臨床心理検査の現在(4)発達障害関連①“発達”のアセスメントのこれまでとこれから|稲田尚子

稲田尚子(大正大学)
シンリンラボ 第8号(2023年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.8 (2023, Nov.)

1.はじめに

現在,グローバルスタンダードとして使用されている発達障害関連の臨床心理検査が,わが国でもようやく使用できるようになっている。かつて臨床現場では,発達障害のある人を理解するためのアセスメントには,知能検査を実施しているのみであったのだが,この10年で少しずつ状況が変わってきつつあるように思う。発達障害のアセスメントに知能検査は必須であるが,それに加え,発達障害関連の臨床心理検査やVineland-II適応行動尺度を検査バッテリーとして実施することにより,対象となる人の状態や困難をより丁寧に把握できることにつながる。わが国において,発達障害関連のさまざまな臨床心理検査の日本語版の開発は2000年代初頭に始まり,その頃大学院生であった筆者も幸運にもそれらの開発に携わる機会を得ることができた。本稿では,開発時のエピソード等を紹介していきながら,今後の発達障害関連の臨床心理検査の活用について考察していきたい。

2.自閉スペクトラム症の特性は連続体であることを示したAQ

私たちは,今では,自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)の特性は,その診断名にあるように,幅広いスペクトラムであることをよく知っている。しかし,かつて,その特性はカテゴリカルなものだと考えられており,ASDのように診断概念や診断名が変遷してきた疾患も珍しいと言えよう。現在,臨床現場や研究でよく使用されているAQ(Autism-spectrum Quotient:自閉症スペクトラム指数)は,ASDの特性が健常の人との連続体上に位置するという仮説に基づいて作成され,またAQ得点の分布によりそれが科学的にも証明された。2002年に大学院に進学した筆者は,このBaron-CohenのAQの論文に出会い,ASD特性がスペクトラムであること,そして性差があることにとても衝撃を受け,同時にそれらを示すことができる心理検査の面白さに気づき,心理検査への関心が高まったことを覚えている。AQは,栗田ら(2003)や若林ら(2004)によって翻訳され,現在わが国の成人の精神科患者に,最もよく使用されている心理検査の1つとなっている。

3.日本で二次スクリーニング尺度として開発されたPARS

質的な異常であるASDの症状を量的に把握するための心理検査は,海外では開発されてきていたが,2000年代に入って,日本でもオリジナルのアセスメントツールを作ろうという動きが出てきていた。日本自閉症協会の研究助成により,ASDの臨床・研究経験豊富な児童精神科医らや発達臨床心理学者ら,統計学者によってPARSの開発が始まった。PARSは,日本自閉症協会が開発に着手したという経緯があったため,当初,Pervasive Developmental Disorders Autism Society Japan Rating Scaleの略称とされ,日本語では「日本自閉症協会広汎性発達障害評定尺度」とされていた。その後,広く普及していくにあたり,日本自閉症協会の名称部分が外され,Pervasive Developmental Disorders Rating Scale-Text Revision(広汎性発達障害評定尺度テキスト改訂版)となり,現在では,DSM-5の名称変更を受けてParent-interview ASD Rating Scale-Text Revision(親面接式自閉スペクトラム症評定尺度テキスト改訂版)となった。PARS-TRは,略称は変わらないものの,検査の名称の変更を繰り返した歴史を持つ尺度なのである。PARS-TRは,幼児期,児童期,思春期以降の3つのライフステージごとに項目が設定されており,幼児期のピーク時と現在について面接で聴取し,共通する項目もある。現在の評定用紙は,ライフステージごとに項目が並べられ,共通項目も分かりやすく整備されており,共通項目については幼児期と児童期,または幼児期と思春期以降の両方について尋ねることができるような仕様になっている。筆者もデータ収集に携わったが,開発のごくごく初期段階では,評定用紙がまだ十分に整えられておらず,幼児期の項目を尋ねた後にまた児童期や思春期以降の項目で同じ内容をきくことになった。「先ほども同じことをきいたので,その時にあわせて尋ねられればよかったのですが……」などと伝えて保護者にお詫びすることになり,面接しにくいと感じる場面もあったのだが,それもまた懐かしい思い出である。PARS-TRは,幼児期,児童期,思春期以降のライフステージ別に信頼性と妥当性が確認され(神尾ら,2006;辻井ら, 2006),またその短縮版も提案されている(安達ら,2008)。

4.幼児期早期にASDのスクリーニングができるM-CHAT

ASDは,幼児期早期にその兆候が現れ,1歳半~2歳頃に早期診断することができる,ということも今ではよく知られた事実であり,早期のASDのスクリーニングに使用できる臨床心理検査がM-CHAT(Modified Checklist for Autism in Toddlers:乳幼児自閉症チェックリスト修正版)である。2002年に,筆者の指導教員であった神尾陽子先生(神尾陽子クリニック)がM-CHATの日本語訳に着手され,筆者もその手伝いをする機会を得た。神尾先生は,M-CHATの原著者のダイアナ・ロビンスDiana Robins博士が当時大学院生として在籍しておられたコネチカット大学に留学された経験がおありで,また,ASDの早期発見に関する研究が世界的にも始まっていた時期であり,ご帰国後,翻訳して日本で実用化したいと考えておられたのである。筆者は,M-CHATの原版の論文(Robins et al., 2001)は,ロビンス博士の当時の修士論文をまとめたものであったということを耳にし,大変驚いたのであった。2004年からは,日本で初めて,1歳6か月健診でM-CHATを用いて早期発見と早期支援につなげるプロジェクトが始まり,筆者も携わらせてもらうこととなった。乳幼児健診の現場で,問診票の一部としてM-CHATに保護者に回答してもらい,その際の反応や質問を受けて,質問紙の文言を見直した。共同注意に関する行動はとりわけ重要な上,保護者に文言だけで伝えることが難しく,原著者とのやりとりを経て,質問紙としては珍しいイラスト付きの質問紙に変更することが決まった。M-CHATでのスクリーニングは,質問紙と1,2か月後の電話面接の2段階の手続きを踏むが,その電話面接のマニュアルについて,原版を翻訳するだけでなく書式をフローチャート方式に変更することにもなった。日本語版でのフローチャート方式が原著者らに分かりやすいと思ってもらえ,次第に原版を含む各国の翻訳版もフローチャート式が導入されるようにもなった。2007年に1歳半健診でのM-CHATの予備的成果が発表され(神尾&稲田,2007),信頼性と妥当性が確認され(Inada et al., 2011),乳幼児健診における2段階スクリーニングの有効性の検証がなされ(Kamio et al., 2013),現在では日本全国の数多くの自治体の乳幼児健診や小児科等で活用されている。

5.ASDの早期診断に使用できるADI-R,ADOS

M-CHATを1歳6か月健診に導入し,早期スクリーニングを行う目的は,早期診断をして,早期に適切な支援につなげることである。M-CHATを用いた早期支援プロジェクトが2004年に始まったが,スクリーニングした後,どんな心理検査を用いて,早期診断を行っていくのか,当時博士課程の学生であった筆者は,皆目見当もつかなかった。当時すでにグローバルスタンダードであったADI-R(Autism Diagnostic Interview-Revised:自閉症診断面接修正版)とADOS(Autism Diagnostic Observation Schedule:自閉症診断観察検査)を使用することが決まった。ADI-Rは保護者面接の診断尺度であり,ADOSは本人の行動観察尺度である。筆者は,慣れない英語のマニュアルやビデオと格闘することになったのだが,日本で初めてADI-Rのトレーナーを招聘してワークショップが開催されたのは2004年であっただろうか。しばらくして土屋賢治先生(浜松医科大学)がADI-Rの日本語版の翻訳に携わっておられ,また留学から帰国された黒田美保先生(田園調布学園大学)がADOSの翻訳をされているらしいとの情報を得て,両先生方の協力を得ることになり,まさに一つの研究室にとどまらず,オールJAPAN体制で,日本でADI-RやADOSなど,グローバルスタンダードな臨床心理検査を使用できるようにしていこうという機運が高まったのである。

6.続々と整備されはじめた発達障害関連の臨床心理検査

2000年後半には,グローバルスタンダードな発達障害関連の臨床心理検査の日本語版開発の必要性が厚生労働省にも認知され,さまざまな心理検査の開発が推進されるようになった。そのようななかで,ASD関連の検査としては,上述したもののほかにSCQ(Social Communication Questionnaire:対人コミュニケーション質問紙),SRS-2(Social Responsiveness Scale.Second Edition:対人性応答尺度第二版),CARS2(Childhood Autism Rating Scale Second Edition:小児自閉症評定尺度第二版)の日本語版などが開発され,その信頼性と妥当性の検証,および標準化が行われた。また,ASDだけでなく,ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:注意欠如・多動症),DCD(Developmental Coordination Disorder:発達性協調運動症),感覚の問題に関する心理検査,そして適応行動尺度の開発が行われた。近年では,ASDやADHDと比べて見逃されやすい吃音,チック症,読み書き障害,不器用に関するチェックリストCLASP(Check List of obscure disAbilitieS in Preschoolers)も開発され,発達的側面をきめ細やかに把握できるようになってきたのである。

7.発達障害のアセスメント:必須の検査バッテリーは,知能検査と適応行動尺度

現在,多くの発達障害関連の臨床心理検査がそろい,私たちは道具を手に入れている。しかし,それらをどう使っていくのがよいのだろうか。発達障害のある人に対しては,包括的アセスメントが必要であると言われているが,どの程度の検査バッテリーを組めば,包括したことになるのだろうか。例えば,医療機関で使用する場合に,保険の適用になる検査もあればそうではない検査もあり,また初診の待機患者が多い状況で,複数の臨床心理検査を実施すると,さらに待機期間が長くなってしまうなどのジレンマを抱えていることも少なくないであろう。そのような状況のなかでも,現在,発達障害のアセスメントに知能検査のみを実施しているという場合には,そこから一歩進んで,Vineland-II適応行動尺度をセットで実施されることをおすすめしたい。年齢や主訴によって,検査バッテリーはもちろん変わってくるが,一般的に,発達障害のある人は,知的水準は高くとも,生活の適応行動が低い場合が多いこともよく知られており,知的水準や認知プロフィールに加え,日常生活の困難を具体的に把握し,対応方法を検討することが肝要となる。また,Vineland-II適応行動尺度を実施することで,その方の生活全体や全体像を理解することにもつながるであろう。幼児期には,言葉の遅れが主訴であることが多いが,適応行動をアセスメントすると,社会性領域がとりわけ低いことが分かり,言葉の遅れだけではなく,社会性発達の弱さが示唆されることも多い。児童期や成人期には,知的水準は平均域であっても日常生活スキルが低く,行動上の問題を多く抱えていることも少なくない。発達障害特性そのものを把握することも重要ではあるが,まずは対象となる方の生活全体の困難度を把握するためにも,知能検査のみ実施している機関では,ぜひVineland-II適応行動の実施を検討していただければ幸いである。もう一種類,臨床心理検査を実施することが可能な場合には,発達障害特性をアセスメントする検査を追加していただければと思う。

8.臨床心理検査の習得を通して,系統的にかつライフステージ別にASD特性を理解する

筆者は,これまで紹介してきたように,大学院時代から,グローバルスタンダードであるASDの臨床心理検査を学ぶという稀有な経験をすることができた。検査の習得を通じて,乳幼児から成人まで,ライフステージ別にかつ系統的にASDの行動特性を知ることができ,面接や観察でどのように確認していくべきなのか整理することができたと考えている。これが筆者の今の臨床実践の基盤になっており,この経験なしに,臨床実践の中でこれらを積み重ねていくとしたら膨大な時間がかかっただろうとも感じる。臨床現場では,検査を実施することが難しい場面が多々あるが,検査の習得を通じて,ASDの行動特性が整理できると,通常の面接場面で発達障害特性を確認したり観察したりすることが比較的容易になるのではないかと考えている。面接場面は常にアセスメントの重要な機会であり,心理検査を実施することだけがアセスメントではない。発達障害のある方と会う機会がある専門家の方で,ご自身の現場ではあまり検査を実施する機会がないという方も,ぜひ発達障害関連の臨床心理検査を学んでほしい。系統的にかつライフステージ別に整理された形で効率的に発達障害の行動特性を学ぶことで,日々の臨床実践にきっと役立てることができるはずである。

文 献
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  • 神尾陽子,行廣隆次&安達潤ほか(2006)思春期から成人期における広汎性発達障害の行動チェックリスト―日本自閉症協会版広汎性発達障害評定尺度(PARS)の信頼性・妥当性についての検討.精神医学,48(5); 495-505.
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  • 辻井正次,行廣隆次,安達潤ほか(2006)日本自閉症協会広汎性発達障害評価尺度(PARS)幼児期尺度の信頼性・妥当性の検討.臨床精神医学,35(8); 1119-1126.
  • 若林明雄&東條吉邦(2004)自閉症スペクトラム指数(AQ)日本語版の標準化―高機能臨床群と健常成人による検討.心理学研究,75(1); 78-84.
+ 記事

稲田尚子(いなだ・なおこ)
大正大学心理社会学部臨床心理学科 准教授
資格:公認心理師,臨床心理士,臨床発達心理士,認定行動分析士
主な著書は,『これからの現場で役立つ臨床心理検査【解説編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『これからの現場で役立つ臨床心理検査【事例編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023)

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