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【特集 令和型の不登校にどう向き合うか】令和型不登校の子どもたちが教えてくれること|黒沢幸子

黒沢幸子(目白大学/KIDSカウンセリングシステム)
シンリンラボ 第3号(2023年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.3 (2023, Jun.)

はじめに:令和型不登校の背景への雑感

デジタル・ネイティブと呼ばれる世代の子どもたちは,スマホなどの端末機器を通して,時空間の隔たりなく,インターネット上のあらゆる情報を得ることができる。オンラインゲームでは,世界中の人たちと昼夜に関係なく対戦できる。成長する生物としての子どもたちの睡眠や食事のリズムなどは顧みられなくなりやすい。2019年には,世界保健機関(WHO)は,「国際疾病分類(ICD)」のなかに,ゲームの長時間利用で日常生活に明確な問題が生じ,自らの意思でやめるのが難しい状態を「ゲーム障害(ゲーム依存)」としてあらたに定めた。

加えて,ほぼ令和とともにやってきたコロナ禍は,さらに「対人距離の確保」「リアルな交流の制限」を強制し,「情報端末でつながる」ことこそが安全と安心を保障するものとなった。もちろん,情報端末でつながることができるようになったことにより,多くの恩恵がもたらされたことも事実である。

他方,つながることのできる膨大な情報は不安ももたらす。得られる情報の確かさは不透明であり,特定方向の情報をいくらでも突き詰められるため,視野狭窄に陥ることも容易である。発信する情報はデジタル・タトゥー(デジタルの入れ墨)と称されるように,一度刻印されると消し難く,また容易に拡散されてしまう。

このような社会のなかに子どもたちも学校も投げ込まれている。

不登校をめぐる令和ネット社会の功罪

[その1]男子中学生A君は,中学に入り熱心に取り組んだ運動部で大きな怪我を負い,選手として活躍する夢は宙に浮いた。当初は治療による欠席であったが,一定の回復をみてからも欠席がちで,登校しても教室には入れない日々が続いた。本人も理由はわからないという。当初,母親は本人が自殺もしかねないと動揺していたが,A君は,カウンセラーとの面接を重ねながら根気強く別室登校を続けた。何より生活リズムを崩さないことを心掛け,担任を中心に,養護教諭,主治医も彼を支えた

A君は,ある日,「弁護士や医師といった専門職など,もっとも勉強しないとなれないような職業は,これからはAIが取って代わるのではないか。本当に人間でなければできない仕事はいったいなんだろう?」と問うてきた。すぐに答えは出ず,一緒に考え続けようと話し合った。

そんな折,世界中がコロナ禍に見舞われ,登校禁止となりオンライン授業に切り替わると,彼はクラスの授業にすべて参加できるようになった。その後のマスク生活,対人接触の制限は,むしろ彼にとっては好都合な教室復帰へのリハビリとなった。順調な学校生活が戻り,カウンセラーとの面接が遠のいていたある日,彼がやってきて言った。「正解はわからないけど,僕は,カウンセリングはやはり人間でないとできないと思う」と。


[その2]思春期のセクシャルな関心などにより,密やかに二者間でやり取りしたはずの個人情報を含む画像が,不用意なことから思春期の騒々しい仲間関係の中で拡散されてしまい,罪深い出来事に発展することがある。以前から,SNSでのこころない言葉の応酬が問題視されてきたが,昨今では画像や動画による拡散も容易にできてしまう。そのようなことが影響しての不登校も垣間見るようになった。

インターネットによる多様な手段が驚くようなスピードで普及するなか,スマホなどが子どもたちの手に委ねられることによる功罪から私たちは逃れられない。思春期年齢の子どもたちの成長にとって,「生物─心理─社会」モデルのアプローチは欠かせない。睡眠(起床就寝),食事などの生物としての整えと,仲間世代とどのようにつながるのかといった心理─社会面での発達課題を乗り越えることがポイントとなろう。心を育む「つながり」を何からどのように得て成長につなげていくのかが令和時代の肝であろう。

ここで,もっとも出会うことの多い「体調不良からの不登校事例」を一例として取り上げ,そこに令和型の要因を見出しつつ,この時代の子ども達の仲間関係とともにその対応を考察したい。

「無理しなくていい」という呪文

小学6年生女子のBさんは,朝が起きられず遅刻が増え,腹痛にも見舞われるため,徐々に欠席が増えて不登校に至った。行事などで登校した日は,友達と普通に談笑して過ごし,担任教師の目からは不調の要因は見当たらない。友人関係のことなどを尋ねても「大丈夫」と答えるが,また翌日体調不良で欠席となる。学習面,家庭面でも,目立った課題は認められない。

担任は,何でも卒なくこなすBさんが,実は見えないところで「無理をしている」のかもしれないと感じ,本人には「無理をせず」体調のいいときに登校するようにと伝えている。

担任からの紹介でやってきたBさんは,「親や先生に話せないこともあるだろうから,カウンセラーのところに行ってみたら?」と言われて来たという。でも,母親にはなんでも話しているし,学校に行けないのは忙しい母親に気を遣わせて悪いと思っているという(来談も大人への気遣いってこと?)。体調について淡々と語り,母親からは「無理しなくていい」と言われているという。

母親はカウンセラーとの面接のなかで,「摂食障害」「強迫性障害」「発達障害」など,ネットで調べると娘のBさんに当てはまることがあるように思い,心配だという。Bさんは母親によく話をするほうだが,肝心なことは伏せているようにも感じるという。

母親はBさんを医療機関にも受診させ,副作用の心配のない薬が処方された。医師からは「無理をさせないで,見守るように」とのこと。
(大人はみんなBさんに「無理しなくていい」と言ってくれている。ちなみにコロナ禍でますます子どもたちは無理しなくていいことになった。たとえば少しの鼻水でも無理は禁物なのだ。最近よく出会うのは,コロナ禍の体調管理とは別に,「うちの子どもは○○が苦手なので無理させないでください。△△も嫌がるのでやめてください」といった保護者からの学校への要望がとても多いことだ。どんな「無理」が子どもの成長を阻むことになるのか。その線引きが難しい。)

ひとりで抱えなくていい

母親は,対応の正解がわからない中を模索しながら,カウンセラーとも話し合い,家庭でBさんがリラックスして楽しめることを重視しつつ,夜のゲームは制限し睡眠時間や生活リズムを崩さないように努力して対応した。

カウンセラーは,母親の心配を妥当なものと受け止めてノーマライズして,対応を労い丁寧に承認した。母親が心配するメンタルな「障害」については医師の見立ても確認しつつ,心理─社会的な視点からも共に検討し(母親から求められたこともあり),思春期理解についていくらかの心理教育を行い,母親の考えを伺った。

また,さらに,母親はBさんにとってほかに代えがたいキーパーソンだが,かといって不登校というこの事態を一人で抱えて責任を一身に受け止めなくてよいことを伝え,母親がすでに教員,医師,カウンセラーに話をしてくれていることが,本人を理解しサポートの術を共に考える味方をつくっていることにつながっていることを話すと,静かに涙ぐまれた。
(実はこのセリフ──というとなんだか技法的に聞こえてしまうが──,このスタンスは,不登校という事態を抱える担任教師に対してもカウンセラーは同様に伝えるようにしている。教師も同じである。そうやって関係者がゆるやかにつながり,皆で一緒に悩んだり小さな変化を喜んだりできるような安心感が共有されると,子ども本人の声が聞こえてくるようになると感じる。)

されど「チャム・グループ」

カウンセラーと予約がある日には登校するようになったBさん。実は小学5年生ごろから,女子グループの関係性が複雑で心労があるようだった。その背景にはSNSによる不協和音もあったことを匂わせた(ははん,やはり「チャム・グループ」が暗躍しているんだな)。

「チャム・グループ」──同質性を求め異質性を排除する同調圧力(ピア・プレッシャー)が強く働く同性同輩による仲間関係──は,従来中学1~2年生女子に顕著に表れると考えられてきたが,小学5~6年生女子も劣らずにその仲間関係の特徴をもつようになっている(黒沢・有本・森,2003,2005;ベネッセ教育研究開発センター,2010;武蔵・川村,2021)。この思春期に特徴的な仲間関係は,依存から自立へと成長するプロセスにおいて,その拠りどころを親から友達に変化させる重要な役割を果たす。仲間内だけにわかる言葉や秘密を持ち,親に打ち明けないことを仲間内で共有する。

一緒にワイワイ遊ぶ児童期の「ギャング・グループ」とは異なるわけである。コロナ禍では,ギャング・グループの体験は奪われ,LINEなどのSNSの普及は言葉や秘密の仲間内での共有にもっとも都合がよく,早くからそれが先行する。一方で「チャム・グループ」は両刃の剣にもなる。ピア・プレッシャーから話を無理に合わせたり,異質性が疎まれると巧妙に仲間外れにされたりするなど,大人にはわからない形で子どもたちの心に傷を負わせる。

既読スルーだの,即レスだの,インスタ盛り過ぎだのと,SNSが絡む「チャム・グループ」の関係を円滑にこなすのは容易なことではない。そこがこじれたら学校に行きづらくなるのは無理もない。なかにはチャム・グループから超然と距離を置いているように見える者もいるが,内心は穏やかでなく葛藤していたりもする。男子の場合も,女子の特徴とは学年差がある程度で,同様である。男子生徒からのLINEグループに関する相談も少なくない。

ともあれ,もがきながらもここから一抜けすると,「ピア・グループ」という高校生以上で形成されやすい,個を尊重した自由度の高い目的志向の仲間関係が築けるようになるわけである。

前提法の質問

さて,面接を継続する中で,Bさんは,女子グループの話をいくらか語ったが,今はもう別に構わないという。

カウンセラーも仲間関係の話は深追いせずに,「Bさんは,今,どんなことに興味があったりする? どんなことでほんの少しでもワクワクしたりするのかしら?」と聞いた。この問いかけに,Bさんの表情は緩んだ。
(子どもに対して,その「問題」だけではなく,「興味関心」や「リソース(持っている資源)」を教えてもらうのは定番の対応だろうが,ここで心がけるとよい,ちょっとしたコツがある。「ワクワクすることがある?」と聞くのではなく,「どんなことでワクワクする?」という聞き方をすることだ。その心は,前者は「ある」か「ない」かについて聞いていることになるため,「ない」と答えることも容易である。後者は,何かがきっと「ある」ことを前提として,それがどのようなものかを聞いているので,聞かれた側は,どんなことで自分はワクワクするだろうかと考え始めることになる。このような前提法の話法をも大切にしながら対話を続けていくことで,問題に彩られた語りから,子どもやクライエントが生かされる新たな語りが生みだされていく。)

令和版優等生腐女子

Bさんは,最近は2.5次元アイドルへの「推し活」がとっても楽しいのだと,活き活きと語り始めた(なんと,そうなんだ!)。家族も理解してくれているという。実は妹にも母親にも同じアイドルグループの別のメンバーに「推し」がいるという。コンサートには皆で応募して,誰が抽選に当たるか,運試しで盛り上がるのだとか。

クラスメートには,2次元好きのアニオタ,そして3次元好きのジャニオタや坂道オタクはいるけれど,まだ2.5次元好きは微妙とのこと。あとは,勉強真面目人間と,サッカーなどのガチスポーツ人種。だからって,それで学校に友達がいないとか言っているわけではないという。

Bさんは「学校には行きたい日に行く」と,口にするようになった。

「推し活」の話とともに,家族のことは好きだが自分は(たいしたことがない人間だから)家族には敵わないとの思いを,少し自虐気味に語るようにもなった。

他者の視点からの質問

「推し活」,家族,友達の話。別のクラスの女子とSNSによって一対一でつながることができ,登校していなくても一緒に遊びにも行けるようになったと嬉しそうに語る。

「その友人とはどんなふうに大丈夫なの? Bさんのどんな力がうまく発揮できているの?」「その友人から見たら,Bさんのことをどんなふうに言ってくれそうかな?」

また,家族の話が出る際には,「お母さんは,Bさんの実はここは捨てたもんじゃないのよねって,どんなところを言ってくれそうかしら?」「妹さんはBさんのどんなところを,実はカッコイイと思っているかな?」など,カウンセラーは,話の文脈に応じて,Bさん自身のことだけでなく,他者の視点から自分を眺める質問をしばしば投げかけた。そのたびに,Bさんは「え~? どうだろう……」と言いつつ,まんざらでもないことを自ら語るようになった。

そして,家族それぞれの笑えるところ(苦手,失敗)を話して爆笑するようになったころには,ケロリと朝から登校する日もあった。登校はいつも「推し活」に絡んだ善き日にもたらされた(「推し活」は,「推し」を応援することで,自分が応援されることになる。「推し」の苦労話は,どんな大人の身の上話よりも,心に響くらしい)。

小さな違いと未来の視座

カウンセラーは,Bさんとの面接の中で,時折,「で,どんなことがほんの少し違ってきたらBさんとしてはいいのかな?」と尋ね,何か大きな変化や解決を目指すのではなく,日常生活に根差した小さな違いや変化に向けてのBさんの望みや期待に焦点を当て,話題にしていった。それにより自分でできる無理のないことから,小さな達成感が得られることが感じられるようになっていった。

小学6年生も3学期になるころ,カウンセラーが,「Bさんは何歳くらいになるとカッコよく充実していそう?」と尋ねると,「17歳くらいには,ちょっとおしゃれなJKになっていたい。いや,なってるかな」と照れ笑いしながら答えた。「将来のことはまだどうしたいのか,わからないけど」とも述べた。

カウンセラーが,「じゃあ,そのおしゃれな17歳のBさんだったら,ここにいるBさんにどんなことを言ってくれそう?」と尋ねると,「まぁ,いいんじゃんって,大丈夫だよって言うかな」と笑った。

担任は,中学のことを考えると,卒業が近づく3学期にはなるべく毎日登校することを目指したほうがいいと考えていた。しかし,Bさんは,「学校には行きたい日に行く」を貫いた。カウンセラーとの会話の中では,「中学は行くよ」と話していた。

卒業に向けての重要な行事活動にはきっちり参加し,卒業式を無事に迎えた。

中学に進学後は順調に通っていると聞いている。

まとめ

Bさんの事例を通して,カウンセラーの質問ややり取りも紹介しつつ考察した。このようなやり取りは,令和型不登校だからと,特別に行っているわけではない。

この時代の子どもたちや学校教育には,子どもの育ちへの多くの課題や難しさが感じられる。諸調査によっても,コロナ禍を経ての子どもたちの課題はさまざまに報告されている。たとえば,学校行事の中止・縮小が,特に小学生の非認知能力や生活習慣にネガティブな影響を与えていること(日本財団・三菱UFJリサーチ&コンサルティング,2021),コロナ禍の3年間で「勉強する気持ちがわかない」が半数以上増え,学習意欲は低下傾向にあること(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所,2022),2021年と比べて2022年には小中学生の向社会性は改善傾向にあるが,保護者の抑うつ傾向が大きく改善されている一方で,子どもたちの抑うつには改善が見られず注意が必要とされること(国立成育医療研究センター,2023)などからもうかがえる。ただし,データを丁寧に見れば,そのようななかでも,非認知能力が落ちなかった者,学習意欲を高めた者もいることがわかる。どうすることが役に立つのかについてのこの時代に合ったヒントは,視点を変えれば導くことができよう。

いずれにしても,子どもたちはその中に生まれ,その中で生き,ほかに代替する時代の選択肢はない。この時代の中で成長する子どもたちに対して,理解を怠らずに,丁寧な対話を心掛け,少しでも有益な環境づくりを行う責任が私たちにあるのだろうと思う。

カウンセリングはAIにはできない仕事だと,デジタル・ネイティブのA君が教えてくれた。A君やBさんこそが,カウンセリングには希望が宿ることを,身をもって知っているのだろう。それを心に刻んで,また令和型不登校の子どもたちに教えを請おう。

(※A君,Bさんの事例に関して,本質を損なわない範囲での改変と複数事例の統合を施していることをお断りします。)

文  献
+ 記事

黒沢幸子 (くろさわ・さちこ)
目白大学心理学部心理カウンセリング学科/KIDSカウンセリングシステム
公認心理師・臨床心理士

得意領域:学校臨床心理学,ブリーフセラピー,児童思春期青年期心理臨床/家族療法
こんな私(臨床スタイル):
①意外とまじめなのに,まじめに考えると面白くないなぁ,煮詰まるなぁと思い,まじめに考えないようにまじめにやっている気がする。
そうすると,思わぬところから,「そっか~!」というような救いの何かが降りてくる。日々これ頼みの臨床と生活。
②沖縄では「豚は鳴き声以外はすべて食する」といわれるそうだ。ならば,臨床では,鳴き声までも食して(活かして)いこう,ほととぎす。

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