子どもたちから教わったこと(7)本人と協働して安心の構築から始める|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第7号(2023年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.7 (2023, Oct.)

トラウマ反応は条件反射

前回からトラウマに関するお話を始めました。というのは,愛着(アタッチメント)を順調に形成し,安全基地を確保できたとしても,強烈な恐怖を味わうトラウマ体験によって安全感が壊されてしまうことがあるからです。愛着(アタッチメント)とトラウマは,心理支援の現場で安心感を語る際に,切っても切れない縁があるのです。恐怖体験のインパクトは強烈で,1回の体験でも恐怖反応の条件付けが形成されることがあります。

例えば激しい夫婦喧嘩を目撃した子どもはガラスが割れる音を聞くと,突然動悸が早くなったりすることがあります。この反応は条件反射なので,本人の意思の制御の下にありません。

善悪よりも止め方を知りたい

トラウマ反応が本人の意思の制御の下にないということを,私に教えてくれたのはF君でした。F君は養父との折り合いが悪く,弟への乱暴を咎められてひどく殴打されて以来,一切養父と口をきかなくなりました。そして,実母に暴力を振るうようになり,自宅での生活が難しくなったので,施設に入所しました。

施設入所後も下級生に暴力を振るうことがありましたが,職員とは良好な関係を結べており,暴力について話し合うことができました。ある日の振り返りでいつものように職員から暴力はダメと説諭された時に,F君は「そんなことより止め方を教えてくれよ」と叫びました。暴力がいけないことはわかっているけれど,強い怒りが一瞬で腹の底からカーッとこみ上げてきて,自分では止められないのだそうです。F君はそれを止めたかったのに,私たち職員はF君の必要としていることに応えていなかったのでした。

問題行動は性格のせいか

前回は紙幅の関係で,条件反射的に強い衝動が込み上げてくる子どもに,どのように対応すれば良いのかをお話することができませんでした。今回は対応に関する考え方や具体的な方法を紹介したいと思います。

まず考え方ですが,トラウマ反応によって引き起こされる問題行動を,本人の性格の問題とは見なさないことがポイントです。F君の例で言えば,下級生に暴力を振るうF君は,一般的には乱暴で意地悪な性格に見えると思います。この見方は,“乱暴”とか“意地悪”という特徴をF君の属性と捉えていると言えます。

そしてこの考え方に基づいた場合,F君に対する指導は,自らの行いが悪いことだと分からせ,きちんと反省をさせて,乱暴で意地悪な性格を直すという方針になりやすいと思います。つまり,今のF君は「性格を直さないといけない悪い子」と見なされている訳です。

性格と切り離して考える

では,問題行動を性格の問題と見なさない場合,どんな考え方になるのでしょう。まず,これまで説明してきた通り,トラウマ反応は条件反射です。だから本人の意思で行動を起こしたというよりも,本人が意図していない行動が生じていると言えます。

そもそもトラウマ体験は外から与えられたものですから,例えれば“コンピューターウイルス”のようなものだと思います。一度これに侵入されてしまうと,自分のパソコンが勝手にメールを送りつけたりして周囲に迷惑をかけることがあります。でも,本人はやりたくてやっている訳ではありません。侵入したプログラムが引き起こした“誤作動”もしくは“暴走”です。迷惑をかけていると分かっていても止めようがないことに,本人も困惑し戸惑っているはずです。

こんな状況なのに,迷惑メールを受け取った友人から「反省するまでお前のことを許さない」と言われたとしたら,皆さんはどんな気分になるでしょうか。私なら,その人に不信感を持ってしまいます。

F君の問題行動に話を戻すと,暴力は本人の意思に基づかない“暴走”であり,トラウマ記憶が侵入したことで引き起こされていると捉えるのが,性格から切り離す考え方です。この捉え方だと,F君は「トラウマに苦しむ子」と見なされることになります。

責任はある

問題行動を性格と切り離すことによって,F君に対して優しい捉え方になるのですが,何か釈然としない気持ちが残る方もいるのではないでしょうか。“トラウマのせいならば暴力が許されるの?”とか“暴力を振るった責任はF君にはないの?”といった疑問が湧くかもしれません。私の意見としては,暴力はダメだし,F君には責任があります。

先ほどのコンピューターウイルスの例で言えば,自分が意図したメールでなくても,迷惑メールで周囲に迷惑をかけたことは事実ですから,謝罪をして,迷惑メールを止める対処しなければなりません。不作為の行為であっても,何か不始末があればそれを償い,行動を改めることによって責任を取るのは一般的なことです。そして,そのような行動を身につけていくのが,大人になるということだと思います。

責任を取ることは社会のルールに従うという意味合いだけでなく,人が主体的に生きていく上でも意味があることだと私は考えています。不作為の行動に踊らされる“操り人形”のように生活するのではなく,自分の意思で判断し行動する主体としての“手綱”を握っているからこそ,人生の満足感を高められるのではないかと思います。

謝罪できるのが望ましい

F君を例にとって,問題行動と性格を切り離した場合に,どんな責任があるのかを考えてみたいと思います。まず償うためにやるべきことは,謝罪です。彼に叩かれた下級生にしてみれば,謝ってもらうのは当然のことですし,理由のいかんを問わず,ダメなことをしてしまったら,迷惑をかけた相手に謝るべきです。ただ,実際には謝ることができない子どもが少なからずいて,代わりに大人が謝ってその場を収めざるを得ないこともあります。

大人の気持ちとしては,謝れない子どもに対して「誰が悪いか分かっている?!」と責任を追及したくなるのですが,子どもの非を糾弾して強制的に謝罪させたとしても,その子はまだ半分しか責任を果たせていないと思います。この謝罪は主体的な行為ではありませんから半分です。容易なことではないのですが,子どもが謝る気持ちになるように支援して,自分の責任を果たせるように支えて励ますのが,大人の頑張りどころではないかと思います。

実行する主体であってほしい

もうひとつ子どもがやるべきことがあります。それは行動を改めて,自分も周囲も安心して過ごせる行動をとれるようになることです。子どもの行動を改めさせたい時に,一般的には約束とかルールとか罰則などを使うことが多いのですが,これらの手段は重大な弱点があります。子どもにしてみれば“やらないと怒られる”という不安が湧くので,安心感につながりにくいという弱点です。

また,これらの手段は一定の抑止力を持つのですが,子どもの自発的な意思が薄い“やらされている”行動になってしまいがちです。“やらされている”行動によって責任を果たしたと言われても,私はどうも物足りなさを感じます。せっかく子どもが責任の取り方を学ぶのですから,主体的で自信につながる行動を身につけられると望ましいと思います。

外在化で協働する

問題行動を性格から切り離す考え方は,技法の分類では外在化に含まれます。「外在化」はナラティヴ・アプローチでよく使われる技法で,当事者が無力化されている否定的な文脈を手放して,解決の主体になれる文脈を生み出す時に有効です。

F君の例で言うと,「性格を直さないといけない悪い子」という捉え方が無力化する否定的な文脈で,「トラウマに苦しむ子」という捉え方が外在化した文脈に当たります。単純な表現に言い換えると,「性格~悪い子」の場合は「F君はダメな人」と本人も周囲も思いこんでいて,「トラウマ~苦しむ子」の場合は「F君は応援すべき人」と見ていることになります。「応援すべき人」という見方の前提には,F君が主役だとか,F君は頑張っているはずという支援者の期待感が含まれています。だからF君はエンパワーされます。肯定的な文脈が共有されてエンパワーされている状態が,F君と支援者が「いっしょに解決しよう」とタッグを組む協働関係の素地となります。

脱感作に取り組みたい

協働関係の下でF君と支援者が何をするかというと,条件反射の脱感作に取り組みます。「脱感作」とは行動療法の技法のひとつで,恐怖反応等と結びついた刺激に対してリラックス状態等を結びつけ直して,不適応的な条件反射を低減する技法です。言うなれば,リラックスで“上書き”するという感じです。

しかし,不適切な養育を受けて来た子どもの場合,通常の手続きで脱感作を進めることが困難です。愛着(アタッチメント)形成の問題が影響するからです。愛着システムは,子どもが恐怖や不安を感じた時に,安全基地にくっついて,安心感をもらい,緊張がほぐれてリラックスし,心身の安定を回復するシステムです。愛着形成が不十分ということは,リラックスするのが苦手ということを意味します。

実際に,呼吸法などのリラクセーションを教えようとすると,かえって落ち着きがなくなってソワソワしたり,イライラして怒り出したりする子どもがいます。動作法という身体を使う心理療法を専門にしている知人に聞いたところ,緊張を緩めることで,それまで押さえていた不快な感覚や感情があふれ出しやすくなることがあるそうです。

愛着関係の強化も並行する

ではどうするかということですが,結論から言うと,脱感作に取り組みながら,愛着関係の強化も同時並行で進めます。私のイメージでは,トンネルを掘り進めながら同時に法面(のりめん)の壁を作っていくシールド工法みたいな感じです。愛着形成は生活における“食べる・寝る・遊ぶ”の中での関わりが有効なので,外来相談よりも入所支援の方が取り組みやすい方法です。

F君を例にとって,実際の支援の進め方をお話したいと思います。F君の概要は,前回の話で説明したので割愛します。なお,この事例は私の経験から組み立てた架空事例であることをお断りしておきます。

F君への支援方針とつまづき

養父からひどい暴力を受けた体験があるF君は,衝動的に下級生に暴力を振るってしまうことがあり,悪いことだとわかっているけれど自分では止められないと担当職員に訴えました。担当職員は心理職と相談して,衝動的な怒りがこみ上げてくる時の身体的サインをF君に尋ねて,そのサインに気づいたらF君自身が対処行動をとって,暴力行為を未然に防ぐことにしました。

担当職員からF君に,衝動的な怒りがこみ上げてくる時の身体の感覚について尋ねると,普通の苛立ちとは違う感覚があることがわかりました。その衝動が湧く時は,お腹がカーッと熱くなり,その熱いものが喉を上ってきて首が強張るんだそうです。そして,顔も熱くなってきて頭の中で爆発すると,体中が怒りでいっぱいになって,自分では止めようがなくなるんだということでした。担当職員からこの現象に名前を付けようと提案すると,F君は『噴火』と名付けました。

次に対処行動を考えました。担当職員はリラクセーションの知識があったので,深呼吸をして『噴火』を止めることをF君に提案しました。F君は前向きに検討してくれたのですが,熱いものが喉を上ってくるので,うまく深呼吸ができないと思うという意見でした。そして自分から対処方法を提案してきました。熱いものを冷やせばいいから,『噴火』しそうな時は水道に行って水を飲むという作戦です。実行しやすくて良い作戦なので,これを試すことにしました。F君も自分で作戦を考案して,得意そうな表情でした。

この作戦に担当職員は期待していました。F君自身も期待していたと思います。しかし,F君から下級生への暴力行為が再び発生してしまいました。テレビのチャンネルを巡る諍いをきっかけにキレてしまったのです。F君は下級生に謝罪して反省の色が見えましたが,同時にひどく失望していました。

もっと安心イメージを

今回はこのトラブルの振り返りをした際の,F君と担当職員とのやり取りを取り上げたいと思います。

職員「今回の暴力で謝れたのは偉かったけど,手が出たのは残念だったね」

F君「作戦なんか作ったって無駄だよ。やばそうな時にすぐに水道の水を飲んだけど,やっぱりダメじゃん」

職員「そんなにすぐに諦めないの。作戦は悪くなかったと思うよ」

F君「だって,『噴火』はすごく強いんだよ。タントー(担当職員のことです)にはわからないよ!」

職員「想像しかできないけど,すごい勢いで上ってくるの?」

F君「違うよ。勢いとかじゃなくて,すごく熱いの。水道の水なんかじゃ,すぐ蒸発しちゃうよ」

職員「う~ん,そんなに熱いのかぁ。困ったなぁ……F君は“冷凍ビーム”出せない?」

F君「そんなの出せないって。タントーが出してよ。……そうだ,俺が『噴火』しそうになったら,タントーが山ほどかき氷作って食べさせてよ」

職員「かき氷かぁ……,かき氷は無理だけど,氷水なら用意できるなぁ。F君専用の水って言って,指導員室の冷蔵庫にペットボトルの氷水を入れとくから,それ飲む?」

F君「ふ~ん,俺専用の氷水かぁ……。それ,ちょっといいかも」

こんなやり取りで作戦を仕切り直して,『噴火』しそうになったらF君は指導員室に自分専用の氷水をもらいに来ることになりました。担当職員は勤務の日には必ず氷水を作っておいて,担当職員がいなくても,F君の求めに応じてこの氷水を出すようにしました。F君は月に2,3回氷水をもらいに来ました。職員はこの氷水を「F君の水」と呼んでいたのですが,F君は「タントーの水」と呼んでいました。幸いなことに「タントーの水」は効果がありました。その後F君の暴力行為は見られなくなり,下級生に苛立ちを感じると職員に寄ってきて,対応を求めたり,愚痴をこぼしたりするようになりました。

担当に守られるイメージを持てた

F君に良い変化が生れた理由を考えてみたいと思います。氷水は体温を下げてくれるでしょうし,水を飲むことで副交感神経が働きやすくなるなどの生理的な効果も考えられますが,それだけではなくて,F君を脅かす『噴火』の脅威から担当職員が守ってくれるイメージも有効に作用したのだと思います。また,指導員室に氷水をもらいに行くことも,安全基地への接近行動に似た効果があったのかもしれません。諸々の要因が作用して,F君は条件反射的な恐怖反応に脅やかされたとしても,安心感を回復できるようになり,その体験を繰り返すことによって脱感作が進んだと考えられます。

F君が教えてくれたことは,氷水を飲ませれば良いということではありません。子どもの問題行動を外在化して主体的な行動変容を支援することと並行して,子どもの気持ちを汲んだやり取りによって,安心をもたらす人物のイメージを子どもが内在化することも大切だということです。問題の外在化と安心対象の内在化を同時並行的に進めることによって,愛着形成が不十分な子どもが抱える条件反射的な恐怖反応であっても,安心感を上書きすることが可能になると,F君は教えてくれたのです。

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中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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