長行司研太(佛教大学)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)
1.ゲームを通して健康に?
ゲームは娯楽のひとつとして,今やすっかり多くの人の生活に溶け込んでいる。しかし,ゲームを長時間プレイすることでの心身への影響,生活面への影響を心配し,ゲーム=健康に悪い,というイメージを持つ人も少なからずいるだろう。実際に,「ゲーム依存」「ゲーム障害」といった言葉がメディアに取り上げられることも年々増加している。
そのような中で,ゲーム内での体験を通して脳を活性化させたり運動したりできる,健康に焦点を当てたゲームソフトが長年に渡り数多く発売されていることをご存じだろうか。
脳トレブームを巻き起こした『脳を鍛える大人のDSトレーニング』(2005年発売のニンテンドーDS用ソフト)や,専用のリング型コントローラを用いて冒険しながら楽しくフィットネスを続けることができる『リングフィットアドベンチャー』(2019年発売のNintendo Switch用ソフト)といったゲームは,発売当時メディアでも広く取り上げられていた。
また,大人気ゲーム『ポケットモンスター』を題材にした,スマートフォン向け位置情報ゲームアプリ『ポケモンGO』(正式な表記は『Pokémon GO』)は,2016年に配信が開始され社会現象にもなった。このゲームでは,ポケモンを見つけて捕まえるには現実世界を歩き回る必要があるため,自然と外出し歩く機会が増える。その結果,楽しみながら健康度を高めることが可能となっている。
こうした目的や手段が自然と心身の健康に寄与するデザインとなっているゲームたちに,2023年新たにひとつのゲームが加わった。『ポケモンスリープ』(正式な表記は『Pokémon Sleep』)というそのゲームは,その名の通り,「睡眠」に焦点を当てたゲームである。ではこのゲームは我々の睡眠やコミュニケーションに何をもたらすのであろうか。
2.『ポケモンスリープ』による眠りのゲーム化
『ポケモンスリープ』は2023年に配信が開始されたスマートフォン向け睡眠ゲームアプリである。前述の『ポケモンGO』と同じく,大人気ゲーム『ポケットモンスター』を題材にしており,ポケモンたちの寝顔を集めることを目的としたゲームとなっている。
ただこれはあくまでゲーム内における目的であって,開発者によると『ポケモンスリープ』は「“睡眠のエンターテインメント化”を通じて,睡眠をより充実したものにする」目的で開発されたものである※1)。このゲームをプレイすること自体をよりよい睡眠のための手段と考えるならば,これまでゲームとは無縁だった人もこのアプリを活用して,自らの健康に意識を向けるきっかけにすることが可能であろう。さらには,後述するが,子どもと共通言語を持てるようになり,ゲームの楽しさを知って子どものことをより理解できるようになる可能性もある。
※1)『ポケモンスリープ』開発担当者に聞いた 開発秘話や“睡眠のエンターテインメント化”の狙い(日テレNEWS)—Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/articles/007f7857f2bcd16694cc3c1ee4822cf9cdbb43b0
このゲーム自体はいたってシンプルで,ゲームを起動し枕元にスマートフォンを置いて寝ることで睡眠時間の規則正しさと長さが測定される。その測定結果によって,さまざまなポケモンが出現し,それらを捕まえながら,「カビゴン」という丸くて大きなポケモンに木の実を与えて大きく育てていく。カビゴンが育つほど,より多くのポケモンも集まりやすくなる,というものである。
さまざまなポケモンを集め,育てる楽しさは,ゲーム『ポケットモンスター』が本来持っている育成ゲーム的要素だが,このゲームではポケモンを集めるためにも育てるためにも,なるべく長い時間眠らなければならない。このように,眠るためのモチベーションにうまくポケモンが組み合わされていて,楽しみながら睡眠への意識を上げることに成功している。
実際,『ポケモンスリープ』の配信開始から半年後の2024年1月に株式会社ポケモンから発表された調査データでは,3カ月以上プレイした人は平均睡眠時間が約1時間10分長くなっていることや,そのうちの約76%の人が睡眠習慣が改善されたと感じていることが示されている※2)。
※2)【世界の『Pokémon Sleep』ユーザー10万人以上のプレイデータから算出】世界7カ国の平均睡眠時間をランキング! 世界の平均睡眠時間は6時間28分 日本は世界平均より36分少なく最下位!―株式会社ポケモンのプレスリリース(prtimes.jp)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000126093.html'%7D
前述の睡眠の深さは,「うとうと」「すやすや」「ぐっすり」という3段階でグラフ化されるので,朝目覚めた際に,自分の睡眠時間の規則正しさや長さが視覚的に提示される。また,1週間単位で,睡眠を5段階で総合評価もしてくれるので,自分の睡眠状態をセルフモニタリングすることが可能となっている。このように,睡眠を可視化し,スコアをつけて,まさに「ゲーム化」することで,本来睡眠が持つ「心身の休息としての睡眠」という役割に,「ポケモンを集め,育て,楽しむための手段としての睡眠」という別の意味が付与されることになる。それを継続し,楽しむことができている人が,データで示されたような改善状況に自然に至ったと考える。
この「日常をゲーム化する」という視点は「ゲーミフィケーション」と呼ばれるものであり,睡眠に限らず日常生活のさまざまなことへの動機づけとして,我々が楽しみながら生活をポジティブな方向に変化させていくことを可能にするだろう。
3.生まれる親子のコミュニケーション
そして,『ポケモンスリープ』がもたらすのは睡眠の改善だけではない。カウンセリングで出会った保護者の方が,ある日興味本位で『ポケモンスリープ』を始めたことで,子どもとのコミュニケーションが円滑になった例もある。『ポケモンスリープ』をプレイするにあたってポケモンのことをほとんど知らなくても問題はなく,見つけたポケモンたちにゴハンを朝昼晩与えて,ただただかわいい姿に癒されるという癒しのゲームとしてプレイすることも可能である。「ヒトカゲってかわいいね」の言葉をきっかけに,子どもがポケモンについて色々と教えてくれるようになり,そこに親子のコミュニケーションが生まれる。そんな子どもたちとの共通言語としての役割を果たす『ポケットモンスター』を知る入口としても,ゲームの持つ楽しさに触れ,ゲームにのめり込む人の気持ちを理解する入口としても,『ポケモンスリープ』は有用である。
バナー画像:kerutによるPixabayからの画像
長行司研太(ちょうぎょうじ・けんた)
所属:佛教大学,京都府/市スクールカウンセラー
資格:臨床心理士,公認心理師
サブカルチャーと心理臨床の接点を探求する「サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん)」副代表。
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。