島津美由紀(ソニーピープルソリューションズ株式会社)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)
1.産業領域の現場ではたらく
産業領域で働く心理職には,社外の機関に所属し企業外から連携して支援する場合と,社内に所属し企業内心理職として多職種で連携する場合がある。筆者は後者の立場で,社内の健康管理部門に所属し,日々社員の支援,組織の支援に携わっている。
2.産業領域の現場で意識していること
支援の中では常に,「なぜ,自分(心理職)が企業の中にいるか」ということを意識しながら仕事をしている。社内に心理職がいることの意義は大きく3つに分けられよう。
まず,社員1人を支援する際,社風・就業規則・制度など,社員を取り巻く環境をより把握していることから,アセスメントをBio-Psyco-Social(生物・心理・社会)の3側面からとらえた場合特に,心理・社会的な側面をよりよく理解しやすい立場にあることがある。また,社員からの主観的な情報だけでなく,職場上長からの評価や,本人の勤務時間,周囲からの評価などの客観的情報も得やすいため,より多面的な評価につながるであろう。
2点目はコンサルテーション。本人の同意のもと,上司や人事との連携がとりやすい立場にあり,場合により,上司や人事自身の困りごとにもあわせて寄り添うことで,新たな課題感が見えてきたり,本人の支援に加えて,上司の支援も行うことで,より働きやすい職場づくり支援につながることもある。
3.産業領域の現場の醍醐味
3点目は組織への支援。これは産業領域の現場の醍醐味ともいえるのではないだろうか。面接室で相談を待つだけの支援ではなく,ニーズを拾いに行く,自ら出ていくこともある。具体的には,職場環境に何らかの健康影響が想定される場合には,人事や職場にこちらから出向いて課題を投げかけ,課題感を話し合い,未然の対策を検討する。
例えば,年1回実施が義務付けられている「ストレスチェック」の結果により,特定の部署で「上司の支援が低く健康リスクが高い」という結果が出た場合,「上司の支援が低いですよ」という表面上の数値を報告するだけでなく,結果から上司自身も困っている可能性,職場組織に別の課題がある可能性も含め,課題を投げかけ,人事や上司とともにその背景になにがあるかなど本質的な課題について話し合うことで,例えば,部長をサポートする担当部長をつけてコミュニケーションをとりやすくする体制に変更する。などの改善策を提案,実施につなげたりすることができる。
具体的な対策につながったり,その後,職場で笑顔がよくみられるようになるなどの効果につながると,職場・人事・健康管理部門で,一体となり支援できたことのやりがいをとても強く感じることができる瞬間である。
4.多職種で連携する
このように産業場面では,社員や組織の支援に際して,健康管理部門内では,産業医・看護職との連携が欠かせないだけでなく,部門を超えて,人事・職場,場合により,総務・人材開発部門や経営層などとの連携も欠かせない。さらには,社外の医療機関や相談機関などとの連携も重要となり,特に,事業所の近隣の機関などとは関係性を維持するなど,連携しやすい体制づくりを,ふだんから心掛けておく必要がある。
5.一人ひとりが安心して働ける職場づくり支援に向けて
時には小さな失敗をしても,自ら乗り越え,また,周囲で助け合いながら,自身のつまずきを成長の糧に変え,一人ひとりが自身の能力を最大限に発揮していく。日々の活動が,社員の健康,ひいてはこのような誰もが安心して働ける職場づくりの支援につながることを心がけている。
日々,社員・上司・人事への支援だけでなく,時には,経営層ともコミュニケーションを取り,メンタルヘルスでの課題感を話し合い,心理職また,健康管理部門だけでは解決につながらないような課題への解決の糸口を見つけ,さらには,新たな視点を得て,日々の支援業務に活かす。この毎日の小さな積み重ねが,大きな喜び,やりがいへとつながっていくことは,産業領域の現場での大きな魅力のひとつといっても過言ではないだろう。
島津 美由紀(しまず・みゆき)
資格:博士(文学),公認心理師,臨床心理士。
略歴:2001年よりソニー株式会社にて,2020年よりソニーピープルソリューションズ(株)健康開発部にて,ソニーグループメンタルヘルス支援に携わる。
主な著書に「産業心理職のコンピテンシー:その習得,高め方の実践的・専門的方法」(共編著,川島書店,2023),「職務満足感と心理的ストレスー:組織と個人のストレスマネンジメント」(風間書房,2004),「メンタルヘルス セルフケア技法と研修の実務」(共著,産業医学振興財団,2012),「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(分担執筆,産業医学振興財団,2018)など。