黒沢幸子(目白大学/KIDSカウンセリングシステム)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)
1.臨床の学びの好機
うまくなりたい気持ち
臨床がもっとうまくなりたい!
今まさに切実にそう思っている皆さん,素敵だと思います。
これこそがよいチャンスです。
ご存知ですよね?「チャンスの神様は前髪しかない」─この言葉がもたらす神話的啓示は,好機を逃さずに掴むことの重要性を物語っています。(カイロスの前髪を象徴としたギリシャ神話。カイロスは機会の意味)
臨床がもっとうまくなりたい! と思ったら,それが好機です。皆さんのその好機に,1年間をかけて応えたいと思います。
ブリーフセラピーは,臨床が(きっと)うまくなる(ことに役立つ)ものの見方・考え方,実践的な対話技法をもっていると思っています。そして,実はさらに人間の持つ可能性,対話の意味と価値などについて,教えてくれるものにもなると思っています。
今まで学んだことが通用しない
若手の皆さんは,心理臨床家として資格を取得して,臨床の現場に放り込まれ,大学や大学院で学んだことがおいそれと通用しない現実に突き当たる……。そして,なんとか数年を過ごし(首が回り始め)たころ……。このままではどうなのかなーという思いが湧く。
クライエントにもうちょっとなんとかできなかったのかな,という後味の悪さを感じる。聴いてくれるけど何も変わらないよね,という言葉が聞こえてくる。心理療法パッケージ優先になって(それにしがみついて)いるんじゃないか,クライエントのニーズが見えてない,来談がフェードアウト,継続しても代り映えがしない,先生方や家族から頼りにされず役に立てていない……,と感じてしまう。
臨床がうまくなりたい気持ち,若手の時はなおさらです。それは自分の臨床を客観視できるようになってきた証です。
こんな時期,チャンスの神様到来! でも,通り過ぎたら手に入れそびれてしまいます。
ここは是非少し奮起して学んでいきましょう。もとい,奮起して肩に力を入れるのはよろしくありません。連載なんて定期的にやって来ますから,まずは楽な気持ちで。
なるほど~,それもありか~
「あ~,なるほどねー」と,自分の固かった頭の枠組みがちょっと緩んだり,「そういうのもありか~」と,いつもと少し異なるところ(なじみの店ではないところ)からやってくる視点や発想(味や調理法)を知ったり,「これなら,今度あのクライエントさんにちょっと活かしてみようかな~」と具体的な場面に向けてやる気が出たり……。これがチャンスを活かした学び方です。
そして「これは意外とやれていたんだ」と,自分のやれているところを押さえていくことも大切です。信頼に足る適切な参照枠を使いつつ(だからもちろん独りよがりではなく),自分のできているところ,これからも活かしていくといいところもしっかり知っておくことです。
自分のできていることから自信はついていきますし,自分の強み(使える持ち味)を活かさなければ,出会ったクライエントにも申し訳ないです(誰でも適切な自信と持ち味の強みを活かしたセラピストに担当してほしいはずでしょ)。
こなせているけれど,うまくなっていない?
中堅と言われる皆さんは,現場で十分動けるようになり公私ともに多忙な日々を過ごすなか,それなりに臨床をやり続けている。でも……。こんな感じでいいんだろうか……。
「こなせているけれど,うまくなっているかは別だ」
何人もの中堅のセラピストの方々から,このセリフを聞いています。心の奥からこのセリフが湧き上がってきたとき,中堅ならではの自分の臨床へのちょっと厳しいまなざしが向けられ,さらに臨床がうまくなりたい気持ちが頭をもたげます。あるいは,臨床の面白さもわかってきているからこそ,もっと飛躍したい気持ちが強くなります。
ここにもまたチャンスの神様が再来! ここは心理臨床家のキャリアからみてもまさに好機,ビックチャンスでしょう。
私自身はこの時期の好機に(当時は好機とは思わなかったはずですが),模索するなかブリーフセラピーに出会いました。
今でも出会えてよかったと思っています(そうでなきゃ,連載なんてしないでしょうよ! と,ひとり突っ込み)。
では,この連載の題名にある「浅くて深いブリーフセラピー」っていうのは,そもそもどういうわけなのでしょうか?
そこがブリーフセラピーの肝なので,おいおい詳しくお伝えしていきたいと思っています(オイオイ! 先延ばしで逃げるつもりかい!?)
それでは,まずは少しずつお話しします(もったいぶってるなー)。
図1 臨床における若手と中堅のピンチとチャンス
2.ブリーフセラピーは浅い
ブリーフセラピーは浅い
ブリーフセラピーは浅い! ですって!? そうです,そうなんです(別に自虐ネタでいこうというわけではないのですが)。
ブリーフセラピーが視野に入っていない(敬遠以前の)心理臨床家は,なんだか短期(ブリーフ)っていうことを標榜していること自体が結局浅い面接に感じられるし,今まで大学院等の心理臨床のオリエンテーションで出会うこともなかった。だから,あえて近づく理由も必要性も感じられないということでしょう。
また,ブリーフセラピーを視野に入れていない心理臨床家のなかには,むしろ敬遠している方もいらっしゃるでしょう。どこかで耳にした奇妙な質問(たとえばミラクル・クエスチョン)や原因を扱わないセラピーといった印象などから,「チャラそう,ないわ~」とスルーされていてもおかしくありません。(すでにここまでの書き方だけで,ほら,やっぱり軽いと,見放されつつあるかもしれません。何卒篤い慈悲のお心でしばしお付き合いください。)(なぜなら,かつて私もむしろ敬遠組だったからです。)
ブリーフの短期とは
さて,ブリーフセラピーでいう短期とは,クライエントに役立つ面接をすれば結果的に短期に良い変化や回復が認められるという意味です。それを目指して努力を怠らず実践から学ぶ姿勢をもつことを重視しているのです。(ブリーフセラピストが短気だという俗説については,コメントを控えさせていただきます)
さらにいえば,コストには,時間(所要時間・回数等)だけでなく,経済的なもの(料金・予算等)や労力(エネルギーや段取り;子供を預ける等)なども含まれます。ブリーフセラピーでは,この意味でのコストが,できるだけクライエント・フレンドリーでリーズナブルなものであることを大切にしているのです。その姿勢が,クライエントを尊重し守ることにもつながると考えているわけです。
コスパ,タイパに配慮をもつことは心理臨床とは相容れないと思いますか。
表層に留まれ
ブリーフセラピーが浅いという印象を持たれがちであることを否定しません。それは脚色されたイメージもあるかもしれませんが,むしろ考え方によっては,あえて浅いところに留まることを重視することも事実だからです。
いわば表層的なこと,つまりクライエントが話した言葉をまずそのままに丁寧に受け止め,勝手な解釈や変換をせずに,その言葉を尊重して,その言葉を用いてクライエントに尋ねたり,クライエントのことを教えてもらったりするのです。
解決志向ブリーフセラピーの創始者たちは,“Stay surface!(表層に留まりなさい)”とも言っています。
これは,どれほど多くのクライエントが,専門家側の理屈や解釈によって,自分の本当の想いや願い,もてる力に光を当てられず,自らの願いや力について気づいたり,使ったり,実現したりする機会を奪われていくか,それにより傷ついていくかについて,重く受け止め,それとは違うやり方のもつクライエントへの確かな貢献に目を向けているのです。
食わず嫌いなだけかも
臨床がうまくなりたいと思っているのだけれども……。
短期,浅い,軽い,チャラいといったイメージなどからブリーフセラピーを視野に入れていない,または敬遠しているセラピストの方々には,ブリーフ(短期)の意図,浅いということの真の意味などを理解してもらい,そんなに悪くない使えるセラピーもあるんだと,毛嫌いせずにうまく利用してもらえればと思います。
食わず嫌いではなく,ちょっとおいしそうなところから少しかじってみていただけるといいと思っています。意外にも汎用性が高く,多様な臨床場面で役立てられることがわかってもらえるだろうと思います。
ブリーフセラピーを知るほどに,実は毛嫌いしていたそのイメージとは真逆と言えるほど,地道で丁寧な対話を,クライエントを信頼して根気強く展開してくものであることと,その有用性に気づいていただけるものと思います。
3.ブリーフセラピーは深い
ブリーフセラピーの4つのE
ブリーフセラピーはその特徴をいくつかのEで言い表されることがあります。まず,4つのEでは,Effective(効果的),Efficient(効率的),Esthetic(魅力的),Ethical(倫理的)が挙げられています。また,クライエントの払う負担(コスト)に配慮する姿勢からEconomical(経済性)のEを入れる発想もあります。私は,解決志向ブリーフセラピーの質問展開についてしばしば形容されるElegant(気品・優美)を入れたいと思っています。
どうでしょうか。この4つのEをまとうブリーフセラピー,決して浅くはないでしょう(浅いと言ったり,浅くないと言ったり,どっちやねん!)。
浅いことが浅くないことになる……。意味深いですねー(今度は,深いんかい!?)。
図2 ブリーフセラピーの4つのE
ブリーフセラピーに手を出したものの
先程の方々と異なりブリーフセラピーを視野に入れてみたセラピストの皆さんの中には,“役に立つことが売り”のブリーフセラピーに自分から興味をもって,かじったり手を出したりしてみたものの……。
発想の前提のスタンスにつまづいたり,技法の強要のようなことになったりして,やっぱりそんなにうまくはいかないと,ブリーフセラピーを誤解して,捨てよう,活かさずに放っておこう,忘れようとしている人……。惜しいことにけっこういらっしゃるのではないかと思います(クーッ,残念!)。
せっかくセラピストの嗅覚で,ブリーフセラピーにどこか魅かれて,手を染めようとされたのに,早々に足を洗おうとしてしまわないでください(これって,なんかヤバい奴の表現ですね,やはりブリーフセラピーってアウトローを気取りたいのかしらん)。
ブリーフセラピー,言うほど使えなーい,なんて思ってしまった皆さんの誤解を是非解いて,活かしていただけるようにしていきたいと切に願っております。そのための連載でもあります。
せっかく期待してこちらのお店に訪れてくれたのに,ちょっと目新しい料理をいくつか食するに留まり,常客になるほどのお味のよさ(役立ち感)を見出せなかったりさせてしまったのでしょう。
常連さんにも一見さんにも皆さんに愛されるお店は,丁寧な仕込みと素材を生かした飽きのこない味,リーズナブルなお得感,誠実で温かい応対と清潔な環境……。これって,まさにブリーフセラピーの姿なんです。(そうか,なかなか深い話だな~,なんて思わずつぶやいていただけたら,ウレシイ)
図3 ブリーフセラピーとの関係の組分け
ブリーフセラピーは深い
ブリーフセラピーを長く実践している方々ほど,ブリーフセラピーは深い,当初思っていたよりも,やればやるほどその深さを知るといったことをよく言われます。
解決志向ブリーフセラピーについて,その創始者のスティーブ・デ・シャザーSteave de Shazerらは,“Simple is not easy. ”と述べています。シンプルである(無駄がない)けれども安易ではないというわけです。ハードルを上げるつもりはないのですが,お気楽で簡単なものではないのです。
面接の中で,クライエントが語った一言一句について,こちらがどのように返答して対話を続けていくのか,何に焦点を当てて展開していくのかによって,クライエントの語りは変わり,認識が変わり,感情や行動が変わっていきます。それが自分についての理解を変えていきます。
セラピストの理解を超えて,クライエントが自分を見出して,自身が望むありたい姿を手に入れていく……。そのプロセスからは,人間のもつ力の意味深さ,その深い尊厳を教えられます。
“Believing is seeing”(信じていれば見えてくる)
このような面接のプロセスは必ずしも一直線には進まず,忍耐強くともに居て行きつ戻りつしながら問いを投げかけ,その声を聞き続けて教えてもらうことになります。
その進め方は“One behind lead”(一歩後ろから導く)と表現されます。
普通に考えたら,足がもつれそうな不思議な表現ですが,このニュアンスもなかなかに深いですよね。
また,“Believing is seeing”(信じていれば見えてくる)と表現されるクライエントに向き合う姿勢は,解決志向ブリーフセラピーの根幹になるものです。私もとても大事にしています。
ことわざでは,本来はその逆の“Seeing is believing”(見れば信じられる:百聞は一見に如かず)です。しかし,“Believing is seeing”(信じていれば見えてくる)という姿勢をもってセラピーに臨み対話をしていくことによって,クライエントの力が深く豊かに引き出されていきます。これはセラピーの深さを導く合言葉です。
“Believing is seeing”(信じていれば見えてくる)の前提と姿勢があるからこそ,“One behind lead”(一歩後ろから導く)が行いうるのです。
図4 ブリ―セラピーの浅いと深い
4.浅くて深いブリーフセラピー
役立たなければ意味がない
ここまで少しずつお話ししてきたことは,追い追いしっかりお伝えしていきますが,そんなわけで「浅くて深いブリーフセラピー」なのです。
ブリーフセラピーって,浅いんじゃないかしら? それも上等!
ブリーフセラピーって,意外と深いのねー! 驚かせてごめん,そうも言えるのよ!
ブリーフセラピーって,役に立たなきゃ意味ないわよね! ご名答!
もちろん臨床がうまくなるために,ブリーフセラピー以外のものがたくさん役立つでしょう。ただ,私が(多くの方々と)実践して,研究して,たくさん研修もさせていただいて,そしてなによりクライエントから教えられていることから,お伝えできることが,ブリーフセラピーなのです。
ブリーフセラピーなんて,全く無縁
少しだけ私自身の駆け出しから中堅の頃のお話をしましょう。
臨床心理学の盛んな大学・大学院でオーソドックスな心理療法諸派をみっちりと教えられ,まずは精神科単科病院に赴いた私は,少なからずのリアリティショックを受けながら,インテイク,作業療法,主に思春期の方々との面接,ワーカーのような役割などを,主治医らのスーパーバイズを受けながら,担当していました。
ビギナーズラックの手ごたえも得られるなか,チーム医療に守られてこそでしたが,臨床の魅力を知り始めた時期でした。描画を中心としたアートセラピー,対象は思春期,この辺りが当時の私の関心事でしたが,今でも自分の一つの骨格になっています。
その後クリニックでは,多種多様な患者さんとお会いし,難しさや大変さを実感することで,さまざまな勉強会,研修会などに参加していました。それでも,ブリーフセラピーなどとは全く無縁でした。聞いたこともないし,存在も知らない……。何それ?
役立ちそうだけど,なんだか怪しい
そんな経験を経つつ,臨床心理士の資格ができて,まだ耕されていない学校臨床や産業臨床の現場に入りました。スクールカウンセラーとしては,文部省による「SC活用調査研究委託事業」の第1期生となります。この頃はいわば中堅になっており,公私ともに常に時間に追われるような生活をしながら,学校臨床にも産業臨床にも,もっとしっくりくるものはないものかな……。クライエントや現場を活かしながら,皆で連携したり協働したりすることに役立ち,病理を探るのではなく前を向いて歩めるような……。面接の効果性が高く効率も悪くない,何かそんなモデルがあってもいいのにと,漠然と考えていました。
この頃,さまざまアンテナを張っていくなかで,ブリーフセラピーという言葉を知りましたが,『ブリーフセラピー入門』(宮田敬一編,1994年,金剛出版)を読んでも,当時の私の頭にはうまく入ってこない(故宮田先生,ごめんなさい!)。
またブリーフセラピーを実践している方々と学会等で知り合っていくのですが,発想が柔軟で面白い方が多かったし,事例の話などを伺うと成果をしっかり出されている。ですが,ちょっと癖強というか,どこか怪しいというか,まねできないというか。
当初はそんな印象がぬぐえず,興味を抱きつつも,まだ距離を取っていました。
徐々に学会やセミナーに参加し,良い仲間を通してブリーフセラピーの魅力や有用性の理解が深まり,何より自分が実践してみての手ごたえが段違いにありました。学校臨床や産業臨床に,また個人臨床にも安全に役立つ活路を見出しました。
ブリーフセラピストなんて,もってのほか
それでも,ブリーフセラピストと呼ばれるなんて,もってのほかという思いでした。
言い訳としては,ブリーフセラピストに限らず,日本の臨床心理学の草分けの一人である恩師(霜山徳爾教授)から,「~ian,~istになるな,一度は特定のものにコミットしても,自分の臨床をつくれ」と薫陶を受けてきたからです。
当時なら,フロイディアン,ユンギアン,ロジャーリアン,スキナリアン,ビヘイビアリスト等々。
この薫陶は,どれか一つを正しいと妄信せずに,クライエントに役立つ心理臨床を広く柔軟に実践していくことをよしとする姿勢を持たせてくれ,結果的にブリーフセラピーを敬遠しきることなく理解していけたのだと思います(霜山先生に感謝!)。
この連載では,ブリーフセラピーの「ここは押さえておきたいの章」「こんなふうに活かせますの章」「ここがコツ,そこがミソの章」「疑問・誤解・つまずきに答えますの章」などの括りを意識しつつ,事例や対話の逐語も盛り込んで,進めていきます。
まずは,流派を問わずブリーフセラピーに共通する姿勢や知識,その源流(ルーツ)となっている臨床の智にさかのぼります。そこから,ブリーフセラピーの代名詞でもある解決志向ブリーフセラピー(Solution Focused Brief Therapy)に焦点を当てていきます。臨床がうまくなりたい,皆さんとともに。
黒沢幸子 (くろさわ・さちこ)
目白大学心理学部心理カウンセリング学科/KIDSカウンセリングシステム
公認心理師・臨床心理士
得意領域:学校臨床心理学,ブリーフセラピー,児童思春期青年期心理臨床/家族療法
日本心理臨床学会,日本ブリーフサイコセラピー学会,日本コミュニティ心理学会等の理事や委員を務める。日本ブリーフサイコセラピー学会学会賞(13号)
内閣官房の依存症対策関連の会議や自治体のいじめ問題関連の協議会等の委員,教育センター,少年鑑別所,児童相談所等のスーパーバイザーや研修講師等を務める。
心理相談援助職向けのブリーフセラピー等の研修歴は25年余に渡る(KIDSカウンセリングシステム)。