書評:『「かかわり」の心理臨床──催眠臨床・家族療法・ブリーフセラピーにおける関係性』(八巻 秀 著/遠見書房刊)|評者:小関哲郎

小関哲郎(宇佐病院/大分記念病院)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

著者の八巻先生は,ブリーフサイコセラピー学会を通じて旧知の間柄なのだけれども,その活動の領域は狭義のブリーフセラピーにとどまらず,アドラー心理学や近年注目されるオープンダイアローグなど幅広い。著者の長年の活動をまとめたこの論文集で語られる題材も,催眠,イメージ療法,オートポイエーシス,システムズ・アプローチ,ナラティブ・セラピーなど実に多岐にわたっている。またその実践の場は精神科クリニックから私立のカウンセリングセンター,心理士養成大学院,スクールカウンセリングにまで広がっている。限られた文字数で本書の全体像を紹介するのはとても難しいのだが,不思議なことにこれだけ多様な素材を扱いながらも本書からは決してバラバラのモザイクの印象は受けない。むしろ中央にどんと太い柱が通っているような一貫性が感じられる。その臨床家としての著者のスタンスの核にあるものはいったいなんなのだろうか。

その謎を解く鍵はどうやら著者の臨床家としての初期の活動にあるように思われた。本書を読んで初めて知ったのだが,著者の臨床は催眠やイメージ療法の実践からスタートしたという。その中で著者が注目したのはセラピストとクライエントの「かかわり」から生まれる相互作用だった。治療の中で主に扱われるのはクライエントの内的体験なのだが,実はそこにはセラピスト自身の内的体験も深く関与していて,両者が相互に影響し合って変化が生まれることに著者は注目した。こうした場のあり方を著者は「トランス空間」,「セラピストとクライエントの間主体性」といった言葉で表現し論じている。こうした相互作用が成り立つには,セラピストが自身の内的な体験(著者の言葉で「内閉イメージ」)に対して開かれていることが重要で,こうした自身の「内閉イメージ」を参照しながら「セラピストが『主体的になること』」の意義が説かれている。本書で示された多様なアプローチの底流に一貫してあるのは,このようにセラピストが自身の今ここでの体験に深く根ざしながら,その一瞬一瞬を能動的にクライエントとの「かかわり」に賭ける姿勢,なのではないだろうか。

八巻秀先生は,会えばいつもニコニコと上機嫌で,自然とこちらもほっこりとした気分になってしまう。本書の最後にはかつてクライエントだった方が記した著者のセラピーの「成績表」と「20年後」の手記が掲載されているのだが,それを読むときっとクライエントさんも著者から自然とにじみ出る雰囲気/姿勢に安心して心を開くことができたのだろうなと想像される。本書を読んで私はそんな著者の持つ臨床家としてのたたずまいやスタンスの秘密の一端に触れられたような気がした。

ところで著者が近年深く関わっているアドラー心理学関連の論文は本書には「あえて」掲載されていないとのこと。本書が好評であれば第2弾として企画されているそうなので楽しみに待ちたいと思う。

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氏名:小関哲郎(おぜき・てつろう)
所属:宇佐病院/大分記念病院
資格:心身医療専門医
著書:『臨床力アップのコツ――ブリーフセラピーの発想』(共著,遠見書房,2022)

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