稲垣貴彦(医療法人明和会琵琶湖病院/滋賀医科大学)
シンリンラボ 第3号(2023年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.3 (2023, Jun.)
1.はじめに
日本国憲法はその第二十六条とその第二項で,教育を受ける権利と受けさせる義務について,「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は,これを無償とする」と定めている(日本国憲法:1946)。従って不登校の児童・生徒を支援するにあたってのゴールとは,不登校の児童・生徒が,ほかの児童・生徒と等しく普通教育を受けるようになることである。
1)医療は不登校の児童・生徒に対する支援の蚊帳の外
医療は不登校の児童・生徒への対応が苦手である。
文部科学省は不登校児童・生徒の定義を「何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にあるもの。ただし病気や経済的理由,新型コロナウイルスの感染回避によるものを除く」としている(文部科学省,2022)。つまり不登校の児童・生徒は基本的に医療を受診していない。
また,2021年度の小・中学校における長期欠席者数は413,750人(前年度287,747人+126,003人),うち不登校児童・生徒数は244,940人(前年度196,127人+48,813人,在籍生徒の2.6%)になるが,そのうち医療機関を受診した者は34,283人(全不登校児童生徒の14%)に過ぎない(文部科学省,2022)。
不登校の児童・生徒に対する支援において,残念ながら医療は蚊帳の外である。
2)医療を蚊帳の内に入れるには
では医療をもっと活用すれば不登校の児童・生徒に対する支援をより充実させることができるのか。残念ながら,それは単純には現実的と言えない。子どものこころ専門医は2023年4月23日現在で698名しかおらず(一般社団法人子どものこころ専門医機構,2023a),不登校の児童・生徒すべてを支援するには到底足らない。医療を有効活用するためにはトリアージが必要である。学校や福祉などの関連機関との連携の在り方の検討が必要であるが,厚生労働省が主宰する「子どもの心の診療ネットワーク(子どもの心の診療ネットワーク事業,2023)」などの取り組みはあるものの,不登校に関して効果を発揮しているとは言えないのが現状と言えよう。
医療と関連機関の連携のためには,不登校の児童・生徒に対する支援における医療の機能と役割を理解していただき,関連機関で可能なことについては関連機関に担っていただく必要があり,通常の医療連携とは違う役割分担の構築が重要である。
医療と関連機関が良好な連携を築く礎になるよう,不登校の児童・生徒に対する支援における医療の機能と役割について概説する。
2.不登校の児童・生徒を支える医療とは
日本の子どものこころの診療は,以前から,こころの問題をサブスペシャリティとする小児科医と,児童思春期をサブスペシャリティとする精神科医によって担われてきた。その歴史的背景に鑑み,小児科専門医と精神科専門医の双方を基盤領域とするサブスペシャリティ専門医として,2015年に子どものこころ専門医が設立された(一般社団法人子どものこころ専門医機構,2023b)。これに加えて家庭医療の専門分野も確立されつつあり,不登校の児童・生徒を支える医療分野は多岐にわたるようになってきた。著者は精神医療分野で活動しており,以下は精神医療の立場で記載する。
3.不登校の児童・生徒に対する支援における精神医療の機能
不登校の児童・生徒に対する支援における精神医療の機能について解説する。医療の機能は,診断と治療計画の策定,療養環境の調整を含む治療の遂行の二つに大きく分類できる。
1)診断と治療計画の策定
目の前の不登校の児童・生徒が,過去のどの児童・生徒と似ているのかを判断し,その児童・生徒に効果的だった治療を目の前の児童・生徒に適用する。
「どのように似ているか」について,かつてはその児童・生徒の体験に着目し,問題が生じた脈絡を分析する,説明精神病理学が用いられていた。しかしこの手法は,同じ児童・生徒を診ても,診る医師によってまるで判断が変わることが常だった。例えば,ある医師は父親の振る舞いが原因と言い,別の医師は母親の振る舞いが原因と言う,といった具合である。そういった判断に基づいた治療が奏功することは残念ながら少なかった。
現在は問題の内容と過程を分析する記述精神病理学が主流であり,これに基づいた診断名が通常用いられる。過去の児童・生徒は診断名のもとに分類されており,治療に関する知識も診断名のもとに蓄積されている。これをエビデンスという。目の前の児童・生徒に診断名をつけ,エビデンスに照らし合わせ,周辺情報も加味して治療計画を策定する。
2)療養環境の調整を含む治療① 療養環境の調整
診断名は問題の内容と過程に従って付与され,原因に関しては不問である。原因への言及があるのは,今日の代表的な診断法であるDSM-5における「心的外傷およびストレス因関連障害群」だけである。ストレスが問題の明らかな原因になっていると示すためには,心的外傷や虐待関連のものを除き,原因が取り除かれれば速やかに問題が解消しなくてはならない。
原因と思われた要因を取り除いても不登校が解消しないことは数多く,環境調整の多くは,主に,不登校の解消ではなく,本人の療養生活を支えるうえで,適切な休養を取らせたり,不必要な精神的廃用注1)を予防したりするために用いる。
注1)精神障害・精神疾患のために真っ当な社会生活から長期間遠ざかることにより,正常な成長発達が得られなかったり,社会機能が低下してしまったりすること。
家庭環境の調整は,不登校の児童・生徒が大半の時間を家庭で過ごすため,重要である。心理教育は欠かせない。リソースを分析し活用を促し,疲弊した家族をエンパワメントする。
学校での環境調整は,不登校の児童・生徒がいざ登校したときに,登校を継続しようと思える環境を整えるため,重要である。リソースを分析し活用を促すが,労務過多の学校スタッフが疲弊していることも多いだろう。学校スタッフをエンパワメントすることも重要である。残念ながら医療現場からはここまで手が回らないことも多い。
3)療養環境の調整を含む治療② 心理療法
児童・生徒の精神科臨床において,成人と比べ薬物療法が奏功する可能性は低い。心理療法が主軸を担う。
まず,療養の主体となる本人の心理教育を行う。病名を告知しそれに基づく治療計画を伝え,主体的にそれに取り組めるよう促す。児童・生徒の同意(アセント)能力は小学校中学年から発達しはじめ,中学生になると成人とかなり同等にまで発達していると考えられている(岡田ら,2018)。
次に診断名に基づき効果が確認された,体系的な心理療法を用いる。効果が確認できていない心理療法を用いることは倫理的に許容されない。体系的な心理療法を研修する場は限られており,認定資格制度も十分には発達していない。医療において体系的な心理療法を医師が担当している機関は,人手が不足しているために極めて少ない。ほとんどは心理師が担当しているようだが,医療では心理師による心理療法が保険算定されず,収益につながらないため敬遠される傾向にある。これらの事情から,認定資格を保有する心理師は医療とは別に私設カウンセリングルームを開業する傾向もあり,医療に体系的な心理療法の質を求めるのは今後難しいかもしれない。
4)療養環境の調整を含む治療③ 薬物療法
児童思春期における数ある精神障害の治療において,薬物療法が必須とされるのは統合失調症と双極性障害だけである。ほかの多くの精神障害は有効な心理療法が開発されている。統合失調症や双極性障害以外にも,心理療法が病勢のために困難な場合も薬物療法の適応となる。薬物療法は成人と比べ効果が得られにくいことと,一旦開始すると終了の指針が立たないデメリットがあり,心理療法の後塵を拝する。
しかし,薬物療法は医療以外では実施できない。このため薬物療法の取り扱いは,医療と関連機関との連携を検討するうえで肝になる。これについては後述する。
4.不登校の児童・生徒に対する支援における精神医療の役割
不登校の児童・生徒に対する支援における精神医療の機能について説明したが,このうち医師資格が必要なのは薬物療法だけである。精神科診断においては,特に児童思春期においては,精神症状を来すような身体疾患の頻度が少なく,生物学的検査の重要性が少ない。診断のほとんどが問診による問題の内容と過程の把握に依拠しており,医師資格を必要としない(ただし診断書は医師でなければ書けない)。訓練を専門的に受けている点において,精神科医は診断に長けている可能性が高いが,逆に言えば訓練を受ければ支援者は誰でも診断が可能である。治療計画の策定も,診断をもとにエビデンスに照らし合わせ周辺情報を加味するのであり,医師資格を必要としない。いわんや心理療法をや,である。心理師は各関連機関にも配置されている。特に心理師は心理療法を実施するにあたっての計画策定の訓練も受けている。
次に,医療を必要とする状況について概説する。
1)安全確保
不登校の児童・生徒に自傷や暴力などの他害行為が認められる場合,安全確保のための家庭の機能は崩壊しており,特段の対処が必要になる。入院の検討が必要であり,精神保健福祉法と医療法の規定により,医療の中でも特に精神医療が必要になる。
2)治療のマネジメント
治療支援計画の策定に関するスーパーバイズは医療の大きな役割のひとつである。支援がうまくいかない場合,診断(見立て)の確認と支援の適正化を医療に委ねることは考えうる。この場合必ずしも継続診療は必要なく,必要に応じて受診しスーパーバイズを受ければ十分なこともある。
3)薬物療法
薬物療法は医療機関でしか実施できない。
5.不登校の児童・生徒を支援するにあたって,精神医療活用の提案
不登校は,学校や家庭といった医療以外の場で気付かれる。その後福祉を経て,あるいは直接,医療につながる。医療にしかできないことは実は限られていて,医療で行われる多くの支援が実は関連機関でも可能である。不登校の児童・生徒が医療につながった場合の教室復帰率は悲観すべきものではない(稲垣,2016)。医療と関連機関で役割をシェアすることにより,不登校の児童・生徒が復帰する割合が増加し,ひいては関連機関の負担も軽減することが期待される。
1)緊急介入の必要性を見落とさない
自傷や暴力を認める事例において,速やかに精神医療につなげられる必要があるのは言うまでもない。同時に,自殺念慮の存在に気づいた場合も速やかに精神医療につなげる必要がある。
2)統合失調症と双極性障害を見落とさない① 精神病症状に気づく
精神病症状を見落とさないよう注意する。幻聴「誰もいないのに声が聞こえてくることはないか」,思考吹入「自分が考えているのを邪魔して外から考えが入ってくることはないか」,考想伝播「考えていることが外に漏れて行って勝手に伝わることはないか」,考想化声「考えていることが声になって頭の中を回ることはないか」,作為体験「体が思っていることと違うことをすることはないか」,妄想「自分の言っていることを誰も信じてくれない体験はないか」。これらの質問は有用であり,一つでも認めるなら医療受診につなげるのがよい。
3)統合失調症と双極性障害を見落とさない② 躁病・軽躁病エピソードに気づく
次に(軽)躁病エピソードを見落とさないよう注意する。やたら上機嫌なこともあるが,やたら怒りっぽい時もある。睡眠をとるのを嫌がったり,やたらしゃべったり,やたら活動的になったり,物欲が亢進するなど無分別な快楽欲求があったりする場合は医療受診につなげるのがよい。
4)統合失調症と双極性障害を見落とさない③ 躁転リスクを知る
抑うつエピソードを呈した児童・生徒がその後躁転する,つまり双極性障害に診断変更される割合は,平均で28.3%(多い統計では49%)であった(Uchidaら,2015)。気分障害の家族歴,閾値以下の軽躁病エピソード,感情調節障害,行動調節障害,精神病症状,それぞれの存在は躁転リスクを高めることが知られている(Uchidaら,2015)。特に精神病症状は,それが無ければ躁転することはほとんどないと言われており(Uchidaら,2015),これらのリスク要因を認める場合は医療受診に繋げるのが良い。
5)回復しない時に先送りしない
支援がうまくいかない時に医療にスーパーバイズを求めるのは有効な一手である。児童思春期を担当する精神医療機関の多くは3カ月以上の待機期間を有しているので,支援開始と並行して医療機関への予約を押さえるのが得策だろう。
6.おわりに
医療,主に精神医療の立場から,不登校の児童・生徒を支える医療の機能と医療にしか担えない役割を解説し,関連機関が精神医療と連携する際のポイントについて概説した。
不登校の児童・生徒は,別室登校などの予備軍も含めると膨大な数に上り,特定の誰かが支援したのでは到底マンパワーが足らない。学校,福祉,医療,これに当事者家庭を含め,総力戦を展開する必要があり,そのためには各機関の間で良好な連携,良好な役割分担をしていく必要がある。
残念ながら現在のところ医療は不登校の児童・生徒に対する支援にあまり役立てられていない。医療を役立てるために,本稿が良い道標になることを願う。
文 献
- 稲垣貴彦(2016)市民に治療成績を開示する意義─実際に治療成績を開示してみる.日本社会精神医学会雑誌,25; 52-57.
- 子どもの心の診療ネットワーク事業(2023)子どもの心の診療ネットワーク事業.https://kokoro.ncchd.go.jp/
- 子どものこころ専門医機構(2023a)専門医一覧.https://kks-kokoro.jp/general/doctor_list_1
- 子どものこころ専門医機構(2023b)子どものこころ専門医とは.https://kks-kokoro.jp/general/index
- 文部科学省(2022)令和3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について.https://www.mext.go.jp/content/20221021-mxt_jidou02-100002753_1.pdf
- 日本国憲法.https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm
- 岡田俊・森川真子(2018)児童・青年期精神疾患患者へのインフォームド・アセント.In:中村和彦編:児童・青年期精神疾患の薬物治療ガイドライン.じほう,pp.269-280.
- Uchida, M., Serra, G., Zayas, L., et al.(2015)Can manic switches be predicted in pediatric major depression? A systematic literature review. Journal of Affective Disorder, 172; 300-306.
稲垣貴彦(いながき・たかひこ)
所属:医療法人明和会琵琶湖病院思春期青年期治療部 / 滋賀医科大学精神医学講座
資格:精神科専門医、精神保健指定医、子どものこころ専門医ほか
社会貢献:
近畿児童青年精神保健懇話会 代表世話人
IACAPAPテキストブック翻訳委員会 委員長
Associated Editor, IACAPAP e-Textbook version 1.0
Associated Editor, Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health
滋賀子どもの心の診療ネットワーク 代表幹事
Editorial Board Member, IACAPAP E-Textbook version 2.0
など