心理面接の道具箱(10)『広がる世界,プロジェクトセカイ』|長行司研太

長行司研太(佛教大学)
シンリンラボ 第10号(2024年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.10 (2024, Jan.)

1.はじめに ~「ボカロ」という文化~

『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』,通称『プロセカ』と呼ばれるゲームをご存じだろうか。このゲームを知らなくとも,タイトルにある「初音ミク」の名前は知っている,という人はいるかもしれない。初音ミクはこのゲームの題材にもなっている「ボーカロイド」において最も有名なキャラクターであり,『プロセカ』を語るにあたって,まずはそれらについて触れるべきであろう。

「ボーカロイド」(以下,ボカロ)とは,元は2003年にヤマハが開発したVOCALOIDという音声合成技術とその応用ソフトウェアであるが,今やこのソフトを用いて作成された楽曲やそのジャンルを指すようにもなった。それは「初音ミク」という爆発的人気を誇るキャラクターの登場によりボカロという概念そのものが世の中に大きく広まったからであり,それら架空のキャラクター(バーチャルシンガーとも呼ばれる)に歌唱させた楽曲がインターネット上で発表されるという流れが確立された。

ボカロの特徴として,①人間では不可能な音域や曲調での表現も可能であるため,大衆音楽とは耳心地の異なる奇抜で新鮮な楽曲を楽しむことができる,②友情や青春,心の傷つきや痛み,破壊衝動などリアルで生々しい感情が歌詞に込められている楽曲も多いため,思春期の子どもたちにとって共感性や親和性が高い,③そうした歌詞や楽曲のイメージを印象づけるイラストが用いられるため,より深くその曲の世界観に浸ることができる,などが挙げられる。ボカロが流行して15年余り経った現在でもカウンセリングで出会う小中学生からボカ口の話題が出ることがしばしばあり,ボカロはひとつの文化として世の中にすっかり定着したと言えるだろう。

2.音楽ゲーム『プロセカ』

その「ボカロ」を題材にしたゲームである『プロセカ』は,2020年に配信を開始して以来,1000万回以上ダウンロードされるほど小中高生を中心に人気を博している音楽ゲーム(以下,「音ゲー」)である。音ゲーとは,流れる音楽と画面に表示される譜面に合わせてタイミング良くボタンを押し高得点を目指すゲームであり,『太鼓の達人』などが有名である。

ただ,このゲームは単にボカロの楽曲を楽しめるだけの音ゲーではなく,物語性を有している。描かれる物語はボカロ文化を背景としており,20人のオリジナルキャラクターたちがゲーム内で初音ミクらバーチャルシンガーと出会い,共に歩む姿が描かれる。そしてそこには,未完成で未熟なキャラクターたちによる友情,仲間,葛藤,成長といった要素がちりばめられている。

カウンセリングにおいても,『プロセカ』で描かれる物語に心動かされ,そのことについて語る小中学生と出会うことがある。彼ら彼女らは,キャラクターたちが困難を乗り越えて行く姿やその物語に感情移入し,自らを取り巻く境遇や現状と重ねながら,このゲームに没入しているわけであるが,その中には当然,音ゲーがあまり上手ではない状態からゲームを始めた人もいる。

そんな人たちが,音楽に乗って高速で流れてくる譜面に合わせて,テンポよくボタンを押していくことの難しさは相当なもので,お気に入りの曲をひとつもミスせずクリアしたい(ボタンを押すタイミングがずれると音が鳴らなかったりずれたりしてしまう)という思いを持つことは一見無謀にも思える。しかし,その困難に立ち向かっていく姿勢や,できなかったことができるようになりたい,少しずつ目標に近づいていきたいという成長への希求は,ゲーム内でのキャラクターたちのそうした姿と自らを重ね合わせたことにより生まれ出てきたものであるとも理解できるだろう。

このように考えてみると,『プロセカ』をプレイする人もまた,ゲームを通してそのキャラクターたちやボカロと出会い,共に過ごす体験をしていると言える。そこに,キャラクターたちのひたむきな努力や心の成長と,プレイする人の音ゲーに対する努力と成長が折り重なる,入れ子構造のようなゲーム体験になっているのではないか。

そして諦めない心と多くの頑張りを経て遂に目標を達成できたとき,その比類なき達成感と自らの成長の実感に喜びを見出すのである。そうした体験を他者(カウンセラー)に語り,喜びとともに共有することで,よりその達成感と実感は確かなものになる。それはとても大切で,意義深いことであると考える。

3.『プロセカ』と共に歩み,広がる世界

ここまで述べてきたことはもちろん一例にすぎず,物語には興味を示さず純粋な音ゲーとして,自分のペースで息抜き程度に楽しむ人や,収録されている何百曲とあるボカロ曲の1曲1曲,人間の動体視力と指のスピードの限界を超越するほど難しい曲に日夜挑み続ける人もいる。その他にも,『プロセカ』をきっかけにボカロ自体にハマり,YouTubeなどの動画サイトでボカロ曲の動画を探し,気に入った曲や共感できる曲を聴き続けるという人もいる。

このように,『プロセカ』はその楽しみ方の幅が広く,どう楽しむかはプレーヤーに委ねられている。それは単にひとつのゲームとして楽しむだけでなく,「ボカロそのものを楽しむ」という,ゲームの内から外への広がりも含んでいる。ボカロや初音ミクという存在が,二次元と三次元,そしてバーチャルと現実との境界を曖昧にし,その垣根を越えて,それを必要とする人と共に歩み,その心に寄り添ってくれるように思う。

『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』はその入り口としての機能を果たし,この現実世界での体験に留まらず,我々が生きる世界を広げてくれるだろう。

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長行司研太(ちょうぎょうじ・けんた)
所属:佛教大学,京都府/市スクールカウンセラー
資格:臨床心理士,公認心理師
サブカルチャーと心理臨床の接点を探求する「サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん)」副代表。
主な著書に『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。

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