書評:『呪医とPTSDと幻覚キノコの医療人類学:マヤの伝統医療とトラウマケア』(宮西照夫著/遠見書房刊)|評者:江口重幸

江口重幸(東京武蔵野病院)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

本書は,宮西医療人類学の文字通りの集大成である。わざわざ「宮西」とつけるのは,ここに記されたものが,他の誰にも模倣できない,圧倒的な知的冒険と実践の軌跡だからである。著者はこれまでも多くの著作で,メキシコやグアテマラにおける経験,つまり幻覚キノコや,それを使用する故マリア・サビナをはじめとするシャーマン的治療者〔呪医〕,それが精神疾患の治療にもたらす可能性について紹介してきた。さらに彼の地の独特な文化や,近年の内戦が人々にもたらした苦悩についても報告している。本書冒頭の,自ら幻覚キノコを使用した実体験は身体感覚を揺さぶる衝撃的なものであった。またこれを用いたサビナの治療を通して,統合失調症とされた人たちがいかに治療されていくのかを,宮西は熱い気持ちを持ちながら冷静に自らのものにしている。

その後宮西は,故郷紀州美浜町においてさらに土着の治療者へと変貌を遂げる。地元のひきこもり青年たちとまず「アミーゴの会」を,後に,NPO「ヴィダ・リブレ(自由な生き方)」を立ち上げている。「アミーゴ」とは,平成・令和で流通する「お友だち」とは違う「心を真に許せる」,(古い言葉を使うなら)「肝胆相照らす」仲間のことである。そこでのひきこもり研究所「ヴィダ・リブレin美浜」や「プチ家出の家」も境界侵犯的であり,ユーモラスでもある。そういう関係や経験の重要性を中心に据えようとするのである。(詳細は『ひきこもり,自由に生きる』遠見書房,2020年を参照されたい。これも温かく貴重な実践記録である。)

さて本書に戻る。本書は「おわりに――岸辺通信」から読むことを薦める。その終章の副題は「死と向かいあって」である。そこに描かれた死別体験をもとに,宮西はなんと自らのコロナ肺炎後の身体で,49回目になるメキシコへの旅を決意するのである。さらに現地でも,車で10時間かかるかつてのサビナの家に向かい彼女の曽孫を訪れている。彼の地のさまざまな場所で,死やあの世やさまざまな祈りに触れている。つまり本書全体は,メソアメリカの地上のまばゆい陽光と,その対極に存在する洞窟や地下水脈につながる陰翳部であるその土地の死生観や他界観にたどりつこうとしているかのようだ。これは宮西による弔いの旅なのだろう。そうした視点からかつてのテーマを語り直したのが本書である。

私(評者)は,40年ほど前になろうか,その著書を読んで著者にぜひ直接会いたいと和歌山に押しかけたことがある。その時も今日も,宮西は変わらずに実践から思考を練り上げる思想家であり実践者なのである。宮西は長年の地道な文化交流の功績により,現地で叙勲・表彰されている事実も付け加えておきたい。それよりも宮西は本書口絵で写し出されたサンティアゴ・アティトランをはじめとする現地や,故郷美浜の「アミーゴ」たちの圧倒的な歓待を心から喜ぶ人なのだろう。本書は,紀州とマヤの間を魂の在処をもとめて漂流する癒し人の渾身のライフワークである。何をおいてもお薦めしたい1冊である。
(なお文中敬称は略させていただいた。)

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江口重幸(えぐち・しげゆき)
東京武蔵野病院
資格:精神科医
主な著書:『病いは物語である』(金剛出版,2019),『シャルコー』(勉誠出版,2007)。共訳書としては,クラインマン『病いの語り』(誠信書房,1996),グッド『医療・合理性・経験』(誠信書房,2001),ロック『更年期』(みすず書房,2005),ショーター『精神医学歴史事典』(みすず書房,2016),ハッキング『マッドトラベラーズ』(岩波書店,2017)などがある。
趣味:猫と仕事と読書

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