こうしてシンリシになった(10)|岩壁 茂

岩壁 茂(立命館大学総合心理学部)
シンリンラボ 第10号(2024年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.10(2024, Jan.)

筆者は,大学で臨床心理学を教え,学生と研究に取り組み,個人開業で個人またはカップルカウンセリングやスーパービジョンを担当している。すでに大学院を修了してからかなりの時間が経つが,今でもシンリシになりつつある過程のなかにいて,それが日々進行しているように思う。また,シンリシというもの自体も変化し続けているように感じる。自分のアイデンティティをシンリシというよりも,科学者-実践家(シンリシ)であると考えている。自分の臨床活動をやっていく上で自分自身が研究に取り組むことで,より厳密な目で臨床実践を見つめることができるようになったし,より効果的な実践を目指しているから,それを知るために研究が必要である。いずれにせよ,自分が,心理の専門家として成長するプロセスには,いくつもの契機があったように思う。失敗,停滞やスランプを含めて思い出すと数限りなくあるように思えてしまう。そのような停滞やスランプのなかで悩んだり,人に相談したり,試行錯誤することが,成長や変化のきっかけになったようにも感じる。

自分はもともと日本で心理学を勉強したことがなく,日本の大学を卒業してから,カナダのマギル大学の心理学科に編入学し,大学院に進んだ。心理学に進んだといっても,シンリシという仕事自体をしっかりと理解していたわけではなかった。博士後期課程に進むころには,心理療法プロセス研究にすっかり魅了されて,ようやく心理の世界で生きていくことが拓けてきたように感じた。また,シンリシとしての自分がようやく実感できるようになったのは,博士後期課程のインターン勤務をしたときのことだった。

総合病院精神科のインターン勤務

北アメリカでは博士後期課程の学科科目履修を2年間を修了し,さらにインターンとして一年間,病院やカウンセリングセンターなどで勤務することではじめてサイコロジストとしての資格取得が可能になる。自分も博士後期課程3年目にインターンとして総合病院の精神科に勤務することになった。すでに,修士の2年次に,週に3日間,インターンシップがあり,学生相談の経験をもっていたが,病院でのインターン勤務は,まったく異なるレベルでの学びだった。

毎日激坂を自転車でのぼり,ぜいはあして病院にたどり着いた。それまで,心理療法プロセス研究を専門としてきた自分は,心理療法の録音テープを聴いては,それなりに専門家気分になっていたが,病院においての治療と支援の担い手として勤務するにはあまりにも素人だったと思う。正直なところ,専門家というより,自分の勝手なやり方でカウンセリングらしきことがまあまあできたという程度だっただろう。

カナダの病院では,サイコロジストには,かなり権限を与えられており,主に,精神科医,医師,ソーシャルワーカーらと一緒にチームの一員として仕事をするような形になっていた。仕事もかなり重責であった。新しい患者が入ると,知能検査から,パーソナリティ検査までまかされ,数日のうちに,報告書が求められ,それが医師による診断にも使われた。緊急外来の面接も任されるし,インターンとは言え,意見はしっかりと聞いてもらえた。数多くの個人療法のケースをかかえて,カップルセラピーやグループセラピーも担当した。スーパービジョンを受ける機会も豊富でこの上なく素晴らしい訓練の機会となっていたが,1週間が終わるとかなり疲れ切っていたのを覚えている。

データという概念

自分はヒューマニスティックアプローチなので心理検査のように,クライエントを診断名にはめ込むことは控えるべきだというような考え方があった。しかし,総合病院の精神科では,そのような言い訳はまったく通用しなかった。とにかく,心理検査とアセスメントの報告を常に求められたからである。外来の新患が来たら,面接を行い,診断名や介入計画まで一通り報告する。時間をかけて,心理検査のバッテリーを実施して,包括的なアセスメント報告書を求められることもあった。数ページにわたる報告書は,当時はまだパソコンではなく手書きだったというのは本当に驚きである。

心理検査のメジャーなものは,修士課程でその使い方などを勉強して,レポートの書き方も一応一通りで学んでいた。しかし,振り返りと,本当の意味でアセスメントのもつ重さやその意味を理解してはいなかった。その1つはデータの意味である。

精神分析的なオリエンテーションが強い精神科だったので,WAISは,認知機能だけでなく,なんとパーソナリティ機能の査定にも使えるということであった。検査への取り組み方,ミスの仕方や回答傾向などすべてがアセスメントの対象となり,その人の無意識を含めた心理的機能を示すデータとなっているとのことだった。つまり,心理検査という関わりに起こりうるすべてのやりとりは総合的な人格機能を表しており,それら一つひとつに意味があり,それらが伝えてくるパターンを読み取ることがアセスメントであるという考え方だった。特に,David Rappaportらの仕事(1945)を知り,その緻密な考え方に感銘を受けた。正直なことを言えば,心理検査についてあまり興味がない自分にとっては,ロールシャッハのさまざまな解釈方法を学ぶだけで大変だったが,このようにしてありとあらゆる情報をデータとしてそこからさまざまな臨床仮説を引き出すという考え方は,心理検査の実施や結果の解釈を超えて,アセスメントという営みとその姿勢自体を知るうえでとても大きなきっかけとなった。また,シンリシとして,一体自分に何が期待されているのかということが少しつかめるようになった。さらに,Rappaportらの著作にふれ,共著者であったRoy Shafer(1976)の情動や語りの理論にも出会うことになり,言葉,行動,などと対人的かかわりなどの背後にある何かを掴むことの重要性を知るようになった。

さまざまな精神分析理論

心理療法のプロセス研究を専門としていた自分にとってもっとも強い印象をもったのは,集中型短期力動療法(Intensive Short-Term Dynamic Psychotherapy)の研修だった。日本ではわずかに1冊しか訳書が出されていないが(ソロモンら,2014),Habib Davanlooが開発したISTDPは,特に北欧などにも支持者が多い力動療法の1つである(Davanloo, 1980, 1990)。自分がインターンとして勤務するころには,Davanloo氏は退職しており,その後継者が担当していた。月曜日の朝に行われる研修は,1週間のハイライトとも言うべき,刺激的な時間であった。集中型短期力動療法では,クライエントと出会った瞬間から,クライエントの回避してきた無意識の感情に接近して,圧力をかけていく。そして,さまざまな直面化の技法を用いて,防衛を越えてクライエントが接触できずにいる感情を十分に体験できるように働きかける。ゆったりと構えて話を引き出していくような精神分析的姿勢とはまったく正反対のこのダイナミックな面接は,自分がそれまでにみてきたゲシュタルト療法の面接にも似ていた。しかし,はるかに厳密であり,正確であり,まるで外科手術の精密さをもって,クライエントの無意識の感情へと到達していくような精巧さが際立って感じられた。

もう一方で,共感的で人間的あたたかさが心理療法の基本であると信じ切っていた自分にとってクライエントとの正面衝突という表現に見られるような直面化の技法が多用されていくことについて戸惑いというよりも,やってはいけないことをあたかも理想的な技法として実践することに強い疑念も覚えた。実際のところ,セラピストははじめから最後までこの直面化の姿勢を貫き通しているわけではなかった。クライエントが感情を防衛しているあいだは,容赦なくクライエントの防衛に対して,「戦い」を挑むようにぶつかっていく。しかし,いったんクライエントがそれまで回避していた悲しみや怒りを許すと,セラピストは「優しい」というふうには見えないが明らかにその感情を受けとめ,クライエントが防衛を緩めて十分に感情を体験できたことを認める言葉をかけていた。クライエントはこのように感情を体験できたあとのセッションでは明らかに元気が出ており,固さやぎこちなさがとれ,表情が豊かになり,エネルギーが流れているようにみえた。Davanlooの共同研究者でもあったDavid MalanとPatricia Couchlanがのちに集中型短期力動療法の成功例を紹介している(2003)。そこにクライエントの体験談も掲載されている。クライエントはセラピストのこのような直面化に対して,はじめは違和感や恐怖を覚えていたが,誰かが真剣に自分の健康と幸福に向き合ってくれていることを感じ取っていることが報告されていた。

現在,集中型短期力動療法には,根強い支持者が世界各地にあり,実証研究も発展している。その著作に強い関心を常にもちながら,その世界に対して常に警戒し続けていることは自分にとって心理療法に関する絶えることのない関心と好奇心の1つともなっている。また,月曜日の午前に展開されたセミナーは人生で「月曜日の朝が待ち遠しい」と思えた人生はじめての経験だった。

出会い

インターン勤務中に自分がシンリシの基礎を身につけるうえで何よりも,大きな影響を受けたのは,一人ひとりの患者との出会いだっただろう。特に個人療法を担当させてもらった人たちには多くを学び,終結を迎えるときは,自分が成長することを応援してくれた彼らに感謝の気持ちで一杯だった。当時自分は30歳くらいだった。患者のほとんどは,40代から60代だった。彼らは,自分の問題を扱うために面接に来ていたし,自分がインターンであったとしても,何か得られるものがあることを,信じてくれていた。もう一方で,自分がシンリシとしてどこかでしっかりと活躍してくれるように,自分を育ててくれようとしていたに違いない。

心理面接では,かれらの個人史をくまなく聞き,1人の人間の歴史だけでなく,その人の両親が経験した,貧困,戦争,差別,などについて,話が及んだ。個人の心理的苦痛として,心理障害として現れているものの背後にある壮大な歴史と,そのなかで起こったさまざまなひとたちの労苦の軌跡に,ただ圧倒され,畏怖の念に一歩も動けないほどの気持ちになった。自分は,心についての個人的関心からこの世界に入ったが,そんな軽い気持ちをはるかにしのぐような時空を越えた深淵な世界を見せてくれたのだった。そのような世界をあたかも鑑賞するかのように感傷的にただ立ち尽くして眺めることが自分の役割ではなかった。その大きさに敬意を示すことは必要であっても最終的な目的ではない。もう一方で,見方や捉え方を変えることによって,うまく日常に適応するだけで問題が解決するとも思えなかった。答えは未だに分かっていないが,その問いはいつも持ち続けることなのかもしれない。

自分がインターンとして働いてから20年以上の月日が流れた。当時,同じ病院でインターンとして勤務した友人と久しぶりに食事に行った。昔話に花が咲いた。同じ宝をもっている友人がいることはとてもうれしい。

文   献
  • Davanloo, H. (1980)Short-term Dynamic Psychotherapy. New Jersey: Jason Aronson.
  • Davanloo H. (1990)Unlocking the Unconscious. Chichester: Wiley.
  • Malan, D. , & Coughlin Della Selva, P. (2006)Lives transformed: A revolutionary method of dynamic psychotherapy. Karnac Books.
  • Rapaport, D., Gill, M., & Schafer, R. (1945) Diagnostic Psychological Testing, Volume I. Chicago, IL: The Year Book Publishers.
  • Schafer, R. (1976) A new language for psychoanalysis. Yale University Press.
  • Marion F. Solomon, M.D. Neborsky, Robert J., Leigh McCullough et al. (2001) Short-term Therapy for Long-term Change. W. W. Norton & Company.(妙木浩之・飯島典子監訳(2014)短期力動療法入門.金剛出版.)

岩壁 茂(いわかべ・しげる)
立命館大学総合心理学部
資格:臨床心理士 
主な著書:『改訂増補 心理療法・失敗例の臨床研究―その予防と治療関係の立て直し方』(金剛出版),『恥(シェイム)ー生きづらさの根っこにあるもの』(アスク・ヒューマン・ケア)ほか多数
趣味:ランニング

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