子どもたちから教わったこと(4)子どもは安心を受け取る側にいればいい|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第4号(2023年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.4 (2023, Jul.)

世界のリアクションと希望

前回は,「内的ワーキングモデル」のお話をしました。赤ちゃんは養育者との関わりを通じて周囲の世界とやり取りをしていて,世界のリアクションによって自分がどのような存在なのかを感じ取っています。そして,日常的なやり取りの体験が蓄積されて世界のイメージと自分のイメージが形成されているという説明をしました。特に赤ちゃんからのSOSに対して周囲が関心を向けて応答してくれることで,赤ちゃんの中に期待や希望が芽生え,自分の存在がこの世界で一定の重みを持っていると感じるようになるということを強調しました。

これは赤ちゃんに限ったことではなく,小学生でも中学生でも起こり得ることです。辛い気持ちを受け止めて,気持ちの立て直しを助けてもらえない状況が続けば,この世は不安に満ちた暗澹たる世界になり,未来には絶望しか見えていないということを中学生のC君を例に引いて紹介しました。ただし,辛さを受け止めてもらえた体験が積み重なれば,イメージが“上書き”されて,この世界には良いこともあると捉えられるようになり,希望を持って楽しく生活することができるようになるということも彼は教えてくれました。

大人にもいろいろある

C君のエピソードに見られるように,養育者が常に子どもに安心感を与えられるわけではありません。大人だって余裕がない時もあります。そんな時は誰かの不安や恐怖を受け止めることはできません。また,どんな時も必ず子どものサインに気が付く訳ではありません。何をしたら子どもが安心するのか分からない時もあります。大人の側にも日々の生活があり,それぞれの人柄があり,これまでの歴史もあります。

どんな時にどんな形で赤ちゃんに安心感を与えるかが,養育者によって千差万別になるのは自然なことだと思います。だから愛着(アタッチメント)には,それぞれの親子にそれぞれの形があります。愛着理論では愛着(アタッチメント)の形を4つに分類して,「愛着のタイプ(type of attachment)」もしくは「愛着の型」と呼んでいます。

「愛着の型」

「愛着の型」の説明の前に,ちょっと断り書きを入れさせていただきます。“分類”を学ぶと,つい「この親子はどの型なんだろう」と“型に当てはめ”たくなりますが,支援の現場ではあくまでも相手を理解する手段のひとつという認識で良いと思います。“分類”をして“ラベル”がつくと,整理がついてスッキリするのですが,その半面“分かったつもり”に陥り,相手の個別性や生活の実態を見落とす危険と背中合わせでもあります。

私のイメージでは,“分類”はクッキーなどの生地を型抜きして,丸形や星形に切り抜く作業に似ています。型抜きをした後には,形容しがたい形の生地が残ります。この余った生地も,一緒に焼いて食べることありませんか。“分類”を学んでスッキリと理解することと併せて,はみ出した部分に詰まっている個性を味わうことにも意味があると頭の片隅に留めておいていただきたいと思います。

「愛着の型」はエインズワース(Mary D. Ainsworth)が提唱した愛着行動の分類です。彼女の研究チームは,1歳児が初めて入る研究室で母親と分離された時や見知らぬ人が世話をする時や母親と再会した時などに見せる行動を観察する「ストレンジシチュエーション法(新奇場面法)」という方法によって,赤ちゃんの愛着行動を3つの型に分類しました。その後メイン(Main, M.)とソロモン(Solomon, J.)が“分類不能”とされた群にも意味があることに気づいて1つの型を加え,現在では4つの「愛着の型」があると考えられています。

4つの型

4つの型の内訳ですが,「安定型」が1種類,「不安定型」が3種類あります。

まず「安定型」から説明をします。この型の行動をとる赤ちゃんは,母親と分離されると不安になって泣き,見知らぬ人の世話でしばらくすると泣き止んでいっしょに遊び,母親と再会すると嬉しそうに母親にくっついていきます。母親は分離の時に心配そうに離れ,再会の時に赤ちゃんに共感的な声掛けをしたり,赤ちゃんを抱きあげていっしょに喜んだりして,子どもの気持ちを感じ取って応答します。赤ちゃんは不安を感じた時に,人にくっついて安心を得て,情緒の安定を回復できるので,「安定型」と呼ばれます。

安心の回復がスムーズに行われない「不安定型」の1つ目は「回避型」です。この型の行動をとる赤ちゃんは,母親と分離されても泣いたりせず,不安や混乱をあまり示しません。母親と再会しても母親から目をそらすなど避けるような行動が見られ,母親が同室にいることを意識していないように自由に遊び続けます。母親の行動は赤ちゃんへの微笑みかけや身体接触が少なく,応答が乏しいことが特徴です。赤ちゃんが苦痛を示した時に,赤ちゃんを遠ざけようとする拒否的な関わりになることもあります。赤ちゃんが再会時に母親を回避するので「回避型」なのですが,母子ともに不安や苦痛を感じないように回避していると見ることもできるでしょう。

次に「両価型」です。この型の赤ちゃんは,母親と分離されると激しく泣き叫び,見知らぬ人の世話ではなかなか落ち着きません。母親と再会した時も母親に抱っこされながら叩き続けるなど怒りが静まりにくく,感情の起伏が激しく現れます。また,母親のそばから離れたがらず,あまり室内を歩き回りません。母親の対応はその時の気分によって異なり,赤ちゃんをとても可愛がる時もあれば,不機嫌に突き放すこともあり,安定的に赤ちゃんの求めに応じることは苦手です。赤ちゃんにしてみれば,「ママは優しいから大好きだけど,冷たいから大嫌い」のように,矛盾する気持ちが同居することになります。だから「両価型」と呼ばれます。このような関わり方の下に育つと,赤ちゃんは自然に母親の顔色をうかがって相手に合わせるようになるので,自分の中に湧いてくる感覚や感情をうまく把握できないまま育つことになります。その結果「~をしたい」と自分の中から生じる自発的な気持ちに気づくことが苦手になり,自分の意思を表す主体性も育ちにくくなります。

最後に「無秩序型(混乱型)」です。この型の赤ちゃんは,母親と分離する時に不安や混乱を示すことがなくあっさりとしていて,再会の時に行動の意図が読み取れないさまざまな不規則行動を示します。例えば,顔を背けて視線をそらしたまま母親に近づいたり,母親にしがみついた途端に床に倒れこんだり,虚ろな表情でじっと動かなくなったりします。これらの行動は,母親に対して恐怖を感じているように見えます。また,見知らぬ人にはべたべたとくっつく傾向も見られました。赤ちゃんは母親から安心を得られないだけでなく,恐怖を植え付けられていて,見知らぬ人から安心を得ようとしているように見えます。赤ちゃんに恐怖を与える母親に反感を覚える人もいると思いますが,母親にも事情があります。母親は抑うつ傾向が強く,ストレスに対して極めて脆弱で情緒的に不安定で,社会的に引きこもりやすい性格であることが多いそうです。母親が精神的に疲弊しきっていて,子どもの不安を受け止めるどころか,自分自身の溢れ出しそうな不安を誰かに受け止めてもらいたい心境なのでしょう。母親も誰かから安心させてもらいたいのだと思います。

Dさんのエピソード

「不安定型」の親子関係で育つということは,どういうことなのか教えてくれたDさんのエピソードを紹介したいと思います。事例の内容を加工してあることをご承知おきください。

Dさんは中学3年生の女子です。実父とDさん2人の父子家庭で暮らしていましたが,経済的に行き詰まって放浪する生活となり,2年間ほど父子で各地を転々としていました。そして中学2年の時に保護されて,施設に入所しました。私は放浪生活が長かったと聞いて,ワイルドなタイプの子どもを想像したのですが,いざ本人に会ってみると,大人しくて,あいさつもきちんとできる恥ずかしがり屋の女の子でした。はじめのうちは規則正しい施設生活に戸惑っていましたが,決まりが分かれば素直に従い,職員に反発や反抗を示すことはありませんでした。

Dさんは小学校低学年の女子から人気があり,あれこれと頼まれると優しい笑顔で応えてあげて,穏やかに遊んでくれました。ただ,活発なタイプの女子児童が多かったので,相手のペースに付き合わされて疲れてしまうようで,時々ひとりで過ごしたいと担当職員に漏らしていました。

Dさんの生い立ち

Dさんは素直で優しくて良い子でした。でも,生い立ちを知ると愛着形成が順調だったとは思えないのです。Dさんの実母は多くの男性と交際する社交的な女性だったようです。一方実父は大人しくて人が良く,周囲から面倒事を押し付けられやすい人でした。Dさんの妊娠が分かったことをきっかけに,実母と実父は結婚をしました。実父の収入が十分でないため,出産して数カ月で実母は夜の店で接客業を始めました。仕事がきつかったのか,実母は日中も寝ていることが多く,Dさんのおむつ交換がされておらず,実父が夕方に帰宅するとおむつがパンパンに膨らんでいたそうです。

Dさんが2歳の頃に実母は家に戻らなくなり,その後離婚しました。その後は父方祖母が同居して,保育園も利用しながら,比較的安定した生活が数年間続いたようです。祖母は何をしても怒らずニコニコしている人で,保育園の頃が一番楽しかったとDさんは語っていました。

しかし,Dさんが小学2年の頃に祖母に病気が見つかってから,家族の生活は厳しくなりました。他に頼れる親族がいない実父は,看病に,家事に,育児にと頑張りました。残念ながら祖母が数カ月間の入院の後に亡くなりました。父子家庭になり,Dさんも家事を手伝いながら,2人の生活を何とか送っていたのですが,Dさんが小学4年の時に実父が解雇されてしまいました。勤務先も実父の窮状を理解してくれていたそうですが,経営が悪化して人員整理に踏み切らざるを得なかったようです。実父は失業保険を受けながら職探しをしましたが,次の職場を見つけることができず,Dさんが小学5年の冬に家を失い,父子で放浪生活を送ることになってしまいました。

放浪生活になっても実父は生活保護を受けることを考えておらず,時々日銭を稼いで寝食を確保して,公園に寝泊まりしながら生活していました。Dさんは学校に行かずに本を読んだりラジオを聞いたりして日中を過していたらしいです。

Dさんのひと言

では,このような歴史を生きてきたDさんの印象的なひと言を紹介します。私が務めた施設では定期的に担当と子どもが面談を持ち,被害に遭ったことを聞いたり,楽しみなことを聞いたりしていました。ある時その面談の中でDさんが過去の性被害体験を開示しました。放浪生活をしていた頃に,お金に困ると相談に乗ってくれる実父の知人がいたそうです。ある時その人が,お金を渡すから娘の性的な写真を撮らせてくれと実父に要求したそうです。実父は困ってしまって,Dさんに相談したらしいです。Dさんは承諾しました。でも,本当は嫌だったそうです。この話を聞いた担当職員は憤慨しました。

「そんなの嫌で当たり前だよ。自分の体も心も大切なものなんだよ。もっと自分を大事にしてほしい」

「ごめんなさい」

「あなたが謝ることじゃないよ。謝るべきはお父さん。あなたを放浪生活に巻き込んで,その上こんなことまでさせるなんて。親の責任をなんだと思ってんの。許せない」

「先生,そんなに怒らないで。お父さんは後ですごく心配してくれたよ」

「心配するくらいなら,はじめからそんなことやらせるのがおかしいよ」

「先生,私がやるって言ったの。お父さんがすごく困っていて可哀想だったんだもん。お父さんに安心して欲しかったの」

「あなたは本当に優しい子だね。私はその優しさが心配だよ」

「先生,ありがとう。大丈夫だから心配しないで」

Dさんの安心

まるで時代劇に出てくる健気な孝行娘のようなDさんです。でも,皆さんお気づきでしょうか。会話の途中で心配する側とされる側が入れ替わっていることにご注目ください。自然な流れで,Dさんが大人を安心させるポジションに収まっています。愛着(アタッチメント)とは,子どもが大人に安心させてもらうことですから,役割が逆転しています。本来Dさんは安心させてもらう側で良いはずなのに,自分は安心しなくても大丈夫なんでしょうか。

ここからは私の推測ですが,Dさんは先ほどのやりとりの中で独自の方法を使って安心を得ていたのだと思います。その方法とは,相手の安心した顔を見ると自分が安心できる,だったのだろうと思います。健やかに愛着(アタッチメント)が育っていれば,ピンチの時に自分の記憶の中に形成された安心イメージ(表象)が発動して,安心と回復にモード切替をすることができるのですが,Dさんは安心イメージを十分に育ててもらえていなかったので,実際に穏やかな顔が目の前にないと安心イメージを発動できなかったということだと思います。自分が安心するためには,目の前の人を安心させなければならないのです。

人に優しくなれるので悪いことではないのですが,犠牲を払っている面もあります。目の前の人を安心させるために,自分を守ることがおろそかになっています。Dさんの性的被害を聞いた担当職員が怒っていますが,これは本来Dさんの中に湧いてきてほしい感情です。安全を脅かすものに対して怒りを向けて自分を守るべきなのですが,Dさんは自分の心と体を守ることの優先順位が高くなかったのだと思います。

安心は大人同士で

最後に「愛着の型」の話に戻ります。Dさんに見られたような,大人が安心を得る側に回ってしまう役割の逆転は,回避型,両価型,無秩序型などの「不安定型」と言われるタイプに共通して起きています。大人が自分の中に湧く恐れや苛立ちや恨みを子どもに託すことで,一時的に苦境を凌いでいるのです。厳しい言い方をすれば,自らの安心のために“子どもを濫用(abuse)”していると言えるかもしれません。

子どもにしてみれば,たまったものではありません。不安定な状態から救ってもらえない上に,大人の分の否定的な感情まで任されてしまっているということになります。大人であっても常に安心の蓄えがある訳ではありません。もしも不足しているのだったら,子どもに求めるのではなくて,別の大人からおすそ分けしてもらって欲しいと思います。そのために支援者がいるのですから。

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中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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