書評:『カウンセラー、元不登校の高校生たちと、フリースクールをつくる。──学校に居づらい子どもたちが元気に賑わう集団づくり』(野中浩一 著/遠見書房刊)|評者:神村栄一

神村栄一(新潟大学)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

「はじめに」の冒頭に,「ちょっと変な対人援助論」とありました。たしかに初めのうちは,どう読み進めていったらよいのかと戸惑いました。多くの「不登校を経験した若い方」の事例が紹介されているのかと予想しましたが,そうでもありませんでした。

支援技術の解説書でもなく,どちらかというと「フリースクールの運営」についての体験記でした。読者層が広く設定されていて,さまざまな立場で楽しんでいただけそうです。

カール・ロジャースやオランダのイエナプラン教育などの解説がありますが,それらに基づいて仮説や提案が紹介されているわけでもありませんでした。特定の理論に入れ込まず,拘りすぎず,という姿勢は好感が持てるものでした。

反面,多少の違和感が残る解説もありました。例えば,デシとフラストDeci & Flaste(1999)の邦訳版概説書を引用し,議論が多かったこの仮説を,あたかも現代心理学におけるテッパン知見であるかのように紹介してしまっている(113頁)などです。「報酬は内発的動機づけを低める」仮説は,子育てに関連した典型的な「耳に心地よいお話」ではありますが,「きわめて限定的な条件下でのみ生じる現象でありとうてい一般化はできない」で収束した議論だと評者は理解しています。

部屋を暖めている暖炉の中の炎は,ガスライターで点火されてもマッチで点火されても違いはありません。人の動機づけも同じです。何が点火させたか,ってどうでもよいことで,どう展開し維持されているか「のみ」が重要です。

ついでに,「対処療法」とある(67頁)のは「対症療法」のことだと思いますが,個人的に不登校や学校不適応の問題について,対「症状」,対「懸念される習慣行動」への支援か,心理社会的背景や本人の心の内面への支援か,という対立軸でとらえてしまうことそのものが,しばしば対人援助を難しくする落とし穴だと評者は感じておりますがいかがでしょう。

細部に言いがかりをつけてしまいましたが,本書には,「ほっこり」できるもの,そんな価値があるように感じました。

本書の魅力についてもう少し具体的に指摘すれば,それは,フリースクールあるいは,サポート校を,地域のニーズに応じて運営する支援者のリアルな体験がうかがえることです。学校にフツーに登校できない子,その子たちが居場所としている時間と空間を「経営」することへの,ちょっとした偏見はまだまだ強いのかもしれませんけど。

以前,フリースクールを運営されているある方から評者がうかがったことです。身近な方の不登校体験から芽生えたあるささやかな願いの達成のために運営を開始したが,ひとり,またひとりと集まってくる子の様子をつぶさにし,オープン当初の個人としての拘り,目標などはぶっ飛んでしまった,ということでした。真の意味でニーズに応じる,というのはそういうものかと思います。

一部で「スクールカウンセラーの大量雇い止め」などが話題になっているようです。心を支援する専門性が活躍するステージがどれだけ安定したものとして確保されるのか,また,まだ危うい時代に,それでもめまぐるしく変化する時代の子どもの心にどうかかわっていくべきかを考えるための貴重な一冊,と言えるかもしれません。

冒頭で「どう読んだらよいのか,戸惑う」,などと書いてしまいました。文章そのものはとても読みやすく,あっという間に読み終えてしまい,読後もあちこち振り返って読み直し,考えを巡らせてしまう一冊でした。

+ 記事

神村栄一(かみむら・えいいち)
新潟大学人文社会科学系教授
資格:公認心理師・臨床心理士・専門行動療法士・博士(心理学)
主な著書:『不登校・ひきこもりのための行動活性化』(単著,金剛出版,2019),『学校でフル活用する認知行動療法』(単著,遠見書房,2014),『認知行動療法[改訂版](放送大学教材)』(共著,NHK出版),『レベルアップしたい実践家のための事例で学ぶ認知行動療法テクニックガイド』(共著,北大路書房,2013)など。
学生時代から40年におよぶ心理支援の実践はすべて,行動療法がベース。「心は細部に宿る」と「エビデンスを尊び頼まず」が座右の銘。「循環論に陥らない行動の科学を基礎とし,サピエンスに関する雑ネタやライフハックなどによる解消改善を要支援の方との協働で探し出す」技術の向上をめざしている。

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事