臨床心理検査の現在(3)P-Fスタディ③手引きと成人用の改訂|秦 一士・安井知己

秦 一士(甲南女子大学名誉教授)・安井知己(甲南女子大学)
シンリンラボ 第7号(2023年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.7 (2023, Oct.)

P-Fスタディ(以下P-Fと略)は2020年に成人用について第Ⅲ版として再標準化をおこなった。同時に手引きである『P-Fスタディ解説(2006年版)』も改訂した(『P-Fスタディ解説(2020年版)』秦・安井編著,2020)ので,それぞれについてこれまでの版との違いを中心に説明したい。

1.P-Fスタディ解説の改訂

1)各年齢版の統一

これまでの『P-Fスタディ解説(2006年版)』は,成人用と青年用,および児童用がそれぞれ独立した合本のような形で構成されていた。改訂版ではP-F全体としてまとまりがあるように,テストの流れに沿って3つの年齢版を配列して解説する形式に再構成した。

2)P-Fスタディの概要

改訂前の手引きでは,あまり触れられていなかったP-Fに関する基礎的な知識について,準投映法としての特徴やP-Fに関連する原著者の理論などの概要を新たに記載した。

3)実施法

実施法は,テスト後の質疑を標準的な方法として位置付けた。質疑の結果について,スコアリングや解釈に活かす具体的方法なども解説した。また,その後の処理を的確に実施するために,反応記録表の作成を勧めている。

4)スコアリングと用語

スコアリング法では,各年齢版を通してできるだけ共通の原理にしたがってスコアリングができるように検討した。そのために,児童用と青年用のスコアリング例に多少の修正を加えている。さらに,各場面のスコアリング例の注意事項を参照しやすくするために,場面ごとに記載する様式に統一した。また,スコアリング法の理解を確認できるように,練習問題用の事例を解説付きで掲載した。

P-Fの専門用語については,時代に合うように一部修正した。阻害を阻碍に,要求固執を欲求固執に変更し,記入された反応を初発反応,質疑で出てきた反応を二次的反応とした。

5)整理票

整理法は,特に初心者がGCRや反応転移の計算をするうえで,誤りを少なくすることを考えて,整理票の場面別スコア欄を細分化した。経験者の中には少し違和感を持つ方がおられるかもしれないが,基本的な処理法は従来とほとんど同じである。また,主要反応の指標について,これまで採用されていなかった青年用にも導入した。さらに整理票作成については,新たにコンピュータ処理ができるようになった。

6)解釈

これまでは主にスコアリング要素(記号)を中心とした解釈が行われてきた。今回の改訂版では記号を中心とした解釈を形式分析とし,さらに生の反応を対象とする内容分析を加えて,総合的に解釈する方法を紹介している。

7)事例

成人用,青年用,児童用について,改訂版に沿った整理法と解釈法による事例を新たに紹介した。さらに青年用と児童用では,これまでの解説書に掲載されていた各1例を再掲した。整理や解釈の仕方は,出版された年代によって多少の違いがあるので,解釈の仕方について検討するうえで参考になるだろう。

8)資料

改訂前の資料の内容は年齢版によってまちまちであったが,改訂版では各年齢版の標準化にかかわるデータを中心に絞って掲載している。

2.成人用第Ⅲ版について

1)P-Fスタディ成人用の再標準化について

1957年に刊行されたP-Fスタディ成人用日本版(以下,P-F旧版)は,半世紀以上が経過するなかで,生活状況の変化とともに図版刺激が理解しにくい場面となっていることや標準的な反応にも変化が生じている可能性などが指摘されてきた(e. g. 井上,2004;田中,2003)。そこで,筆者らを含む研究グループは,図版を全面的に改訂したうえで再標準化を行い,2020年にP-Fスタディ成人用Ⅲ版(以下P-F第Ⅲ版)として刊行した。

2)図版の改訂

・人物構成
P-F旧版は,刺激人物の多くは男性であり,阻碍者-被阻碍者の性別についてみると,24場面中14場面において男性-男性であった。ジェンダー平等が目標と掲げられる現代社会において,この偏りは是正されることが望ましいと考えられた。このため図版の改訂にあたっては,日本版の代表者である林勝造および一谷彊の同意を得て,青年用と同様に性別の構成が等しくなるように再構成を行った(表1参照)。最終的な人物構成として,阻碍者-被阻碍者の性別による組み合わせは,各6場面となっている。このような変更を行っていることから,P-F第Ⅲ版は,成人用原図版の翻訳版ではなく,青年用原図版を参考にした新たな日本版といえるだろう。

表1 成人用第Ⅲ版の場面別人物構成

・絵画刺激
絵画刺激はすべての場面を現代にふさわしい場面へ改訂している。大きな変更を加えたのは,現代ではなじみのない場面9,場面11の2場面である。場面9は「質屋」を「クリーニング店」に,場面11は「交換手の間違い」を「友人の間違い」に変更した。そのほか,場面4は蒸気機関車を電車に,場面12は帽子をマフラーに,場面15は着物を着たかるたの場面を机に座ったカードゲームの場面に,場面17は自宅ではなく車の鍵の紛失へと変更した。

・言語刺激
言語刺激もすべての場面について再度検討を行った。まず,原図版を翻訳した後,バックトランスレーションを行うことで本来の刺激内容を確認した。さらに,場面状況や人物構成の変更を考慮しながら,日本語として自然な表現となるよう,また,フラストレーション状況をより明確化する表現となるよう検討を行った。

3)再標準化データとスコアリング

・調査対象
P-F旧版では対象が関西に限られており,年齢の幅が男女で違うなどの問題があったが,再標準化では,20~60代以上の関東と関西の幅広い成人を対象として調査を行い,Uが4個以下の成人1,262名(男性563名,女性699名),大学生442名(男性214名,女性228名)を分析対象とした。20代~30代を成人前期,40~50代を成人中期,60代以上を成人後期とし,これに大学生を加えた4つの年齢群に分けて分析を行い,基準の設定を行った。

・スコアリング
スコアリングに先立ち,原図版に関するクラークClarkeら(1947)を参考にして,複数の研究者が独立してスコアリングを行い,すべてのペアの一致率を確認する方法を用いることとした。

標準化調査のなかから20代~60代以上の5つの年代から男女各2例の20例のプロトコルをランダムに選択し,8名の研究者が独立してスコアリングを行い,事例ごとに評定者の全ペアの一致率を算出し,その平均を各事例の一致率とした。1回目の20例の一致率の平均は0. 77(範囲0. 69~0. 83)であり,0. 8以上であったのは20例中5例であった。また,スコアリングの精度を高めるため,不一致箇所や疑問点の検討を行った。

この作業を,2度繰り返し,3回目の平均一致率は0. 80(範囲0. 74~0. 86),20例中14例で0. 8を超えたため,十分な一致率を得られたと判断した。

4)GCR

・GCR場面の設定
各世代のデータ数に偏りがあったため,最もデータ数の少ない成人後期に合わせて,各年齢群から男女各150名を無作為抽出し,GCRの設定を行うこととした。成人前期と成人中期はそれぞれ20代・30代,40代・50代と2つの年代を含んでいたため,それぞれの年代から男女75名を抽出した。

GCRの設定にあたって,まず年齢群,性別ごとに各場面のスコアリング要素の出現率を算出したが,スコアリングの出現率の傾向に大きな差異は認められなかった。このため,すべての年齢群を含めて出現率を算出し,原図版と同様に出現率35%以上を基準としてGCRを設定することとした。その結果,18場面と,P-F旧版の14場面よりも多くの場面でGCRを設定することとなった。P-F旧版のGCRと比較すると,新たに5場面でGCRが設定され,2つの場面では異なるスコアがGCRとなり,場面1ではGCRが設定されなかった。

表2 P-F第Ⅲ版のGCR設定場面と因子(カッコ内はP-F旧版のGCR)

・GCRの算出方法について
GCRの算出にあたって,P-F旧版ではGCR設定場面でU(スコア不能)があった場合は分母からUの場面数を除していたが,P-FⅢ版では,原図版と同様に,常にGCR設定場面数で除してGCRを求めることとした。これにより,標準集団の一般的な傾向との一致度を反映する指標になったと考えられる。なお,年齢群(4)×性別(2)の分散分析を行ったところ,男性のみ大学生は成人3群より平均が低く,大学生においてのみ男性のほうが女子よりも平均が低かった。

5)再検査信頼性の検討

大学生(男性55名,女性87名,計142名)を対象に再検査信頼性の検討を行った。検査の実施間隔は6か月である。スコアリング要素について,1回目と2回目の相関を求めたところ,9つのスコアリング因子はr=0. 34-0. 65,6つのカテゴリーではr=0. 37-0. 63で,比較的高い相関が得られた。また,場面別の一致率は平均48. 2%(35. 9-64. 4)で,同一の因子の約50%が再現しており,2度の調査間隔が6か月とやや長いことを考慮すると,投映法としては高い再検査信頼性があると言えるだろう。

6)今後の課題

P-F第Ⅲ版は,刺激図版や言語刺激を変更することで現代にふさわしいものとなったと考えられる。人物構成などの変更に伴い,各場面の反応にどのような変化が見られるのかを検討する必要があるだろう。P-F旧版との比較のような量的な研究だけでなく,事例研究による分析を行うことで心理臨床におけるパーソナリティ理解における影響なども明らかにすることが望まれる。

また,P-F第Ⅲ版は大学生も対象として標準化を行ったが,成人用は社会場面が中心であり,家庭や学校などの場面を含まないため,学生の対人関係やフラストレーションへの対処を理解するためにはやや使いにくいところがある。このため,高校生や大学生を対象とした学生用P-Fの作成を現在進めているところである。

文 献
  • Clarke, H. K., Rosenzweig, S. & Flemming, E. E.(1947)The reliability of the scoring of the Rosenzweig Picture-Frustration Study. Journal of Clinical Psychology, 4; 364-370.
  • 秦一士・安井知己 編著(2020)P-Fスタディ解説(2020年版).三京房.なお,2023年6月に第2版が刊行されている。
  • 林勝造・一谷彊 共監(2007)P-Fスタディ解説(2006年版).三京房.
  • 井上智義(2004)対話能力テスト開発の試み(1)—P-Fスタディをもとにした会話投映法の分析から.文化学年報,53; 125-136.
  • 田中巧(2003)P-Fスタディ(成人用)における評点の再検討—現行GCRの妥当性と信頼性.駒澤心理(駒澤大学大学院),10; 55-64.
+ 記事

秦 一士(はた・かずひこ)
甲南女子大学名誉教授
資格:臨床心理士
主な著書:『攻撃の心理学』(共編訳,北大路書房,2004),『攻撃行動とP-Fスタディ』(単訳,北大路書房,2006),『新訂P-Fスタディの理論と実際』(単著,北大路書房,2007),『P-Fスタディ アセスメント要領』(単著,北大路書房,2010),『P-Fスタディ解説(2020年版)第2版』(共編著,三京房,2023)

趣味はスポーツ観戦,落語鑑賞

+ 記事

安井知己(やすい・ともき)
甲南女子大学
資格:公認心理師,臨床心理士

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