私の臨床現場の魅力(13)保健管理センターから|馬渕麻由子 

馬渕麻由子(東京農工大学保健管理センター)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

1.保健管理センターでの仕事

私の臨床現場はいわば大学の「保健室」で,医師,看護師(保健師)とともに学生の心身の健康をサポートしている。臨床の中心は大学生への心理支援(学生相談)だが,精神的不調の早期発見のために定期健康診断での問診や呼出面接を行ったり,セルフケアに関する情報発信を行ったりと,学生生活全般のこころの健康を援助している。保健管理センターは教職員も支援対象なので,医師(産業医)と連携しながら教職員のこころの相談にのることもある。

学生との心理相談では,精神衛生に関することはもちろん,友人や教員との対人関係の悩み,学業不振や研究活動のこと,就職やキャリアプラン,親との関係,恋愛や性の悩み,生きる意味や実存をめぐることなど,青年期のあらゆる悩みや葛藤がテーマとなる。これらの悩みに対して,時に青年期のモラトリアムを大いに活かして,じっくりと時間をかけて向き合うことができるのが学生相談の特徴といえる。

2.学生相談活動の変化

2023(令和5)年度大学(短期大学含む)進学率は60%を超え(文部科学省,2023),いまキャンパスは留学生や社会人学生なども含め多様な学生が学ぶ場となった。心理支援の対象も留学生,障害のある学生,不登校や学業不振など特別なニーズのある学生まで広がりをみせている。さらに個人の内的な心の世界を扱うことだけでは対応できないようなこと,例えば災害や事故のトラウマケア,ハラスメントの問題への対応,障害者差別解消のための合理的配慮の調整など,ケースワーク的な活動も要請されるようになっている。相談室で来談者を待つだけではなく,大学というコミュニティに柔軟かつ積極的に働きかけていくことが求められている。

3.包括的な見立てや支援

精神科医師や外部の医療機関との連携・協働はもちろん,保護者,学部等の教員,学生生活を担当する事務職員等とも連絡を取り合い,コンサルテーションを行うことも心理職の大切な役割である。高大接続支援として学生の出身高校と連絡をとったり,卒後のキャリア支援の一つとして障害者就労支援機関に学生を紹介するといったことも珍しくなくなった。

このように変化する学生相談の場で,心理士は,内的世界の見立てだけではなく,その学生を取り巻く人間関係,社会環境,キャンパス内外の資源なども把握する,いわばBio-Psycho-Socialな見地での包括的なアセスメントが特に求められるように感じる。キャンパス所在地域の特徴,学生の出身地の文化,受験制度の変化,経済や就職状況,大学生の貧困問題や性被害問題といった社会問題などに広く関心を寄せておくことも学生相談臨床の役に立つ。

4.学生相談の魅力

この仕事の魅力はなんといっても,学生たちの成長力やレジリエンス,困難にとりくみ乗り越えていく力を目の当たりにできることだろう。入学当初大学に馴染めず孤独で頼りなく見えた学生が,学生生活の課題を一つずつこなしながら,またカウンセリングを利用しながら,自己理解を深めたり,対処法を編み出したり,友達や恋人をみつけたりしていく。学生が本来もつ力を取り戻し,成長していく変化の場に立ち会うことができるのは学生相談の大きな魅力である。

相談室の外で学生と接する機会が比較的多いのも学生相談の面白さの一つである。例えば心理士が授業を担当し,教師(成績評価者)としてクライエントである学生と対面したり,学内行事に一緒に参加することがある。心理臨床の場ではこのような多重関係は一般的に望ましくないものとされているし,心理士が多重関係に鈍感でいることは適切ではない。それでも,悩み相談に来ている学生の健康的な一面をみることができたり,同じコミュニティで,ともに時を過ごす仲間のような結びつきを体感できることは学生相談の醍醐味かもしれない。

文  献
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馬渕 麻由子(まぶち・まゆこ)
東京農工大学保健管理センター
資格:公認心理師・臨床心理士・日本精神分析学会認定心理療法士

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