【特集 被害者を支援する──性暴力・性虐待を中心に】#06 被害者と向き合う──支援の現場から|新井陽子

新井陽子(被害者支援都民センター)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, Mar.)

1.はじめに

筆者は公益社団法人被害者支援都民センターに所属し,心理士として職務に携わっている。被害者支援都民センターとは,犯罪や交通事故に遭われた被害者やそのご家族・ご遺族を対象に支援活動を行っている民間団体である。本論では,筆者が当センターに勤務する中で得られた性暴力被害者支援の知識を,できる限りわかりやすく,広く活用できるように説明したいと考えている。

2.犯罪被害に遭うということ

犯罪被害に遭うということはどのようなことなのだろうか。私たちは誰でも事故や事件に巻き込まれる可能性があるにもかかわらず,私たちの多くは,自分が犯罪被害に遭うことを想定していないことがほとんどである。むしろ,自分だけは大丈夫と無意識に信じているものだ。そのため,突然空から降ってきたような犯罪被害はまさに青天の霹靂とも言える衝撃的な出来事となる。被害に遭うと,突然失うものが多い。犯罪被害に遭った際に,被害者が失ったと感じる可能性のあるものをいくつか挙げておきたい。

人としての尊厳や自尊心:犯罪被害は自然災害とは異なり,人によってもたらされる被害である。人から傷つけられる体験は,私たちの尊厳を大きく傷つけるものとなる。

日常生活:被害後,心身のケガによって家事や育児などの日々の生活が困難になったり,仕事や学校を休まなければならないことがある。

健康な身体:被害後,実際に身体の一部を失ったり,不安が強くなったり,落ち着いて睡眠や食事をとることがままならず,心身の不調をきたすことが多い。

経済的基盤:被害後,休職や失職することによって,経済的に困窮する可能性がある。住む場所や食事といった人としての基本的な日々の営みを失う不安が高まる。

信頼感:被害によって他者や世界に対する信頼感を損なうこととなる。そのため,他者からの支援を受け入れることが難しくなり,ますます孤立しやすくなってしまう。支援につながらない場合も少なくない。

これらの喪失感は,人として生きるエネルギーを奪っていく。回復を願う一方で,そのエネルギーが枯渇した状態の中で次々に迫られるさまざまな手続きが,被害者をより一層苦しめることとなる。一人で抱えるには大きすぎるプロセスを生き抜くためには,安心できる伴走者の存在が必要である。伴走者は,どのようなプロセスが存在し,そのプロセスに合わせた支援がどのようなものなのかを知っている必要がある。それらについて架空の事例を交えて説明していきたい。

架空事例

Aさんは,取引先の社員Bら複数人で,あるプロジェクトの打ち上げと称して,食事に行った。Aさんは楽しく飲食した後,酔いも回り帰宅時間に近づいてきたので,帰ることにした。一人で帰ろうとしたところ,Bが「タクシーを呼ぶね」と,タクシーにAさんを乗車させた。そしてなぜかBも同乗してきた。Aさんは酔いも回っていたため,少し不審に思ったものの強く断ることもせず同乗した。だが,AさんはBに自宅を知られたくないと思い,自宅近くの交差点で降車した。するとBは,「一人で帰るのは危ないから」とAさんと一緒に降車し,Aさん宅へついてきた。さすがに不審に思ったAさんは,これ以上の付き添いはいらないと断ったが,Bは押し切るようにAさんのマンションへやってきて自宅の部屋まで入ってきた。その後,Aさんは抵抗したものの,お酒が入っているだけでなく,男女の力の差があり体力的にも抵抗しきれず,結果として性交を強制された。Aさんは性交に同意していない。その後,加害者BはAさんの自宅から立ち去った。

3.被害後の対応について

被害者は,性暴力の被害後,衝撃が大き過ぎて,恐怖と不安でどこに相談していいのか,自分がどのような状況に置かれているのかを理解できず,対応に戸惑うことも少なくない。自分を落ち着かせるために,家族や友人に相談することもあるだろう。その次の相談先として,性暴力被害に関する専門機関を複数挙げ,それぞれの機関の特徴を示す。

(1)110番通報

被害直後の対応として,最も迅速に対応できるのは,110番通報である。まず「事件ですか事故ですか?」と尋ねられるので,「事件です」と伝え,電話担当の警察官の質問に答えていくと,所轄の警察官が直ちに現場に駆けつけてくれる。警察官による証拠採取や事情聴取などを行うと同時に,病院への付き添いなどを行ってくれる。

なお,警察には「性犯罪被害者に対する公費負担制度」があり,「緊急避妊・初診料・診断書料・性感染症等の検査費用・人工妊娠中絶費用」などが公費負担の対象となる。

被害者が110番をためらう要因の一つとして,警察車両や制服を着た警察官,鑑識官などが自宅にやってくると,近所の人に出来事が知られたり噂になったりすることが心配で,通報できないということがある。実は「サイレンを鳴らさない,女性警察官・私服の警察官・私服の鑑識官」などを依頼することも可能である。遠慮せず110番に出た警察官に相談してみると良い。

また,被害に遭って身体的な不快感や不安があるのは当然であるが,できる限りシャワーなどを浴びずに警察官の到着を待つことができれば,加害者を検挙するための証拠採取に協力できる。

(2)性犯罪被害相談電話#8103(ハートさん)

警察庁が,性暴力の被害者が相談しやすい環境を提供するため,各都道府県警察の性犯罪被害相談電話につながる全国共通番号(#8103)を運用している。ダイヤルすると発信された地域を管轄する各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながる仕組みである。110番と同じように24時間,警察官が対応する。110番と異なる点は,電話応対の警察官が性暴力被害に特化した警察官であるという点である。また,110番はハードルが高く,通報していいのかよくわからないが,誰かに相談したいという場合にも対応してくれる。スピード感は110番の方が圧倒的に早いが,#8103は,警察官に落ち着いて相談に乗ってもらえるという特徴がある。さらに,被害直後でなくても,相談内容に応じて,その後の手続きや支援などを案内してくれる。警察庁が運用しているため,捜査につながりやすいメリットもある。

(3)性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(#8891)

内閣府の男女共同参画局が,各都道府県にある性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップセンターにつながる仕組みを運用している。#8891に電話すると24時間,各地域の民間のワンストップセンターにつながり,専門的なトレーニングを受けた相談員が対応する。各センターの母体が地域によって異なり支援内容も多少違いがあるものの大まかな支援内容は以下のとおりである。

性犯罪・性暴力被害者に対して,被害直後からの総合的・包括的支援(産婦人科医療,相談・カウンセリング等の心理的支援,捜査関連の支援,法律的支援等)を可能な限り1カ所(ワンストップ)で提供している。被害直後の最も不安な時期に各機関への付き添いができ,当該支援を行う関係機関・団体等に連携を依頼するなど,被害者の心身の負担軽減を目指している。

ワンストップ支援センターの主な支援対象は,被害直後から1~2週間程度のいわゆる急性期の性暴力の被害者であり,警察への被害届の有無や性犯罪として扱われたかどうかにかかわらず,性暴力に関する相談を受け付けている。また,配偶者暴力や児童虐待の被害者も支援対象となる。

一方で,被害から時間がたっていても,性暴力被害の相談に応じたり,必要な支援を提供できる関係機関・団体等に関する情報提供なども行っている。

(4)被害者支援センター(全国被害者支援ネットワーク 0570-783-554)

全国被害者支援ネットワークを中心に,全国48の加盟団体とともに犯罪被害者と被害者家族・遺族がいつでもどこでも必要な支援が受けられ,その尊厳や権利が守られる社会の実現を目指して活動している民間の支援団体である。支援の対象は,性暴力被害だけではなく,殺人事件やその他の暴力事件,交通事件などの犯罪を主な対象としている。各センターによって多少の違いはあるが,主な活動内容は以下のとおりである。

電話相談:被害後の手続きや対処,精神的な問題に対する相談など

面接相談:刑事手続や生活相談,精神的な問題に対するカウンセリングなど

直接的支援:自宅訪問,検察庁・裁判所・弁護士事務所等への付き添い支援など

関係機関との連携:警察・検察・自治体・弁護士会・教育機関・医療機関などの都の連携など

被害者支援センターは,上記の3つの支援団体に比べ,被害直後というよりは,被害からしばらくして精神面や生活面にさまざまな影響が出てきた頃,加えて刑事手続等の必要が出てきた頃からの相談を得意としている。例えば,ケガの治療費や転居など住居,生活費などの生活の相談,事件による心身の不調に関する相談,刑事手続の負担軽減のための相談や付き添い支援などである。

(事例の続き)

Aさんは,被害後110番することはハードルが高いと感じた。なぜなら,「パトカーがサイレンを鳴らしてマンションまでやってきたら,他の住民に何と思われるだろうか」「これは自分が強く断らなかったせいで招いた出来事なので,警察に相談できるかどうかわからない」などと思い悩んだからである。そこで,インターネットで調べて,#8103に電話を掛けた。すると警視庁(東京の場合)の被害者支援担当者につながり,状況を伝え,自分の状態を確認することができた。担当者から所轄の警察官を派遣する提案があった。Aさんは,大勢の警察官がパトカー等でやってくることに抵抗があることを伝えると,担当者は私服の女性の警察官を派遣するように手配してくれた。被害者支援担当の警察官の付き添いの下,婦人科受診を行い,証拠採取などを行った後,警察署で事情聴取となった。その後Aさんは,被害届を提出した。その後,採取されたDNAや防犯カメラの映像などの証拠から,Bは逮捕された。

4.刑事手続の流れ

一般的な刑事事件の手続きのイメージは,加害者が逮捕されたらほぼ終了のように思えるが,実際にはそれからの方が長い。逮捕から裁判の判決が下るまで,予想以上に長い期間が必要である。その間に,被害者はいくつもの捜査協力や裁判協力等が求められ,その度に被害に直面しなくてはならず,辛い時間を過ごさなければならないことが少なくない。

被害届:事件発生後,警察に被害届を出すことから手続きが始まる。しかしながら,被害者にとって警察に相談すること自体が非常にハードルが高い。また事件後,被害届が受理されるまでに,何時間もの事情聴取があることがほとんどであり,その時間は事件を想起せねばならず,強い恐怖と不安と否応なしに向き合わねばならない。一方で,感情が麻痺したり解離したりで,淡々と手続きを乗り切ることができる場合もあるが,この場合は,後に体調が悪くなることが少なくない。被害届が受理されたのち,警察の捜査が始まるが,その後いつ加害者が逮捕されるかはわからない。逮捕されるまで,数か月から場合によっては数年かかることもある。

逮捕等:加害者が警察に逮捕された後も,拘留され続けるか保釈されるかなど,それらを被害者が決めることはできず,ただ司法の判断を待つことしかできない。その時間が非常に苦痛で不安であり穏やかな日常生活を困難にする場合がある。特に釈放された後,仕返しをされるのではないかという不安が高まることも少なくない。

検察官送致:事件が,警察から検察庁に検察官送致された後,検察官によって,起訴または不起訴が決まる。警察で事情聴取があり書類を作成しているが,検察官も改めて事情聴取することがほとんどである。そのため,被害者は事件に関する話をなんども繰り返す必要があり,その度に苦しんだり二次被害を受ける可能性がある。

裁判:事件が起訴されると,次に裁判がある。実際には,検察が刑事事件の起訴を⾏ってから初公判までの明確な期限は決まっておらず,公判が始まるまで数カ⽉以上かかることがある。また複雑な事件になると、裁判が終わるまでに数年かかることもある。多くの事件では,被害者の証言は重要な証拠となるため,被害者が証人として出廷することを求められる。公判を維持するために必要な協力である一方,被害者の精神的な負担は大きい。特に法廷内で加害者と向き合うことは強い恐怖と不安を喚起させる。その精神的な負担を軽くするため,裁判所の判断によって,(1)証人への付き添い,(2)証人の遮へい,(3)ビデオリンク方式での証人尋問の措置をとることができるので,申し出ることが可能である。

判決:有罪判決が出る裁判の多くは,検察官が求刑した刑期よりも短くなることが少なくない。被害者は,望んだ通りの刑罰にならず,納得する判決が得られないこともある。また,裁判の中で事件が起きた理由について,加害者が正直に話し,真摯に謝罪をすることを期待するが,それも叶わないことが少なくない。そのため,裁判が終わればスッキリと回復できると信じて頑張ってきたが,結果に納得できず気持ちが晴れないということもある。刑期が短い,執⾏猶予付き判決などの場合には,加害者から報復されるのではないかという不安も⾼まる。

図1 刑事手続きの流れ(出典:法務省:1. 検察庁と刑事手続の流れ (moj.go.jp)より)

(事例の続き)

刑事手続が続く中で,Aさんは家族などの近親者や友人につらい気持ちを打ち明けることもあったが,「考え過ぎない方がいいよ」と流されたり,時には不機嫌になられることもあった。そのため相談しづらいと感じるようになった。実は近親者が被害者の気持ちを受け止め続けることは,なかなか難しいのも事実である。彼らにとっても初めてのことが多く,刑事手続に関する十分な知識がなかったり,被害者の回復の見通しが立たなかったりと,強い不安に駆られるためである。Aさんは,警察で紹介された被害者⽀援センターに繋がり,専⾨の相談員に⾟い気持ちや刑事⼿続の不安などを打ち明けた。この問題に精通した相談員がAさんの気持ちの苦しさを受け⽌めつつ,具体的な対応策を共に検討し,例えば,被害者⽀援に⻑けた弁護⼠を紹介したり,今後の⾒通しなどを説明したり,検察庁への付き添いや裁判中に被害者の証⾔の付き添いなど,Aさんの負担を軽減する対応を提供した。それらによりAさんは,⾟い状況にありつつも,裁判では証⾔や意⾒陳述で⾃⾝の考えや気持ち述べることができた。それはAさんの⾃信に繋がった。判決は⾃分が望んだ通りではなかったけれど,⽀援制度を利⽤したAさんは孤独ではないと感じることができ,裁判を最後まで乗り切ることができた。

5.精神的支援

被害者支援センターでは,刑事手続の支援の他に,精神的支援として心理カウンセリングを提供している。各センターによって運用方法が異なるため,回数等の差はあるものの,無料で臨床心理士・公認心理師等のカウンセリングが受けられることが多い。事件に起因するPTSDなどの精神的な後遺症に特化した治療プログラムを提供している場合もあるので,ぜひ確認されたい。

(事例の続き)

Aさんは,裁判終了後もPTSD症状が続いていた。被害者支援センターの相談員から,専門的な治療を勧められ,公費でカウンセリングを受けている。

6.おわりに

性暴力被害に遭うと,想像もしていなかったような心身の不調や手続き等に悩まされるものである。まるでPCのワーキングメモリがビジー状態になってフリーズするかのように,我々の思考もうまく機能しなくなる。そのような状況では,次々に迫られる判断や選択が難しく,後にそれが強い後悔や自責感の元となることも少なくない。しかしながら,被害者⽀援に特化した⽀援を活⽤することで,被害者の⼼⾝の負担が軽減され,さらには安心した日常生活を取り戻すことが期待できる。被害者⽀援の活⽤がより広まることを⼼から願っている。

参考資料
+ 記事

・名前:新井陽子(あらいようこ)
・所属:(公益社団法人)被害者支援都民センター
・資格:公認心理師・臨床心理士・犯罪被害相談員

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