書評:『まちにとけこむ公認心理師─ひろがる心理支援のかたち』(津川律子・遠藤裕乃 編/日本評論社刊)|評者:安江高子

安江高子(関内カウンセリングオフィス)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

まず,装丁が素敵だ。控えめだが,どこか芯のある強さが感じられるブルーのフォントの書名。パウル・クレーの水彩画《モスクのあるハマメット》が添えられ,「まちにとけこむ」というフレーズにしっくりと合っている。思わず「ジャケ買い」したくなるような表紙だ。

編者の一人である遠藤氏は「あとがき」において,公認心理師が働く主要領域は医療・教育・産業・福祉・司法の5つとされていること,そこに開業領域は含まれていないことに触れ,「大学院の教育課程から抜け落ちている第6の領域,開業心理臨床の実際と今後の展望を紹介する参考書の出版の必要性を感じた」と述べている。本書には,章ごとに計11施設の「開業心理臨床の実際」が示されている。

登場する各施設が専門とするところは,実にさまざまだ。認知行動療法,高齢者支援,アディクションおよび被害者・加害者臨床,精神障害者のリカバリー,ひきこもり支援,児童・生徒の学習支援,高次脳機能障害者の地域支援,私立校スクールカウンセリングのコンサルティング,ジェンダーとハラスメント,性加害・被害への支援,レジリエンスを活かす産業保健。このようにバリエーションに富む各施設の活動の実際が具体的かつ詳細に描かれており,さながら職場見学にお邪魔しているようだ。編者が,公認心理師を目指す大学生や大学院生,心のケアやメンタルヘルスに関心を寄せる一般の方にも読んでほしいと記しているのもうなずける。大学の研究室に本書を置けば,学生たちが現場を追体験し,臨床感覚を養う助けになるだろう。市井の人々にとっては,公認心理師がどこにいて何をしているのかがリアルにわかり,身近に感じるきっかけになるだろう。

もう一人の編者である津川氏は「はじめに」において,各執筆者は他の章を読まずに執筆しているにもかかわらず,「結果として,偶然とは思えぬ共通項があるように」感じると述べている。その共通項が何なのかはあえて触れられていないが,評者の目にそれは「『まち』の期待に応じようとする姿勢」と映る。本書には,公認心理師たちが社会からの要請を鋭敏に察知して,あるいは目の前で困っている人々に突き動かされるようにして,施設を興し,ユーザーの状況や要望に応じて支援のあり方を柔軟に変え,広げてゆくさまが描かれている。支援者自身が「何をしたいか」ではなく,「まち」の側が支援者に何を求め,どのような支援を必要としているか。本書に通底するのは,「まち」が公認心理師に寄せる期待を基盤として支援を組み立ててゆこうとする,ユーザー尊重の姿勢であるように思う。

開業心理臨床が公認心理師の主要5分野「以外」であるということは,見方を変えれば「いかようにもありうる」ということだ。「まち」の期待を汲み,自らつとめて「まちにとけこむ」ことを志向する時,公認心理師の仕事にはこんなにも豊かな展開の可能性が開けてくる。「できることはもっとある」。そんなふうに,本書は私たちを鼓舞してくれる。

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名前:安江高子(やすえ・たかこ)
所属:関内カウンセリングオフィス https://kannai-co.com
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:日本ブリーフサイコセラピー学会編『臨床力アップのコツ─ブリーフセラピーの発想』(分担執筆,遠見書房,2022),伊藤亜矢子編『学校で使えるアセスメント入門─スクールカウンセリング・特別支援に活かす臨床・支援のヒント』(分担執筆,遠見書房,2022),赤津玲子・田中究・木場律志 編『みんなのシステム論─対人援助のためのコラボレーション入門』(分担執筆,日本評論社,2019)など

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