子どもたちから教わったこと(8)知ることと語ることが回復の力になる|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第8号(2023年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.8 (2023, Nov.)

性格を直そうとしない

前回は愛着(アタッチメント)形成が不十分な子どもが呈する,トラウマ反応に由来する暴力行為の捉え方と援助方針をお話ししました。まず捉え方ですが,暴力を振るう子は“乱暴”に見えますが,トラウマ反応は条件反射だということを考えると,本人の性格の問題だと捉えるのは気の毒な面があります。「性格が悪い乱暴な子」と見るよりも,「トラウマに苦しむ子」という見方で問題を性格から切り離した方が,子どもと支援者の双方にとって支援に取り組みやすくなります。

ただし,子どもには主体としての責任があることを忘れてはいけません。ここで言う責任とは,“悪者”として責めや罰を受けるという意味ではなくて,自らの行為を償い,自他共に心地よく過ごせるようになるための“主役”は自分だと自覚し,実行することです。大人の頑張りどころは,子どもがこの責任を果たせるように応援することです。

外在化と内在化を並行する

自分では止められない衝動行為を克服する経過を教えてくれたのは,前々回から続いて登場したF君でした。まず問題行動を性格から切り離して「外在化」することで,F君は問題を起こす人から,問題を克服しようとする人に立場が変わり,担当職員と協働で解決に当たるパートナーという位置づけになりました。

トラウマ反応による条件反射を克服するためには,「脱感作」を使います。脱感作は言うなれば,恐怖反応が結び付いている刺激に,安心反応を“上書き”する技法です。ここで愛着(アタッチメント)形成が不十分な子どもは,うまく安心できないという問題が立ち塞がります。F君の場合は,担当職員が面接などを通じてF君の安心感や自己効能感を高め,興奮の兆候が出た時には対処行動として水を飲むという作戦を決めました。しかし,F君はそれだけでは興奮をうまく制御できなかったので,さらに安心イメージを賦活化するF君専用の氷水である“タントーの水”を用意したところ,今度は条件反射的な興奮を制御できるようになりました。

問題行動の外在化と安心イメージの内在化を並行的に進めることで,愛着(アタッチメント)形成が不十分な子どもであっても,トラウマ体験による条件反射の頸木(くびき)から解放され,主体的な生活を取り戻すことができるようになるということをF君は教えてくれました。

心理教育も大切

トラウマケアの経験がある方の中には,F君の支援経過を読んで違和感を覚えた方もいたのではないでしょうか。「なんでトラウマの心理教育をしないの?」という疑問が湧くと思います。トラウマケアにおいて心理教育は効果的な働きかけですから,F君に対して行っていて然るべきです。それにもかかわらず,前回は心理教育に触れませんでした。その理由は,外在化に焦点を絞って,話を進めたかったからです。心理教育に触れるとどうしても話が長くなるので,ひとまず脇に置いて,それぞれ別の回にお話しすることにしました。実際の支援過程では,外在化と心理教育を併用することが多いのだとご理解ください。

心理教育とは,疾病を持つ本人やその家族に対して,心理学や精神医学などの知見に基づいて症状等に関する知識や対処法を伝えることで,それによって本人や家族がエンパワーされて主体的に治療等に取り組むようになることを目的としています。トラウマを体験した人が安心を回復する上で,支援者による傾聴が有効ですが,傾聴だけではその人の混乱や動揺が治まるのが難しい場合もあります。そのような場合,支援者からの能動的な働きかけが有効です。働きかけの方法はいくつかあり,心理教育はその中のひとつに当たります。当事者が専門的な知識や理論を知ることで,自分に生じている混乱や動揺を理性的に認識し直すことができて,安心が回復しやすくなります。

異常事態への正常反応

トラウマ反応が生じている子どもやその家族に対して,一般的にどのような内容の心理教育を行うのか見ていきたいと思います。まず,始めに伝えたいのは,“今起きている反応は,特別な出来事への自然な反応だ”というメッセージです。トラウマ体験は,普段ならばあり得ないほど強い衝撃を受ける特別な出来事です。だから,その特別な出来事への反応が普段と違うものになるのは当然だ,という考え方を説明します。この考え方をひと言にまとめて,「異常事態への正常反応」と伝えることもあります。

しかし,トラウマ反応が“正常反応”と言われても,ピンと来ない人もいます。さらに説明を加える時は,神経生理学の知見に基づいて,トラウマ反応は哺乳動物がピンチに遭った時に発動する危機対応モードであることを伝えます。トラウマ場面は強い恐怖を感じる危機事態ですから,生存のために普段と違うモードが発動します。これは動物の本能として,とても自然な反応です。

3つのF

神経生理学から見たトラウマ反応について,もう少し詳しく説明をします。なお,“トラウマ反応”は臨床的な性格が強い用語なので,神経生理学的な説明の中ではより一般的な「ストレス反応」と表現することにします。

天敵に出会ったりして強いストレスに晒された哺乳動物が示す行動には,大別して3種類あると言われています。敵と戦う闘争か,敵から逃げる逃走か,動かなくなる凍結の3種類です。英語では,闘争がFight,逃走がFlight,凍結がFreezeなので,これらを総称して「3つのF」と呼んでいます。闘争か逃走の行動を取る時に,動物は心拍と呼吸が速くなり,活動性が高まって感覚も鋭くなり,必死にもがきます。この頑張りが功を奏しないとなると,動物は凍結の行動を取り,活動が乏しくなり感覚も鈍くなります。うずくまって動かなくなってしまうという感じです。

さて,子どもの支援に関わる方は,子どもの問題行動を思い出してみてください。パニックになって大騒ぎしている姿は,子どもが必死にもがいている姿と見ることができるかもしれません。黙り込んで動かなくなっている姿は,うずくまっているところと見ることができるかもしれません。問題行動には,強いストレスに対する反応として現れた,本能的な行動という側面を持つものが多いと思います。

徐々におさまる

続いて心理教育で伝えたいメッセージは,“普通の生活の中で,ストレス反応は徐々におさまっていく”ということです。衝撃的な体験をした後に心身の変調を感じた人の多くが,“ずっとこのままだったらどうしよう”という不安を感じます。しかしこの不安はトラウマ反応の影響を強く受けているので,専門的な立場から今後の見通しを伝えることによって,気持ちの落ち着きを取り戻してもらうことができます。

自然災害におけるPTSDの発症率は5~10%と言われていて,阪神淡路大震災の3~4カ月後の早稲田大学等の医師チームによる調査(坂野ら,1996)では,男性で12.90%,女性で9.09%,全体では10.94%の有病率でした。大きなトラウマを体験しても,9割ほどの人はPTSDの診断基準に該当するほどの症状は残らないと言って良いのです。

ただし,PTSDの診断基準を満たすほどに多様な症状を持っていないものの,いくつかのトラウマ症状を長期的に抱えている人は被災者の半数に上るという調査(朝日新聞による東日本大震災(2011)の被災3県でのアンケート調査,2020)もあります。トラウマ症状は自然に治るからと,放置しておいて大丈夫ということではありません。やはり早期にケアを行うことも必要です。

あなたが悪いのではない

トラウマの心理教育を行う際に,私がもうひとつ伝えているメッセージは,“つらい思いをするのは,あなたが悪かったからではない”ということです。トラウマ反応のひとつに「認知と気分の陰性の変化」があり,現実的にはそれほど落ち度がなかったとしても,衝撃的な出来事を体験した人は罪悪感が湧きやすくなり,孤立感や疎外感が強まります。周囲からの支えを受けて安心を回復してほしい時に,孤立してしまうのは好ましくありません。だから,罪悪感を和らげるために,「ショックを受けた後は,誰でも罪悪感が湧きやすくなるけど,そんなにあなたが悪いのではない」ということを伝えます。

実際のところ,このメッセージを納得してもらうのは容易なことではありません。本人の感覚では,“そうかもしれないけど,あまり納得はできない”と感じるようです。でも,私はこのくらいの受け止め方をしてもらえたら十分だと思っています。罪悪感は自然に湧いてくるものなので,それを無理して抑えつけようとするとかえって苦しくなるからです。ケアのつもりであっても,苦しいことを増やしてしまったら逆効果になってしまいます。このメッセージは納得を求めるものではなくて,当事者がいずれ苦しさから抜け出す時の助けになってほしいと願って伝える,“布石”のようなメッセージと言えます。

緊急支援で出会ったG君

衝撃的な体験をした人への心理支援では,傾聴するだけでなく,心理教育も大切であることを実感させてくれた緊急支援活動とG君のことを紹介したいと思います。緊急支援活動の舞台は一般の高校で,G君は何人かのエピソードを統合した架空事例です。個人情報保護のために,エピソードの内容等を改変してあります。

県内の高校で男子生徒が自死をするという痛ましい出来事があり,私は緊急支援チームの一員として学校を訪れました。亡くなった男子生徒は下校中にビルから転落しており,警察が諸々の状況から見て自殺と判断したそうです。その日のうちに学校から緊急支援チームに出動要請があり,ただちに出動して,当面の対応について教育委員会と共にコンサルテーションを行いました。この事件は夜のニュースで報道されたので,生徒や保護者が事件を知ってかなり動揺しているであろうことは容易に想像がつきます。遺族への弔問と翌朝からの対応について,学校側と深夜まで綿密に協議を重ねました。

事件翌日の朝

翌朝は通常よりも少し早い時間に職員朝礼を開始して,校長先生から全職員に対して事件の経過説明がありました。それに続いて副校長先生から,本日の日課の説明があり,保護者からの問い合わせや報道機関への対応に関するお知らせがありました。続いて緊急支援チームから5分ほどの心理教育を行い,生徒に不眠やハイテンションなどのストレス反応が現れる可能性があるけれど,それらは自然な反応であり,一時的なものであるという解説をしました。そして,このような時に大切なことは,まず大人が落ち着いていて,失われた命を悼む気持ちを冷静に表現できることであり,正確な事実説明とストレス反応の心理教育によって,ほとんどの子どもが落ち着きを取り戻すという見通しを伝えました。

これと並行して生徒たちが登校してきています。登校指導の先生方から,いつもに比べて学校全体がザワザワとして落ち着きがなく,生徒たちがハイテンションになっているという報告がありました。特に亡くなった生徒のクラスと部活の仲間の間に,ソワソワしたりヘラヘラしたりする様子が見られるということでした。この状況は想定していたことであり,昨晩のうちに通常の日課を変更して,朝の会の時間を10分延ばして校長先生から全校放送で経過説明をすることにしてありました。

集団的なケア

朝の会の時間になり,各教室に担任の先生が移動しました。保健室には緊急支援チームのスタッフが控えています。全校放送が始まり,校長先生が事件の経過を説明しました。続いて校長先生が,ひとりの生徒の命が失われたことへの深い悲しみについて,時折声を詰まらせながら全校生徒に語り掛けました。そして各担任から,ストレス反応についての説明と当面の相談体制の案内をして朝の会が終わりました。朝の会は全体で20分ほどの時間でしたが,各教室から聞こえていたザワザワする声が静まり,学校全体が落ち着いた雰囲気を取り戻しました。

亡くなった生徒のクラスでは,朝の会に続いてさらに丁寧な心理教育を行いました。担任に代わって私から,身近な人を失った喪失のショックによって罪悪感が湧きやすくなることや,亡くなった生徒の思い出を語り合うことで徐々に心の痛みが和らいでいくことなどを話しました。ほとんどの生徒がうつむきながら話を聞いていて,何人かの生徒は涙を流していました。そんな中,無表情のままじっとこちらを見ながら話を聞いている男子生徒がいました。それがG君でした。

G君との個別面接

私の心理教育の最後に,「この後,個別に話をすることができるので,希望者は担任の先生に申し出てください」とアナウンスをしました。やはり,G君は個別面接を申し込んできました。

2人で面接室に移動して,面接を始めました。ところが,相談したいことを尋ねても,G君は沈黙していて相談が始まりません。

私:相談したいのはどんなことですか?

G君:…(沈黙,俯いて瞬きが少ない)…

私:答えにくいことは無理しなくていいよ……。昨日の事件はびっくりしたでしょ?

G君:(頷く)

私:ご飯は食べられる?

G君:(首を振って否定)

私:昨日は寝られた?

G君:(首を振って否定)……どうしても考えちゃって……。

私:どんなことを?

G君:……俺,悪くないのかな?

私:どういうこと?

G君:……きっと,最後にあいつと話したの俺だと思います。あいつ部活でレギュラーから外されちゃって,昨日の放課後「もう部活やめようかな」とか言うから,「絶対やめるなよ。死ぬ気で頑張ればいいじゃん」って言って,俺だけ先に部室に行ったんです。それで,あいつ部活に来なくて,部活終わってからSNSしたけど返事がなくて……。

私:そういうことがあったんだ……そりゃいろいろと考えちゃうね……。

G君:…ずっと,俺のせいかなって思っていて……で,なんか怖くて……。

私:誰かに相談した?

G君:怖くて,誰にも言えなくて,ずっと独りで考えていた。

私:それは苦しいなぁ。

G君:俺,このまま生きていていいのかなとか思って……(涙)……。

私:……(ティッシュを渡す)……

G君:(ティッシュを受け取り)ハァ~(大きくため息),話したら少し楽になりました。……ずっと俺のせいだと思っていて,誰にも言えなくて,でもさっきストレス反応の話を聞いたら,すごく自分に当てはまっていて,俺が悪いってことでもないのかなと思って,それで先生と話してみようと思いました。

私:ありがとう。こういう時は,“自分のせい”っていう気持ちが湧きやすいからね。

G君:そうですね,半分は“そういうことかな”って分かったけど,でも半分はまだ“俺が悪いのかも”って思ってる感じです。

私:それで自然だと思う。まだつらい時があると思うけど,誰かに相談できそう?

G君:親に相談してみようと思います。わかってくれると思います。

知識と安心が力になる

G君とのやり取りから,傷ついた人が罪悪感や孤立感によって,どのように追い込まれているのか感じ取っていただけたでしょうか。G君は希死念慮に近い感情を持っていて,比較的リスクが高い状態にありましたが,心理教育を受けていなければ誰かに相談することはなかったかもしれません。ストレス反応に関する知識を得ることは,普段と違う自分の心身の状態について肯定的に捉えるためのきっかけになり,自分の心身を安定させる力を取り戻すための足掛かりになるようです。

“教育”という言葉に釣られて,情報提供をすれば心理教育になると受け止められることがあるのですが,チラシやWebサイトだけでは十分に安心を得られない人もいます。情緒的な交流を持ちやすい対面での講義や面接の場も,やはり重要です。心理的応急処置の手引きである「サイコロジカル・ファーストエイド」(米国版,2009)でも,8つの活動内容の中に『被災者に近づき,活動を始める』『安全と安心感』『安定化(被災者の混乱を鎮め,見通しがもてるようにする)』『周囲の人々との関わりを促進する』『対処に役立つ情報』などを挙げています。トラウマケアに限ったことではないと思いますが,情報伝達と情緒交流を相互に交わし合える場は,心理支援の基盤として欠かせないものなのだと思います。

文  献
  • 朝日新聞デジタル(2020)いま伝えたい「千人の声」2020:2人に1人,PTSD症状.2020年3月7日掲載(2023年10月31日取得).
  • 坂野雄二・嶋田洋徳・辻内琢也・伊藤克人・赤林朗・吉内一浩・野村忍・久保木富房・末松弘行(1996)阪神・淡路大震災における心身医学的諸問題(I):PTSDの諸症状と心理的ストレス反応を中心として.心身医学,36(8); 649-656.
  • アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク,アメリカ国立PTSDセンター(兵庫県こころのケアセンター訳,2009)サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き,第2版.兵庫県こころのケアセンター,p.8.https://www.j-hits.org/document/pfa_spr/page1.html
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中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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