかを知っていながら,自分ではコントロールできないと思われる制約のために,それを提供できないという困難な状況)という概念に移行したと述べられているが,個人の責任に帰すのではなく,破綻したシステムの問題として再認識することにつながっている。日本では,教師の離職や休職の問題が大きく取り上げられているが,教師個人の問題として捉えられることが少なからずある。ある自治体では,それらの問題解決のために動画の配信を行ったり若手教師の意見交換会を設けたりしている。それらが有益であることは否定しないが,そもそもの職場環境の変革については議論の俎上にすら上っていないこともある。本書では,「仕事における喜びは,単にバーンアウトがないことや個人の健康の問題ではなく,システムの特性である」(p.134),「満足や意欲,さらには喜びを構築する方略は,患者,利益,スタッフの点で有益であることは明らかであるが,個人のみに焦点を置いた方略は効果的ではない」(p.136)と明言されている。

「働き方改革」があらゆる業種で求められる今だからこそ,医療従事者に限らず,幅広く本書を手に取って,今後どういう職場環境を実現することで一人一人が充実して働くことができるかについてじっくり学んでもらいたいと願っている。

文   献

氏名:深見俊崇(ふかみ・としたか)
所属:島根大学教育学部
主な著書:『教師のレジリエンスを高めるフレームワーク』(編著,北大路書房,2020年),『パワフル・ラーニング』(編訳,北大路書房,2017年),『教師と学校のレジリエンス』(訳者・分担,北大路書房,2015年)ほか

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