秦 一士(甲南女子大学名誉教授)・安井知己(甲南女子大学)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)
1.開発の経緯
1)名称
P-Fスタディ(以下P-Fと略)は,ローゼンツァイクRosenzweigによって作成された心理テストである。名称は“Rosenzweig Picture‐Frustration Study”(ローゼンツァイク絵画-欲求不満研究)の略であるが,この名称も「欲求不満反応を査定するための絵画-連想研究(The Picture‐Association Study for Assessing Reactions to Frustration)」を省略したものである。
P-Fはもともと臨床的査定を目的として作成されたのではなく,心理実験的な研究過程から生まれたものであり,P-Fの根底には原著者のさまざまな理論的背景がある。P-Fを「テスト」ではなく「スタディ」と呼んでいるのは,P-Fは研究の手段として考案されたもので,知能検査や質問紙のような量的測定に基づいて結果を判断するものではないという著者の意図を表している。
2)P-Fスタディの誕生
ローゼンツァイクは,ハーヴァード大学でTAT(主題統覚検査)の作成者としても著名なマレーMurreyの研究室に所属して,精神分析の理論(抑圧)を実証するために実験的研究を進めた。研究の方法として,フラストレーション状況下の反応をみることが有効であるとして,フラストレーション反応を査定するための4種のテストを作成した。それは2種の質問紙,行動評定,投映法であり,その中の投映法がP-Fである。
原図版は,ローゼンツァイクが「絵画連想法とフラストレーション反応研究への適用」という題目で“Journal of Personality” 誌上にP-Fの成人用を発表したことから始まる(Rosenzweig, 1945)。次いで児童用(1948)と青年用(1976)が順次出版された。現在の原図版の手引きは,3種の年齢版に共通する基本マニュアル(Rosenzweig, 1978)と,各年齢版のスコアリング・マニュアルの4冊がセットになっている。
3)日本版P-Fスタディ
P-Fの日本版が正式に出版されたのは,林勝造が原著者ローゼンツァイクの承認を得て,児童用P-Fを出版したことに始まる(住田・林,1956)。次いで成人用(1957)および青年用(1987)が発刊された。その後児童用と成人用は,児童用Ⅲ版(2006年)および成人用Ⅲ版(2020年)として改訂されて,現在に至っている。使用手引きは,「P-Fスタディ解説(2020年版)第2版」(秦・安井編著,2023)が最も新しい改訂版である。
2.テストの特徴
1)準投映法
刺激として提示される図版は,日常生活で誰もが経験するようなフラストレーション状況が描かれた24枚の場面である。刺激場面の構成は,言語刺激は言語連想法,絵の刺激はTATを参考にしている。さらに,反応を記号化する手続きはロールシャッハと同様であり,いわば当時の代表的な投映法を参考にして作成されたといえるだろう。しかし,図版の内容はフラストレーション場面に限られていることから,P-Fは準投映法(semiprojective technique)ともよばれている。
2)刺激図版
すべての場面に二人以上の人物が描かれている。左の人物はフラストレーションに関連する発言をしている阻碍者(frustrater)であり,右の人物はフラストレーションを起こされた被阻碍者(frustratee)で答えを記入するための吹き出しの空欄が設けられている。受検者は,この被阻碍者がどのように答えるかを空欄に記入することが求められる。人物描画の特徴として,顔に目,鼻,口などが描かれていないことがあげられる。これは人物の表情によって,特定の反応を誘発しないように意図したものである。
場面状況は,フラストレーションが生起した原因が自分にある超自我阻碍場面(superego blocking situation)と,その原因が他者にあるか,または自他いずれにあるかが不明な自我阻碍場面(ego blocking situation)に分かれる。
3)反応水準
ローゼンツァイク(1950)は,心理テストに反映する行動について意見,顕現,暗黙の3水準を設定している。これに筆者が投映法とP-Fの反応水準との対応関係を加えたのが表1である。P-Fは,投映法の中では日常生活における行動を反映しやすい特徴をもっているが,意見水準では社会的に好ましい反応が,暗黙水準では攻撃的な反応が出やすくなると考えられる。
表1 パーソナリテイテストと反応水準
反応水準 | パーソナリティテスト | 投映法 | P-Fスタディ |
意見(opinion) | 質問紙 | SCT | 社会的望ましさ |
顕現 (overt) | 行動評定 | P-Fスタディ | 日常生活行動 |
暗黙(implicit) | 投映法 | TAT・ロールシャッハ・描画法 | 欲求表現 |
4)実施法
標準的な実施法は,受検者が各場面の刺激文を読んで被阻碍者の応答を空欄に記入していく自己記入法である。読み書きがむずかしい受検者には,検査者が刺激文を読んで受検者が口頭で答えた反応を,検査者がテスト用紙に記入していく口答法を用いることができる。テストは個別でも集団でも実施できるが,個別法では受検者が検査用紙に記入が終わった段階で,疑問がある反応などについて質疑を実施するのが標準的方法である。
5)スコアリング
各場面で記入された言語反応は,カテゴリーとしてのアグレッション注1)の型と方向の組み合わせから,9つの因子と2つの特殊因子に分類される。表2には反応分類と各因子の反応例を示した。記号化された反応はカテゴリーや各因子の量的な集計のほかに,いくつかの指標について計算される。
表2 P-Fスタディの反応分類
アグレッション型 | O-D:障碍優位 (障碍の程度) | E-D:自我防衛 (責任の所在) | N-P:欲求固執 (問題解決) | |
アグレッション方向 | E-A:他責 (他者に向ける) | E’:他責逡巡(困ったなあ) | E:他罰(あなたが悪い) E:他罰変型(そんなことありません) | e:他責固執(何とかしてください) |
I-A:自責 (自分に向ける) | I’:自責逡巡(ぜんぜん何ともありません) | I:自罰(私が悪かった) I:自罰変型(うっかりしていました) | i:自責固執(弁償します) | |
M-A:無責 (誰にも向けない) | M’:無責逡巡(たいしたことありません) | M:無罰(誰のせいでもないよ) | m:無責固執(そのうち何とかなりますよ) |
注1)ローゼンツァイクは,P-Fの反応分類で“aggression”の語を用いている。これは相手に障害を与えるような一般的な意味の「攻撃」ではなく,原語に近い“assertiveness”(自己主張)という意味なので,日本版ではカナ書きで「アグレッション」としている。実際には,「フラストレーションへの対処」と理解してよいだろう。
6)解釈
P-Fの解釈に一定の様式があるわけではないが,個別的な心理的特徴の理解には,記号化された各因子や指標に基づく形式分析を基本として,生の反応の特徴をとらえる内容分析を加えて総合するのが一般的である。
形式分析は,一般的な反応傾向とどの程度一致しているかの「GCR(Group Conformity Rating:集団順応度)」,因子の出現状況の「プロフィール」,超自我阻碍場面での反応特徴である「超自我因子」,全体の中で頻出する反応の「主要反応」,テスト中における心理的構えの変化をみる「反応転移」などの分析がある。
内容分析は,スコアされた因子の反応内容や言語の表現,場面の認知,フラストレーションや対人関係の種別による反応の違いなどで,より詳細な反応の特徴をとらえる。
解釈は,フラストレーション事態における対処特徴のほかに,たとえば社会的適応性,攻撃性と主張性,罪悪感,寛容さなどの心理的特徴から総合的なアセスメントをおこなう。
7)個性力動論
P-Fの解釈にかかわる理論として,ローゼンツァイク(1951)は個人理解を目的とした個性力動論(idiodynamics)を提唱している。この理論は精神分析やその他のパーソナリティ理論を参考にしているが,無意識よりも意識を重視する立場であり,次のような観点に立っている。
・個性界優位:個人にかかわるすべての事柄は一つの世界であり,個人理解の資料になる。
・反応優位:物理的刺激よりも,刺激の認知が反応にとって重要な意味をもっている。
・形態優位:個人にかかわる事柄は,全体的な構造をもっている。
さらにローゼンツァイク(1950)は,すべての人間に共通する「普遍的基準」,集団内での他者との比較である「集団的基準」,個人にとって普通のことか特別なことかをみる「個人的基準」という3つの基準に照らして結果を判断することが大切であるとしている。
3.P-Fスタディの適用
1)適用年齢
P-Fの対象年齢は,4歳以上であれば実施が可能であるが,現在の児童用の標準化は小学生以上になっている。中学生,高校生,大学生,一般社会人などは,それぞれの年齢に応じて標準化された年齢版(成人用・青年用・児童用)が用意されている。
2)使用状況
これまでアメリカ以外にも,ヨーロッパ各国やインドなどで標準化されている。しかし,P-Fが作成されたアメリカにおける心理検査の使用頻度の調査結果をみると,P-Fの名称がみられないので,臨床場面でもあまり使用されていないことがうかがわれる。
日本におけるこれまでの心理テストの使用状況の調査では,P-Fの使用頻度は高い方であり,医療,福祉,教育,矯正など幅広い領域で用いられている。P-Fについては,おそらく日本がもっとも使用度は高くて,再標準化などを含めて適切に対応しているのではないだろうか。
4.長所と短所
P-Fの長所と短所をまとめると,以下のようなことがあげられる。
1)長所
・刺激図版が漫画風で,抵抗感が少ない。
・実施時間が比較的短くて,テストに記入する所要時間はほぼ15分前後である。
・テストは年代別に用意されており,対象の幅が広い。
・スコアによる量的な分析ができる。
・日常行動と対照できるので,結果が理解しやすい。
2)短所
・意識的なコントロールの影響を受けやすい。
・自己記入法なので,実施がルーズになりやすい。
・スコアリングや解釈に経験を要する。
文 献
- 秦一士・安井知己編著(2023)P-Fスタディ解説(2020年版)第2版.三京房.
- Rosenzweig, S.(1945)The picture-association method and its application in a study of reactions to frustration. Journal of Personality, 14; 3-23.
- Rosenzweig, S.(1950)Levels of behavior in psychodiagnosis with special reference to the Picture-Frustration Study. American Journal of Orthopsychiatry, 20; 63-72.
- Rosenzweig, S.(1951)Idiodynamics in personality theory with special reference to projective methods. Psychological Review, 58; 213-223.
- Rosenzweig, S.(1978)The Rosenzweig Picture-Frustration Study: Basic Manual. Rana House.
- 住田勝美・林勝造(1956)ローゼンツァイク絵画─欲求不満テスト解説 児童用.三京房.
秦 一士(はた・かずひこ)
甲南女子大学名誉教授
資格:臨床心理士
主な著書:『攻撃の心理学』(共編訳,北大路書房,2004),『攻撃行動とP-Fスタディ』(単訳,北大路書房,2006),『新訂P-Fスタディの理論と実際』(単著,北大路書房,2007),『P-Fスタディ アセスメント要領』(単著,北大路書房,2010),『P-Fスタディ解説(2020年版)第2版』(共編著,三京房,2023)
趣味はスポーツ観戦,落語鑑賞
安井知己(やすい・ともき)
甲南女子大学
資格:公認心理師,臨床心理士