【特集 被害者を支援する──性暴力・性虐待を中心に】#05 性暴力被害当事者のトラウマケア,支援の実際|田中ひな子

田中ひな子(原宿カウンセリングセンター所長)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, Mar.)

1.はじめに

性暴力とは同意のない性的行為であり,重大な人権侵害である(内閣府男女共同参画局,2016)。その場合,加害者が親族か,あるいは職場や学校関係の身近な人か見知らぬ人か,異性か同性か,被害は単回か長期間にわたるか,その支援開始が被害直後か数年後か10年以上経た後なのか,さまざまなケースが存在する。その代表的なトラウマ反応は,再体験(フラッシュバック・悪夢など),回避行動・麻痺(ひきこもり・健忘など),過覚醒(脅威の感覚・不眠・過度な警戒心・怒りやすさなど)であり,その後の人生に深刻な影響を与える。

トラウマは,自分が自分を取り仕切っているという感覚(主体性,agency)をその人から奪う。回復のための課題は,身体と心──すなわち自己──の所有権を取り戻すことである(van der Kolk, 2014)。そのために,カウンセリング,心理教育,身体志向アプローチなどの支援をその時々の状態に合わせて進めていくことになる。

2.カウンセリング──エンパワーする会話

ハーマン Herman, J.(1992)は,トラウマ体験の中核を無力化と他者からの離断と捉え,その回復の基礎はエンパワメント(empowerment:有力化)と他者との新しい結びつきを作ることにあるとしている。カウンセラーは当事者自身が回復の主体となり評価者となるように自己決定権と自己統御性を尊重しなければならない。カウンセリングではクライエントの望む回復のイメージ,クライエント自身による現在の状態の評価,これまで生き延びてきたコーピング(対処行動・工夫)やリソース(能力,家族や友人などの人間関係,仕事,趣味など)に焦点を当てる。エンパワーする会話には,解決志向アプローチの技法やPTMF(Power Threat Meaning Framework:パワー・脅威・意味のフレームワーク)の考え方が役に立つ(De Jong & Berg, 2012),(田中,2020,2023),(Boyle & Jonestone, 2020)。

3.二次的被害による傷つき

トラウマケアで最も重要なことは安全安心の確保である。したがって,カウンセラーには守秘義務があること,話したくないことは話さなくてよいということを最初に伝え,当事者の言葉に耳を傾ける。カウンセラーは,性暴力被害当事者の多くが何らかの二次被害を受けていることを念頭に置く必要がある。主な二次被害は以下の5種類に分類できるだろう。

①被害者を非難する自己責任論:「なぜ逃げなかったか/付いていったのか」,「加害をするような人間を配偶者/恋人に選んだ/別れなかったのが悪い」,「自業自得」
②被害の矮小化:「たいしたことない」,「よくあることだ」,「もっと大変な人もいる」,「何年も前のことだ」,「考えすぎだ」,「早く忘れなさい」
③被害を疑う:「同意の上だろう」,「気のせいだ」,「妄想だ」,「悪意ある作り話だ」
④加害者の擁護:「加害者はストレスがたまっていたのだ」,「悪気はなかった」,「酔っ払っていたから/昔からそういう人だったからしょうがない」
⑤脅しや口止め:「人に知られたら差別される」,「二次被害にあって再度傷つくだけだ」,「加害者との関係が悪くなり,周囲の人(家族,友人,同僚など)に迷惑がかかる」,「家族が悲しむ」

4.二次被害へのアプローチ

初回面接では,被害の話を聞いた後に「誰かにこの被害を話したことがありますか?」「話を聞いてその人は何と言いましたか?」と尋ねることが役立つだろう。この質問によって理解者の存在が明らかになることもあれば,二次被害の経験が語られる場合も多々ある。これまで誰にも話したことがない場合は,「何が躊躇させましたか?」「何が心配でしたか?」と尋ねると,二次被害への恐れが語られることが多い。続けて「それにもかかわらず,今日はどうして話すことができたのですか?」と尋ねることによって,来談の勇気と回復への原動力を確認することができる。二次被害について話し合うことは心理教育へと進むステップとなる。

5.心理教育──新しい視点の獲得

性暴力被害およびに二次被害によって二次加害となる考え方は性暴力被害当事者にも多かれ少なかれ内面化されており,苦悩の一因となっている。その苦しみや考え方から解放されて新しい視点を得るために心理教育を行う。

①暴力の責任は加害者にあり被害者にはない。境界線と人権は侵してはならない。
②トラウマは危険な状態に対する生理学的な防衛反応である。人は予期しない恐怖に晒されるとフリーズして身体が凍り付いたように動かなくなる。
③セルフケア:フラッシュバックなどトラウマ反応への対処方法,呼吸法やリラクセーション,マインドフルネスなど心身の安定化の練習,心身を慈しむ生活を行う。
④アサーティブなコミュニケーション:他者に気持ちを伝えること,特に他者に「No」と断ること,「助けてほしい」と援助を求めることができるようになる。

当センターではトラウマに関する教育プログラムを定期的にオンライン開催し,また必要に応じて役立つ書籍(信田,2019),(白川,2016, 2019),(斎藤,2024)を紹介している。

6.身体志向アプローチ──EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)

トラウマの回復に有効な身体志向アプローチは数多くあるが,ここでは代表的なアプローチであるEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)について紹介する。EMDRは人間には苦痛を伴う体験を適応的に統合するメカニズムが身体的に備わっているという適応的情報処理モデルに基づいて,脳が本来持っている情報処理のプロセスを活性化する心理療法である(Shapiro, 2001)。生育歴の聴取とアセスメント,トラウマに関する心理教育や身体の安定化の練習などの準備段階を経て,トラウマ記憶の処理を開始する。トラウマ記憶の最悪の場面の映像と否定的認知(自分自身についての否定的な信念),不快な感情や身体感覚を想起しながら眼球運動などの両側性刺激を加えることによって,肯定的な自己認知やイメージが持てるように変化する。その際,トラウマとなった出来事の詳細を話す必要がないのでクライエントの負担を減らすことができる。

事例 部活のコーチから性暴力被害を受けたAさん(20代,女性,大学生)

(この事例は本質を損なわない範囲で改変し複数の事例を組み合わせて作成している)

Aさんは,高校時代,部活動で好成績をあげていたことからコーチ(男性)に呼び出されて個別指導を受けることになり,その際に数回にわたって性暴力を受けた。絶対的な権限を持つコーチに逆らうことはできず,次第に体調が悪化し部活をやめることになった。加害者は休日返上で指導する「熱血コーチ」として,生徒に人気があり保護者からも信頼されていた。たとえ性暴力被害を受けたと話しても信じてくれないだろうと思い,誰にも話すことができなかった。また,コーチに対してどこか憧れる気持ちがあったから被害に遭ったのかもしれないと考えて自分を責めた。卒業式の日,華やぐ友人たちの中で一人だけ宙に浮いて別世界にいるように感じられた。

大学に進学し一人暮らしが始まった。学業とバイトで忙しく過ごす順調な生活だった。大学2年,同じゼミの男性から交際を申し込まれた。何度目かのデートで恋人に体を触れられたときに,突然,性暴力被害が思い出されてパニックになった。それから頻繁に被害のフラッシュバックと悪夢に襲われるようになった。そこで,精神科を受診し薬物療法を受けたが改善せず,不眠とひきこもりが続き留年,休学を決めた。将来への不安と焦りが高まり希死念慮やリストカットが生じるようになった。主治医から性暴力被害のトラウマケアの心理療法を勧められて当センター(開業心理相談機関)に来談した。

7.これまでどのように自分を守ってきたのですか?

初回面接では,Aさんは上記の内容を無表情で話した。カウンセラーは来談したことをねぎらい,「こんなにつらい希死念慮を抱えながらどうやって生きてきたのか,死なないようにどのようにして自分を守ってきたのか」を尋ねると,大切に育ててくれた両親を思い出す,頓服薬を用いる,ノートに気持ちを書く,実家で飼っている犬の写真を見る,外出しないという工夫に加えて,リストカットをするとほんの少しだけ落ち着いて眠れるとのことだった。

8.回復はすでに始まっている

カウンセリングのゴールを尋ねるとAさんは「フラッシュバック,不眠と悪夢,希死念慮がなくなり,予定通りに外出できる。大学を卒業して就職したい」と答えた。カウンセラーが「最悪の状態を数字の0として,この出来事を忘れることはできないかもしれないが,この出来事のために生活や人生が邪魔されていない,望んでいる自分らしい生活ができている状態を10とすると,今どのあたりにいる感じがしますか?」と尋ねると,「2ぐらいかな? カウンセリングに来て性被害について話すことができたから。性暴力被害を受けていた時は自分に何が起こっているのかわからなかった。よく覚えていないが,とにかく人に知られないように怯えて過ごしていた」最悪の時は過ぎ,すでに回復が始まっていることを確認して,Aさんは微かに安堵の表情を浮かべた。

9.EMDR──トラウマ記憶からの解放

来談から4カ月後,カウンセリングと心理教育によって,リストカットは無くなり希死念慮も和らいでいった。しかし,フラッシュバックや悪夢,不快な身体感覚を拭い去ることはできなかった。そこで,準備が整ったことを確認してEMDRを開始した。

この出来事の最悪の場面を代表する映像は学校の一室だった。フラッシュバックや悪夢に頻繁に表れていた映像を思い浮かべると「私は無力だ」と感じ,全身に恐怖と恥,嫌悪の感覚が強烈に湧き上がる。これらのトラウマ記憶を想起して眼球運動を始めると,出来事の詳細が鮮明に想起された。被害時の服装,加害者の言葉や表情,帰宅後に長時間入浴したこと,部活の友人からの孤立,原因不明の腹痛が続いたこと,授業中に突然涙がこぼれ出し誰にも悟られないようにトイレに駆け込んだことなど……。そして,孤立無援の中,加害者に対して無言の抵抗を試み,最終的に何とか危険な場から逃れることができたことを思い出した。

5回にわたるEMDRのセッションでは,恋人とのデートや別れ,最初のフラッシュバックやリストカット,通学電車での痴漢被害なども扱った。その結果,トラウマ記憶に付随した不快な身体感覚は消え去り,映像はぼやけていった。そして,大会に友人や家族が応援に来てくれたこと,クラスメートとコンサートに行ったこと,志望大学に合格したことなど,高校時代の肯定的な出来事が思い出され,「私はありのままでよい」と感じられるようになった。

EMDRの後,しばらくしてAさんは大学に復学した。ボランティア活動を始めて新しい人間関係が広がっていった。来談から1年半後,Aさんは「子どもに関わる仕事に就きたい」と笑顔で語り,カウンセリングは終結となった。

10.おわりに

摂食障害,薬物や買物などの依存,ウツ状態や家族関係を主訴として来談したクライエントのカウンセリングを続けていくと,性暴力被害についての語りが始まることがある。全く忘れていたり,被害だと気づいていなかったり,語るべきことではないと思っていたり,それまで語ってこなかった理由はさまざまであるが,「思い出しても,語っても大丈夫」という安心安全な関係を築くこと,それが支援において最重要である。

これまでカウンセリングの場で「もし被害直後に支援を受けることができていたならば」と失われた時間と機会を嘆き悲しむ声を何度も聞いた。性暴力被害を受けた人が二次被害を受けることなく,またそれを恐れることなく支援を求めることができる社会の実現を切に願っている。そうした社会の変化が性暴力そのものの防止にも役立つことだろう。

文   献
  • Boyle, M. & Jonestone, L. (2020)A straight Talking Introduction to the Power Threat Meaning Framework. (石原孝二・白木孝二他訳(2023)精神科診断に代わるアプローチPTMF.北大路書房. )
  • De Jong, P., & Berg, K. I. (2012)Interviewing for solutions(4th ed. )Brooks/Cole Pubulishing(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法[第4版]─ソリューション・フォーカストアプローチの手引き.金剛出版.)
  • Herman, J.L.(1992)Trauma and Recovery. Basic Books.(中井久夫・阿部大樹訳(2023)心的外傷と回復 増補新版.みすず書房.)
  • 内閣府男女共同参画局 性犯罪・性暴力とはhttps://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/index.html
  • 信田さよ子(2019)〈性〉なる家族.春秋社.
  • 齋藤梓(2024)性暴力についてかんがえるために.一藝社.
  • 齋藤梓・岡本かおり(2022)性暴力被害の心理支援.金剛出版.
  • Shapiro, F.(2001)Eye movement desencitization and reprocessing, basic principales, protcols, and procedures(2nd ed). The Guilford Press. (市井雅哉監訳(2004)EMDR―外傷記憶を処理する心理療法.二瓶社.)
  • 白川美也子(2016)赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア.アスク・ヒューマンケア.
  • 白川美也子(2019)トラウマのことがわかる本.講談社.
  • 田中ひな子(2020)解決志向アプローチ.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編:ブリーフセラピー入門.遠見書房.
  • 田中ひな子(2023)記憶と身体をほどく―トラウマケア.In:大嶋栄子・信田さよ子編:あたらしいジェンダースタディーズ.臨床心理学増刊第15号,金剛出版.
  • van der Kolk, B. A., (2014) The body Keeps the score. Penguin Publishing Group. (柴田裕之訳(2016)身体はトラウマを記録する.紀伊國屋書店.)
+ 記事

田中ひな子(たなか・ひなこ)
所属:原宿カウンセリングセンター
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:田中ひな子(2022)虐待・DVサバイバーにおけるレジリエンス.In:臨床心理学,22(2)特集「はじまりのレジリエンス 」.
田中ひな子(2021)解離と出会うときーアディクション臨床の現場から.In:こころの科学221,特別企画「解離に出会うとき」日本評論社.
田中ひな子(2019)未来から構成される現在ー解決志向アプローチ.In:信田さよ子編:実践アディクションアプローチ,金剛出版.

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