子どもたちから教わったこと(11)家族の力が子どもを幸せに導く|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

“愛のムチ”の限界

前回は懲らしめるしつけと家族のつながりに関する話を入口にして,家族の中に“悪者”を想定しない家族支援について話を進めました。

政府広報などを見ると,よく「親がしつけと称して虐待をする」という表現を目にします。しかし私の現場経験では,親は「しつけのつもりで虐待をする」ように見えました。

虐待行為のあった保護者に向かって,あなたの行為は虐待に当たると伝えると,多くの人がこう言いました。

「自分もこうやってしつけられてきた」

子どもに痛い思いや怖い思いを与えることがしつけであり,懲りて学ぶことで成長するという考え,すなわち“愛のムチ”という主張が,以前の社会では一般に通用しました。

“愛のムチ”の理屈に基づくと,親の愛情や期待が大きいほど,子どもに対する虐待がひどくなるということになります。私としては愛情が深い親子には幸せになって欲しいので,この理屈にはどうにも違和感を覚えます。“愛のムチ”をふるう親は,子どもを愛するがあまり,不幸な関係になろうとしているのでしょうか。

現実には,親としての愛情と期待の大きさが,親子双方を辛く苦しくしている家族に出会うことがよくあります。期待は麻薬です。相手の人生を生き生きとさせることもあれば,束縛もしくは呪縛となって苦しめることもあります。

“悪者捜し”をしない

親が子どもへの期待に突き動かされて不適切なしつけを行うと,その行為は法律で“児童虐待”と分類されます。そしてその親は,自動的に“悪者”という役回りに立たされます。児童虐待に対応する支援機関は,“悪者”を決めなければいけないのでしょうか。

私がトレーニングを続けている家族療法の世界では,「悪者捜しをしない」という姿勢を基本としています。支援者としては“悪者捜し”をしている感覚はないのですが,つい“この人が原因だ”とか“この人が変わるべきだ”という考えが浮かびます。この考えが先入観となって視野を覆うと,家族が繰り広げている“ドラマ”を純粋な目で見られなくなってしまいます。原因に囚われることで,家族の複雑な実態を見落として,家族の現状からズレた働きかけに陥りやすくなります。

また,“悪”という価値評価を含んでいる点にも,目を向けていただきたいと思います。先述のように,家族の関係は抜き差しならない複雑さを持っています。善悪とか正誤などのように,単純化されたひとつの基準で評価することで,ものすごく多くの情報が抜け落ちて行きます。もったいないですよね。

I君のこと

虐待という文脈に飲み込まれていると,いつの間にか親を悪者と決めつけて,複雑な家族関係を受け止め損ねてしまうものだと苦い思いをしたのがI君でした。

I君は実母からの虐待を主訴に,施設入所した小学3年生の男児です。虐待の内容は強烈で,連日近所に響き渡る大声で怒鳴りつけられ,時々平手打ちや拳骨などの体罰も受けていました。

施設に来たばかりのI君は,険しくピリピリとした雰囲気を撒き散らしていて,強い警戒感を発散する本当に笑わない子どもでした。心理面接でパンケーキやクッキーをいっしょに食べることを半年ほど続け,少しずつI君に笑顔が出てくるようになりました。

この頃になると,I君はそれまで怖いと嫌がっていた実母との面会に挑戦する気持ちになりました。半年ぶりに実母と面会する場を設定し,いざ今から面会という場になると,I君はガチガチに緊張していて,「こわい」と私の手を握っています。私は,自分がI君を守ってあげなくてはいけないと,覚悟を決めて実母が待つ相談室のドアを開けました。

その瞬間,I君は「ママ~!!」と満面の笑顔で実母に抱き付きました。

親子関係は,加害と被害,善と悪,正しいと間違いなどの単純な評価で理解できるものではないのです。もっと複雑な玉石混淆とした混沌であり,その中に力も秘めているのだと思います。

“家族には力がある”という出発点

今回は「家族の力」についてお話したいと思います。家族療法の基本的な発想として,“家族には力がある”という考え方があります。問題があるように見える家族であっても,何がしかの強み(ストレングス)や資源(リソース)を持っているはずだという考え方です。例えば,知的障害のために母親の育児が行き届かず,赤ちゃんに飲ませるミルクが薄すぎたり,沐浴が週に1回だったりするネグレクト家庭と出会うと,どう支援したらいいんだろうと困ってしまいます。しかし,母親は子どもをとても可愛がっていたり,母方の実家が協力的だという強みを持っていたりもします。支援者はどうも問題に目が向きやすい傾向があり,強みを見逃しがちです。まるでその家庭の全てが問題であるかのように感じてしまうことすらあります。

問題と強みは表裏一体

経済的な困窮や生活上の困難や心身の不調や家族間の衝突等のさまざまな問題に見舞われている家族を前にすると,支援者の目に入る物は問題ばかりですから,問題ばかりの家庭に見えてしまうのも無理はありません。

まるで黒いコマに覆われたオセロ盤を眺めているような気分です。こんなに真っ黒でどうしようと,思考が止まってしまいそうになります。でも大丈夫。コマをひっくり返します。ほら,白いコマが出てきました。多くの場合,問題と強みは表裏一体です。“問題”に見えることであっても見る角度を変えてみると,“強み”を秘めていることに気づきます。

例えば万引きを繰り返す息子に保護者が体罰を加えると法的には“虐待”となりますが,それは万引きをやめさせたい“親心”と見ることも可能です。行為は“虐待”であり,意図は“親心”なのです。問題と強みが表裏一体になって,ひとつの出来事を形づくっています

見る角度を変える

見る角度を変えることで,同じ出来事に違う意味を見つけることを「リフレーム」と呼びます。物事を捉える枠組み(フレーム)を付け替えるので,リ・フレームです。このリフレームという技法に慣れてくると,家族の力を見つけるのが楽になってきます。しかし,慣れないうちはなかなか違う見方を思いつきません。ましてや,面接の中でスルッと出てくるようになるまでには,私はけっこう時間がかかりました。

そんな私がリフレームを思いつくようになる際に役立った,視点の切り換えの取っ掛かりとなる目の付け所を紹介したいと思います。ここからのお話は分類じみた話になりますが,分類にこだわると思考が固くなってしまうので,あくまでも新しい見方を思いつくための足掛かりとしてお読みください。

視点の広がりの個人史

私が面接で新しい視点を活用する際に,まず試しやすかったのが「言い換え」でした。否定的な表現を肯定的な表現に言い換える応答です。例えば先ほど例に挙げた息子に体罰を加える父親が,「息子が万引きを繰り返して本当に腹が立つ」と言ったら,「お父さんとしては心配ですね」と返すという具合です。“腹が立つ”を“心配だ”と言い換えています。こうすることで,やり取りの雰囲気が和らいで受容的になります。ただし,言い換えを多用しすぎると,相手にとっては共感してもらえない感じがして,かえって逆効果になることもありました。

言い換えに慣れてくると,「状況の置き換え」もスムーズに出てくるようになりました。例えば体罰を加える父親が「げんこつ一発くらいで何が虐待だ」と言ったら,「昭和の時代なら愛情表現のひとつだったんですけどね」と応じるという具合です。時代背景を置き換えると,否定的な文脈に肯定的な文脈を加えることができて,対立的な意見を柔らかく受け止められます。さらにひと言,「時代は変わりましたよね」と添えると,受容的な雰囲気を保ちながら,今の社会は暴力を許容しないという認識を伝えることもできます。

背景にある文脈への関心

次に活用できるようになった新たな視点は,「そもそもの動機」でした。“問題”と見える行為であっても,そもそもどんな気持ちや意図,つまり動機に基づいて生じているのかと考えると,割合に肯定的な意味を持つことが多いと気づきました。例えば体罰を加える父親のそもそもの動機は,“万引きをやめさせたい”ということです。動機に限って言えば,私も全面的に賛成できます。ただし,目的を達成するための手段はまずいです。法律に禁じられているということだけでなく,父親が望む効果が出ていないからです。それどころか,頑張るほどに状況が悪化してくことすらあります。動機にはとても共感できるのですが,今の行為をどうぞ続けてくださいとは,とても言えません。

私の中でそもそもの動機に目が向くようになると,家族のメンバー一人ひとりに動機があるということが見えてきました。それぞれの動機は肯定的なのですが,その動機に基づいて行動すると家族の中で衝突が生じているのが見えてきました。例えば万引きを繰り返す息子は,クラスで流行っているキャラクターのグッズを盗っていて,「みんなの仲間に入りたかった」と理由を説明したとします。そもそもの動機は肯定的なものと言えます。でも,万引という手段を選んでしまっています。父親は息子の動機を知りませんから,欲しい物を我慢できない我がままな犯罪予備軍になってしまったと危機感を覚えるでしょう。そして,叩いてでも直してあげなくてはいけないと頑張ってしまいます。

この家族のドラマをビデオ映像に撮影するとしたら,カメラを息子のアップのフレーム取りにすると,仲間が欲しい寂しい子どもの物語が見えてきます。父親をアップにすると,子どもを心配して焦燥感に駆られる親の物語が見えてきます。そして,カメラを引いてフレームをワイドにすると,寂しい息子と空回りする父親が織りなす切ないホームドラマが見えてきます。フレームを動かすと,そこに映る物語が変わるのです。

自分たちの力の再発見

背景にある物語に関心を向けることをリフレームと呼んで良いのか疑わしいのですが,ここでは正確な分類を脇に置いて,家族に潜む力を見つけ出し,活性化するための関わりや働きかけが,私の中でどのように発展してきたのかについて記してきました。

家族をエンパワーするとか力を信じるということは,おだてたり褒めそやしたりするのとは違うということを理解していただけたでしょうか。子どもや家族は辛い日常に慣れ切ってしまい,自分たちの強みを過小評価したり,見落としたりしています。だから,支援者が家族の強みを“拡大”して見せたり,“発掘”して見つけ出したりするのです。具体的に支援者が何をするかと言えば,家族の中に存在しているささやかな力にぐっと注目して,そこに焦点を当てて詳しく聴き,埋もれていた肯定的な意味を言葉にして返します。そして,家族が自分たちの力を再発見できると,お互いの関わり方に良い循環が生まれて,普段の生活の中に安心や笑顔が増えていきます。

J君について

家族が持つ力がうまく嚙み合うと,子どもの人生が良い方向に変わることを実感させてくれたのが,J君家族でした。なお紹介する事例は,複数のケースの情報を加工した架空の事例です。

J君は家出を主訴に,施設に入所してきました。小学4年生の頃から頻繁に家出をするようになり,5年生になると1カ月以上帰宅しないこともあり,近所のスーパーで食べるものを万引きしながら,神社の縁の下などで生活するようになっていました。施設に入所した当初のJ君は,髪がぼさぼさに伸び放題で,大人が近づくだけできつい目つきで睨んでくるような子どもでした。

J君の家族は,実母,養父,幼い弟の4人世帯でした。実母は受け答えが丁寧な控え目な印象の方で,DVが原因で前夫と離婚しました。養父とは職場で知り合い,幼いJ君を抱えて苦労する実母によく声をかけてくれたそうです。養父は義理や約束を大事にするタイプで,現場で信頼される職人でした。養父は実母との結婚が初婚であり,実母は子連れ再婚の自分と結婚してくれた養父に感謝していると,よく言っていました。

J君と家族の歴史

乳幼児期のJ君は歩き始めが早くて,活発に動き回る子どもでした。実母は男の子だからそんなものだと思っていたのですが,J君が3歳になり保育園に通いだすと,集団行動に乗れず,友達に暴力を振るうなど,保育園から再三連絡が入るようになりました。困った実母は実父にJ君のことを相談するのですが,いつも「お前の躾が悪い。甘やかすからいけない」と言われていたそうです。

実父は浪費癖があり,実母に意見されると怒鳴ったり叩いたりする人でした。J君が小学校に上がる前に実父との離婚が成立して,実母は実家に戻りました。実母の実家は生活に余裕がなく,間取りの狭い団地だったので,肩身の狭い思いで過ごしていました。

J君は小学校に上がってからも,離席が多く,友達への暴力が出ることもあったので,時々学校から実母に連絡が入りました。実母は学校から連絡があるとJ君に事情を聞き,その上で“親として悲しいよ”と注意をしました。それでしばらくの間は問題行動が収まるのですが,数カ月するとまた問題が繰り返されるという状況でした。

J君が小学3年生の頃に実母と養父が再婚して,新しい生活が始まりました。夫婦仲が良く,実母の生活は安定しました。しかし,J君の問題行動は続きました。

実母が再婚をしてからは,実母の注意に加えて,養父がJ君にこんこんと言って聞かせるという対応も加わりました。それでもJ君の学校での問題行動はなくなりませんでした。むしろ,弟が生まれる前後から,問題行動が増えました。学校から実母に連絡が入る回数が増えにつれて,養父がJ君にお説教をする時間がどんどんと長くなり,正座をさせて延々とお説教をするようになりました。さらに反省文や体罰まで加えるようになり,ついにJ君は家出をするようになったのでした。

家族への介入を開始

J君が施設に入ってから,実母はこまめに連絡をくれました。季節ごとの衣類の入れ替えも,ちゃんと用意してくれてありました。寮や学校での生活が徐々に安定してきたことを実母に伝えると,電話口で嬉しそうな声で喜び,月に1回の面会では必ずJ君を褒めてくれました。入所から半年もすると,J君も実母との交流を楽しみにするようになっていて,時々連れてくる幼い弟とも上手に遊んでいました。弟も「にいに~」と抱きついてきます。家族3人で過ごしていると,微笑ましい家族の時間が流れます。

ほのぼのとした家族風景を眺めながら,私の中に強い違和感が生じました。“こんなに微笑ましい親子が,どうして入所前のような状況になってしまったんだろう?” 「悪者捜し」をすれば養父が犯人ということで一件落着なのですが,すでに家族療法を勉強していた私はその結論を採用しませんでした。“親子関係にボタンの掛け違いが生じているはずだ”という前提で考えると,まず思い浮かんだのは,“育てにくい子だ”ということでした。

お気づきの方もいると思いますが,J君にはADHD傾向が認められました。成育歴,行動観察,知能検査などから,注意が転導しやすい特徴が見て取れます。いわゆる“発達障害”を持つ子どもに普通の躾をしたことで,懲罰がエスカレートして親子関係がこじれてしまったのだろうという仮説を思いつきました。

実母の思い込みへのアプローチ

翌月の親子交流の後に,実母と面接する時間を設けました。私から検査結果などを示しながら,J君はADHDに該当する特徴を持っていて,“育てにくい子”だったと思われることを説明しました。

実母:「そうだったんですね。私の育て方が悪かった訳ではなかったんですね(大きく息を吐き)。良かったぁ。……ずっと私のせいだと思っていました」

私:「むしろ優しい所をしっかり伸ばしていて,上手に育てられたんじゃないかと思いますよ」

実母:「そうですかぁ。……良かったぁ」(じわっと涙目)

強みに着目した私のリフレーム的な応答によって,実母の思い込みを解きほぐして,エンパワできた手ごたえがありました。J君の家族再統合が,ぐっと前進するに違いないと,その時の私は思っていました。

予想外の介入効果

しばらくしてから翌月の親子交流の日程を確認するために,実母に電話をしたところ,翌月も面接時間を取ってほしいという要望がありました。前向きな話を進められると思い込んで,私は実母との面接に臨みました。

実母:「先月,先生のお話を伺ってから,もうどうしていいのかわからなくなりました」

私:「えっ,どういうことでしょう?」

実母:「お話を伺った時は,自分のせいじゃなくて良かったと思いましたけど,よく考えたら,障害が原因ってことは,一生治らないってことですよね」

私:「いや……,確かに治るものではないんですが,本人なりのペースで成長はあるかと」

実母:「いずれあの子が家に戻ってきたら,またあの生活が始まるんだと思って……。障害のことを夫婦で話したんです。夫は『大丈夫。協力する』って言ってくれたんですけど,ただでさえ子連れ再婚なのに,その上子どもに障害もあって,もう申し訳なくて……」

私:「申し訳ない……そうですねぇ,つらいですね」

実母:「ええ,でも,あの子のことも,やっぱり大事なんです。先月,優しい子だって先生に言われて,すごく嬉しかったんです。『そうだよね』って。みんなわかってくれないけど,優しい子なんだって」

私:「そうですよね。……私もどうしていいかわからないけど,ひとまずお父さんにも話し合いに加わってもらいましょう」

実母:「そうですね。あの人の本当の気持ちも聞きたいです」

実母が豹変した

養父の休みを調整してもらって,2週間ほど後に夫婦で施設に来てもらいました。J君の“障害”について,私から養父にも直接説明をして,養父のお考えを伺いたいということで来園をお願いしました。まず,私から“障害”について説明をしたところで,養父は突っかかってくるような調子で自分の意見をしゃべり始めました。

養父:「あんたら専門家かなんか知らんけど,“障害”だって言われた親の気持ちがわかるのか。あいつが家でどんな風だったかわかってんのか。俺はこれもして,あれもして,こんな苦労もして,あんな努力もしてやってきたんだよ。そんな親の気持ちがわかるのかよ」

私:「“障害”と呼ばれることで,心配を感じるのはごもっともなことだと思います」

養父:「心配はごもっとも,とかじゃないんだよ。どうしたらいいんだよ」

私:「“障害”と言っても,本人なりのペースで成長も見られています。学園では,○○○とか△△△の点で成長していますので,本人のペースで」

養父:「本人のペース,じゃないんだよ。どうしたら治るのかって聞いてんだよ。それを教えてくれないと意味がないだろう。なあ,お前からも言ってやれよ」

実母:(呆れた表情で養父に向き直り)「よ~くわかりました。あなたはいつもこうだよね。自分だけが正しいって顔をして,人の話をちっとも聞いていない。Jにもずっと同じことをしていたんだよ。わかってる?!」

養父と私:(実母の豹変に驚き,互いに顔を見合わせる)

養父:「どうしたの? お前が元気をなくしているから,俺がこいつらに一発言ってやらなきゃって」

実母:「そういうことじゃないの。あなたがあの子に何をできたの。この学園であの子は本当に成長したのよ。あなたは今みたいに,一方的にあの子を追い詰めただけじゃない。いいです! これからは,私があの子のことを守ります」

養父:「……」(困った表情で言葉が出てこない)

私が頼りないファシリテーターだったことが幸いして,この面接で実母の力が覚醒しました。この後,とんとん拍子でJ君の外泊を開始することになり,とても緊張しながらJ君は初外泊に出かけました。帰園してからJ君に感想を聞くと,“養父が歓迎してくれた,あんなに優しい養父は何年振りだろう”と言っていました。支援者が思い描いたシナリオ通りに事態が動かなくても,家族は自分たちの力で幸せに近づこうとしているのだと思います。

今回のエピソードは実母が主役みたいになっていますが,実はJ君が教えてくれた家族の力があるんです。何回か外泊を繰り返した頃にJ君が,こう言いました。

「今回の外泊は何にもなくてさ,ただ飯食って,テレビ見て,話して,のんびりしていただけ。それなのに元気になったんだよね。やっぱ,家族っていいね」

中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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