こうしてシンリシになった(8)|平木典子

平木典子(日本アサーション協会代表)
シンリンラボ 第8号(2023年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.8(2023, Nov.)

1.女性が一生続けられる仕事は?

日本臨床心理士資格認定協会発行の私の臨床心理士資格登録証明書の交付日は1989年3月31日である。以来,私は,臨床心理士として,主として大学のカウンセリングセンターと自分が設立した「統合的心理療法研究所」で,心理支援と心理士の訓練,スーパーヴィジョンなどを行ってきた。

ただ,私がカウンセラーとして心理支援の仕事を始めたのは,日本では心理士の専門教育も資格もない1963年にさかのぼる。

当時,女性が,男女差別のない,生涯続けられるような安定した仕事に就くには,公務員か教師であった。津田塾大学英文学専攻の仲間は,英語の教師になる者が多く,その他,英米の映画のスーパーの翻訳などの仕事でその道のベテランになった者もいた。ただ,当時の女性の一般的な生き方としては,大学卒業後,就職して,英語を使う仕事(海外との取引のある会社や通訳など)に就き,結婚・出産後退職であり,多くは貿易会社など英語を駆使した仕事に就いていった。

一方,私が高校3年ごろから大学4年間にかけて,自分が描いていたキャリアは,可能な限り仕事を続け,その道でも成長し続けたいということであった。それは,明治生まれの父親が,長子である私に,良きつけ悪しきにつけ「お前が男の子だったら……」と言っていたことが影響している。「それでは,そんなことのない世界を探そう……」と考えていた。

2.大学卒業後のキャリア選択

大学の英文学専攻の仲間には,英語を活用した仕事の道だけを考えていない者も多かった。一方,英文学専攻では公務員試験が受けられないため,再びそれが可能な専攻への学士入学をして修了した者,大学院に進んだ者などがいた。

私は,文部省(現在の文部科学省)の直轄の研究所で,研究所の英語のジャーナルの編集をする特別職(公務員ではない)で就職したが,1年もたたないうちに,それはきわめて単純な作業であり,一生続ける仕事ではないことを知ることになった。夏休みに,同級の仲間と大学の卒論指導の教授を近況報告のために尋ねた折,誰もが羨むような一部上場企業でも男女差があること,私も含めて,今後の在り方や次年度の退職,進学などを考えている者がいることが分かった。

3.「キャリア選択の支援」という仕事

そのとき,卒論の指導教授は学生部長を兼務しており,私が自分のキャリアを含めた進路を模索していることを理解され,それを考える時間として,次年度退職する学生部職員の後任として,その仕事を提案された。大学という環境で情報を得ながら,一生の仕事を探るという機会は実に幸運なことであった。

加えて,学生部学生課の書庫には,その頃の学生たちが全く知らない学生指導・支援の世界があることを知らせてくれる資料が眠っていた。戦後,日本の民主化のために来日した北米教育使節団の数年にわたる長期のワークショップと研修記録の翻訳であった。

それは,一言で説明すると,北米における小学校,中学校,特に高校から大学にいたる子どもたちのキャリア(職業を含めて生涯をいかに生きるか)の支援について書かれたものであり,個人の悩みや適性などの探索や支援には専門的な支援としてカウンセリングがあることが述べられていた。

その教育使節団の企画責任者で,団長でもあったのが,その後,私が留学し,カウンセリングを学ぶことになったミネソタ大学の心理学教授,ウイリアムソンである。また,そのワークショップに参加した先輩が日本の大学の心理学の教授をされていることも知ったが,カウンセリングやカウンセラー教育はしておられないこともわかった。

私は,自分自身が進路について迷い,そんな仲間も学生たちもいる現実を考え,学生部長に,今後学生部で仕事をするにあたっては,Student Personnel Work(学生という人事について関わる仕事)があること,とりわけカウンセリングが必須の理論であり技法であることを訴えた。

当時,1ドルが360円の時代であり,大卒の初任給が月12, 000円から16, 000円であった。学生部長はフルブライト奨学金の英米文学領域の選考委員であり,学生支援の領域(社会学)の奨学金に応募することを勧めてくれた。当時,カウンセリングの領域での留学希望者は少なかったのだろう。幸運なことに,往復の旅費と1年分の授業料,滞在費を含む奨学金を得ることができた。それ以上の滞在を必要とする者は,留学した大学など北米の多様な奨学金に応募するチャンスがあることもわかった。

4.ミネソタ大学大学院教育心理学専攻への留学

早速,私はミネソタ大学心理学教授で学生部長であったウイリアムソン教授に,奨学金を得たこと,英文学専攻の自分が学生カウンセリングの大学院に入るには,どのような方法があるかを尋ねた。返信は,教育心理学専攻の大学院に応募するようにとのこと。当時,北米では,カウンセリング(とりわけ学校カウンセラーの教育と資格認定)が全国規模ですすめられており,大学院修士課程修了はその条件であった。

ミネソタ大学では,ウイリアムソンを始め,他に2人のカウンセリング心理学の教授が日本の教育使節団員として派遣されており,言わば,北米のカウンセラー教育のメッカでもあった。大学院には,北米全土から,学部の専攻が心理学ではなかった中・高の教員,他の国からの留学生が数多く在籍しており,ウイリアムソンは,「ともかく,大学に来てから考えればよい」ということで,留学。後で考えると,それがキャリア(進路)カウンセリングの進め方でもあった。2年半の教育心理学カウンセリング専攻で修士号を得て,帰国した。

5.母校での学生部勤務から他大学でのカウンセラーへ

母校に戻り,学生部勤務をしていたとき,私立大学連盟学生部課長会議が開催され,私は学生部長の代理で出席した。ともかく3日間の会議を傍聴し,部長に報告すればよいという課題を持っての出席だった。

ところが,1960年代後半の日本の政治状況をご存知の方は想像できると思われるが,いわゆる「70年安保闘争」と呼ばれる,日米安全保障条約改定を阻止のための学生や労働者による全国的に行われた集会,デモ,ストライキなどの中で,過激派などによる内部抗争,武装闘争が激化し,大学によっては,「機動隊」と呼ばれる警察部隊による鎮圧や取り締まり,逮捕者,デモの中で圧死する人が出るという時代である。

会議では,各大学の学生部に関わる教職員が,過激化する学生の動きにどう対応するかという方法論が最大のテーマであった。

黙って聞いているはずの私には,学生を敵視して,取り押さえることだけに熱心な議論を聞くことに堪えられなくなっていた。その会合のほぼ最終段階で,私は,暴力化し,過激化する学生への対応は重要な課題であるが,コミュニティの仲間であり,学びの徒でもある学生をあたかも敵であるかのように扱うことについて,ついていけない気持ちを伝えた。

その直後,立教大学の学生部長と学生課・厚生課の課長などから呼び止められ,もう少し話が聞きたいと言われた。私は,ミネソタ大学留学のこと,大学と学生の葛藤もある学生集会や学生部におけるウイリアムソン博士の学生対応のことなどを手短に話し,後日,あらためて詳しい話をするために大学訪問をすることを約束した。

話を短くすると,その結果,私は次年から,立教大学学生相談所のカウンセラー(授業を兼担する教員)として,転職することになった。

6.教員職のカウンセラーとして

当時,多くの大学ではカウンセラーは学生部職員であり,授業を担当することはなかったが,立教大学では,社会学部で「カウンセリング」と「パーソナリティ理論」のコマをもち,学生部会議にもカウンセラーとして出席し,学生部の開催する会合などにも,一人のカウンセラーとして出席することになった。

ということは,当時,このような待遇を受けているカウンセラーは,どの大学にもいなかったこともあり,私は,可能な限り立教大学で自分の務めを全うしたいと考えていた。

私にとって「シンリシ」の資格は不要だったのだが,後になって,「シンリシ」の養成をする教員,スーパーバイザー,そして資格認定をする委員になるには,「臨床心理士」の資格が必要であった。先にも述べたように,急ぎ,1989年に臨床心理士の資格を取ったということである。

さまざまなチャンスは,いつも目の前を通り過ぎている。物事の実現は,自分の側にそれをつかみ取る準備ができているかどうか。偶然とは,通り過ぎるチャンスを自分の必然にする思いや力のことなのではないだろうか。

+ 記事

平木典子(ひらき・のりこ)
日本アサーション協会代表
津田塾大学英文学科卒業。ミネソタ大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。
立教大学カウンセラー,日本女子大学人間社会学部心理学科教授,跡見学園女子大
学臨床心理学科教授などを経て現職。
家族心理士,臨床心理士
専門は,家族心理学,臨床心理学。
主な著書:『新・カウンセリングの話』(朝日新聞社,2020年),『カウンセリングスキルアップのコツ』(金剛出版,2022年),『アサーション入門』(講談社現代新書,2012年),『三訂版 アサーション・トレーニング―さわやかな自己表現のために』(日本・精神技術研究所,2021年),『言いにくいことが言えるようになる伝え方―自分も相手も大切にするアサーション』(ディスカヴァー携書245,2023年),『図解 自分の気持ちをきちんと〈伝える〉技術』(PHP,2007年)『図解 相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術』(PHP,2013年)など多数。

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