子どもたちから教わったこと(9)その場面が本当に見えている|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第10号(2024年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.10 (2024, Jan.)

心理教育で安心感が回復

前回はトラウマケアでの心理教育についてお話しました。衝撃的な体験によって普段と違う反応が心身に現れて混乱や動揺を来たしている時に,トラウマに関する知識や理論を教えてもらうと,自分の心と体に起きている現象を理性的に認識し直すことができます。すると安心と安定を取り戻して,主体的に問題解決に取り組みやすくなります。トラウマケアにおいて心理教育は重視されており,未知の事態に対する混乱から回復する上で,有効な手段と考えられています。

心理教育のメッセージ

心理教育で一般的に使われるメッセージの1つ目が,「異常事態への正常反応」です。トラウマ体験は異常な事態であり,それに対して通常と違う反応が現れるのは自然なことだという考えです。通常と違う反応の代表例が,闘争Fight,逃走Flight,凍結freezeの「3つのF」です。これらは野生動物の本能として備わっている機能だと言われています。

2つ目のメッセージは,「徐々におさまる」です。安全と安定が見通せる普通の生活を送るうちに,トラウマ反応は徐々におさまっていくので,自然災害におけるPTSDの発症率は5~10%と言われています。ただ,PTSDの診断基準を満たす状態ではないものの,いくつかのトラウマ症状を長期的に抱えている人も大勢います。やはり早期にケアを行うことも必要です。

3つ目のメッセージは,「あなたが悪いのではない」です。トラウマ反応のひとつに「認知と気分の陰性の変化」があり,衝撃的な出来事を体験した人は罪悪感が湧きやすくなり,孤立感や疎外感が強まります。そのため,罪悪感を和らげるメッセージを伝えます。ただ,当事者にとってこのメッセージは納得しにくいもののようです。将来的に役立つことを願って伝える,“布石”のようなメッセージです。

人知れず追い詰められていたG君

心理教育の大切さを実感させてくれたのはG君でした。私がG君と出会ったのは,自死発生に伴う学校緊急支援の時でした。G君は亡くなった生徒と最後にやり取りをしたかもしれない人物でした。G君のクラスで心理教育の講話をした時に,涙を流す生徒がいる中,G君は無表情のままじっと心理士を見つめていました。講話の後にG君は個別面接を希望しました。G君は口が重かったのですが,ようやく話し出すと,亡くなった生徒に自分が最後にかけた言葉を教えてくれました。それが「死ぬ気で頑張ればいいじゃん」だったのです。友人の自死は自分のせいかもしれないという罪悪感を持っていたと言って,G君は涙をこぼしました。このような自己開示のきっかけになったのは,クラスでの心理教育でした。心理教育で気持ちを表出したくなったら,それを安心して表現できる受け皿が用意されていることも,心理教育を行う際に大切なことです。

トラウマ反応の4つの症候群

第6回からトラウマに関する話が続き,その中で「トラウマ反応」という言葉を何度も使ってきました。しかし,トラウマ反応が具体的にどういうものかという説明は,省略してきました。簡潔にまとめることが難しいと思ったからです。いよいよ今回,トラウマ反応について,その具体的な内容を説明したいと思います。

では,トラウマに関連する精神疾患の代表格と言える,PTSDの主な症状を基にトラウマ反応とはどのようなものか見ていきましょう。PTSDの症状群には「侵入症状(再体験)」「回避症状」「認知と気分の陰性の変化(否定的感情と認知)」「覚醒度と反応性の著しい変化(過覚醒)」の4つがあります。

侵入症状

「侵入症状」は再体験症状と言うこともあり,本人の意思に関係なくトラウマ場面の記憶が突然よみがえって,今その場面にいるかのように,その時に感じた知覚や感情も含めて再体験することです。この症状は繰り返し現れるため,心理的にも身体的にも苦痛が続きます。この症候群の代表的な症状がフラッシュバックです。トラウマ記憶をよみがえらせるトリガー(引き金)となる刺激,例えば男性の怒声とか車のエンジン音とか厳しい目つきなどをきっかけに,トラウマ体験の記憶が湧き上がり,恐怖感に襲われ,呼吸や脈拍も速くなり,興奮と混乱に陥るのがフラッシュバックです。興奮が激しい場合は,パニック状態に陥ることもあります。また,その場面を思い出している自覚がないままに身体反応が生じて,動悸が速まり興奮も高まった結果,その場にそぐわない乱暴な行動をとってしまうこともあります。

フラッシュバックの他に,トラウマ場面を夢に見る悪夢も,侵入症状のひとつです。夢であっても生々しい恐怖感や無力感を味わうので,夢を見るのが怖くて寝られないという不眠症状を引き起こすことがあります。

回避症状

「回避症状」は,トラウマ場面に関連する記憶や感情に触れることを避けようとして,その話題を拒んだり,関連する人物,場所,活動などを避けようとすることです。例えば,際どいところで津波から逃れられた人がその後は海に近寄れなくなったり,大きな電車事故の際に電車に乗っていた人が事故後に駅に行けなくなったりするのが回避症状です。

回避症状では,避ける対象が広がる「汎化(般化)」という現象が起きることが知られています。汎化が進むと当事者の社会生活上の困難が増え,時に社会的ひきこもりになることがあります。例を挙げると,電車事故を経験した人が電車に乗ることが怖くなり,それが汎化し駅が怖くなり,さらにバスに乗ることも怖くなり,車を見るのも怖くなり,結局は通勤できなくなってしまったという事例を聞いたことがあります。

また,恐怖刺激を回避することで安心感を得られるため,それが報酬となって回避行動が強化されてしまい,回避のループから抜け出しにくくなることも知られています。愛着(アタッチメント)に通じるところがありますが,傷ついた人に安心と元気が満ちたら,安心回復の手段を確保しながら挑戦を促すことも必要です。

認知と気分の陰性の変化

トラウマ記憶となるような衝撃的な出来事に遭遇した人は,その出来事に襲われている時に脅威に圧倒されて抵抗できない無力感や,誰からも守ってもらえない絶望感や孤立感を感じていると言われています。このような耐えがたい脅威から自分を守るために,以前よりも認知や感覚の働きが鈍くなったり,麻痺したりするのがこの症状です。そして,安全になった後も,周囲の世界や自分に対する認識が否定的になります。

認知機能の鈍麻の代表的な例が健忘です。トラウマ体験となる出来事は精神的な衝撃があまりにも強烈なので,重要な部分を思い出せなくなることがあります。これを解離性健忘と呼びます。回避症状と似ていますが,思い出さないようにするのではなくて,本当に記憶が飛んでしまうのが健忘です。認知症や二酸化炭素中毒のように器質的な損傷がある訳ではないのに,精神的な衝撃によって記憶が無くなってしまうということです。

トラウマ体験を負った人の中には,「その出来事を体験する前と後では,世界が変わって見える」と言う人がいます。この世界は救いのない怖い所と感じるようになってしまうそうです。そのため物事の捉え方が否定的になり,周囲の人の関わりに下心があるように感じたり,この先の人生に良いことは起こらないと考えたりしやすくなってしまいます。気分的には抑うつ的になり,何に対しても興味や関心を持てず,面白いとか楽しいといった明るい気持ちが湧きにくくなります。さらに「自分の苦しみは誰にも分からない」と孤立感や疎外感を感じて,苦しみが深くなります。周囲の支えが必要な時に孤立感が深まっていくのは,なんとも皮肉なことです。

また,「サバイバーズ・ギルト」と呼ばれる罪悪感や自責感が生じ,その感情が長期に根深く持続しがちです。客観的な事実は違うと頭では理解していても,「こんな目に遭うのは自分が悪いせいだ」とか「自分が生きていることが申し訳ない」という気持ちがどうしても湧いてきてしまいます。例えば,虐待を受けて施設で生活している子どもは,「自分が悪い子だから施設に入れられた」とか「自分がいない方が家族は幸せなんだ」という気持ちをどこかに抱えていることが多いそうです。

覚醒度と反応性の著しい変化

この症状は「過覚醒」とも呼ばれ,興奮と警戒心が過度に強くなる症状です。ハイテンション(軽躁状態)になりやすく,すぐに苛立って粗暴な言動が見られ,時に怒りが爆発したり,無謀な危険行為に及んだりすることもあります。また,警戒心が強くなるので,ちょっとした物音にビクッと驚いたり,視野の周辺でサッと動く物に敏感に反応したりします。このような状態にあると注意集中が困難になりますし,夜も興奮レベルが下がらずに寝つきが悪くなる睡眠障害が現れることもあります。

過覚醒は,“元気がある”と誤解されることがあります。これは幼稚園の送迎バスに暴走車が衝突した事故があり,緊急支援チームの一員として心のケアに入った時のことでした。担任教諭から,“みんな問題なく,いつもより元気に遊んでます”と報告があり,子どもたちはワイワイとミニカーで遊んでいました。しかしよく見ると,バスに乗用車をぶつけて,「事故だぁ」と不自然にはしゃいでいました。これはトラウマ体験を再現する「再演遊び*」です。恐怖を味わった場面を再現して,ハイテンションになっていたのです。担任教諭に子どもたちが以前と変わった様子はないか尋ねると,些細なことですぐにケンカになると言っていました。実は子どもたちに過覚醒症状が現れていたのですが,一見したところ元気に過ごしているように見えたのでしょう。その後,保護者の方と面接をした時には,子どもが夜遅くまでずっとハイテンションでなかなか寝られず,言葉遣いも乱暴になっていて心配だと言っていました。

*注:再演は侵入症状に分類されます。

症状が継続するとPTSD

ここまで説明した4つの症候群が1カ月以上持続し,それによって顕著な苦痛や,社会生活や日常生活に支障をきたしている場合,医学的にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder;心的外傷後ストレス障害)と診断されます。診断するまでに1カ月の経過観察が必要なのは,前回(第8回)で書いたように,異常事態の後にストレス反応が現れるのは自然なことだからです。

なお,虐待やいじめなどストレス事態が反復したり持続したりする場合,この1カ月という基準が当てはまらなくなります。また生命の危険を感じるほどのストレスでなくても,長期にわたってダメージが蓄積されると,1回のトラウマ体験とは異なる影響が出ることも分かってきました。最新の医学診断では,持続的なストレスによって生じたストレス障害を「複雑性PTSD」と分類することになっています。

脳内のこと

神経生理学的な話は,正直なところ私には手に余る話題ですが,目の前にパニック状態の利用者がいる時に,脳みそで起きていることを想像すると,こちらが少し冷静になれるので,ごく簡潔に説明しておきます。

PTSDの病態の形成に関係が強い部位は,「扁桃体」と「海馬」です。偏桃体は危険判断に関係する部位で,危険そうな状況だと判断すると緊急対応モードのスイッチを入れて,自律神経系の交感神経の活動を活性化します。これには車のアクセルを踏むような作用があり,過覚醒症状は交感神経の活動の典型的な現れです。

「海馬」は情報を一旦貯えて検索用の見出しや日付を付けてから,長期記憶に収める働きをする部位です。トラウマ的な体験をしている場面では,海馬の働きが鈍くなって,未整理のままの記憶を出来事も感情もいっしょくたに“瞬間冷凍”して,恐怖記憶として記憶の貯蔵庫に放り込んでいると考えられています。そのため,トリガーで恐怖記憶が“瞬間解凍”されると,出来事も感情も身体感覚もない交ぜになって,意識の中にあふれ出してしまい,フラッシュバックが起きると言われています。

“その時”にスリップしたH君

今回は,強烈なフラッシュバックがどれほど鮮明にトラウマ体験をよみがえらせるのか,実感させられたH君のエピソードを紹介したいと思います。個人情報保護のために情報を加工してあり,複数の事例のエピソードを合成してあります。

H君は小学6年生の男子です。継父からの暴力が主訴で,施設に入所してきました。痩せぎすで目尻がキッと上がり,一見するときつい性格に見えます。でも,職員と冗談を言い合っている時は顔をクシャクシャにして嬉しそうに笑います。

実母は20歳前後にH君を妊娠し,実父と結婚をしました。実父も若かったので,家庭に落ち着くことができなかったようで,H君が3歳の頃に離婚をしました。母子はしばらく母方実家で生活していたのですが,実母と継父の交際が始まり,H君が小学1年生の時に実母が妹を妊娠し,それを機に結婚をして3人(その後4人)で暮らすようになりました。でも,継父はH君と養子縁組をしませんでした。

H君は発達障害傾向があり,多動が見られました。また,自分の理屈を言いつのるところもあり,いわゆる“育てにくい”子どもだったと思います。H君の特性は,板前修業で鍛えられた継父と相性が悪かったようです。“黙って言われた通りにしろ”と叱られ,素直に聞かないので,“叩いて分からせるしかない”となり,継父の不適切な躾がエスカレートしてしまいました。そして,継父がH君に包丁を向けたり,首を絞めたりするに至り,緊急一時保護となり,そのまま施設入所となりました。

入所当初のH君は,過覚醒状態が顕著でした。もともとの多動傾向と相まって常にソワソワと動いて落ち着かず,物音に敏感で,眠りが浅かったです。表情はいつも険しく,言葉遣いが攻撃的で,苛立ちやすく,よく私物を壊していました。職員は,「まあまあ落ち着こう」となだめながらお付き合いを続け,半年ほどたつとH君の顔つきが和らいできて,女性職員に「ゴロニャーン」と言ってくっついてくることもありました。

H君のフラッシュバック

ある夜の自由時間にその事件は起きました。H君がひとりで楽しそうにテレビを見ていたのですが,男児がやってきてテレビの前に腰を下ろすと,ガハガハと大笑いし始めました。H君はテレビが見えないし,セリフも聞こえなくなってしまったので,男児に文句を言いました。「おい! うるせーよ! どけよ!」目尻が吊り上がっています。男児はそれを無視します。H君はつかつかと男児に歩み寄り,横倒しに突き飛ばしました。

すぐに男性職員が2人の間に入り,「H君暴力はダメだよ」と声をかけました。

すると,H君は突然「うわーあああ!!」と絶叫し始めました。

H君は机やソファをひっくり返します。

その間に男性職員は男児を室外に逃がしました。

男性職員が「Hくーん……落ち着いてぇ……大丈夫だから座ろうか」などと,離れた所から声をかけますが,H君の絶叫はおさまりません。

男性職員はいったんH君を居室に戻そうと思って,「いっしょにお部屋に戻ろう」と言いながらH君に近づきました。

するとH君は急に泣きだして,土下座をしました。

「ごめんなさい,ごめんなさい,ごめんなさい」と謝ります。

男性職員が「大丈夫だから,お部屋に戻ろう」とH君の肩に手をかけると,

H君は「お父さんやめて! こっち来ないで! お父さん来ないで!」と怯えて硬直しました。

男性職員はH君から離れ,斜め後ろに腰を下ろして,H君が落ち着くまで黙って待ちました。

しばらくして,H君の呼吸がちょっと落ち着いたところで,「おーい,Hくーん」と優しく声をかけました。

H君が振り向きました。

男性職員が「今どこにいるか分かる?」と聞くと,H君が「あれ,学園だぁ」と言いました。

さらに男性職員から「僕が誰か分かる?」と聞くと,H君は「○○先生」と言い,「あれ,僕,何してたんだぁ」と言ってボーッとしています。

男性職員が「パニックのスイッチが入って,やらかしちゃった」と伝えると,H君は室内を見て「あ,そうなんだ……ごめんなさい」と謝りました。

男性職員から「片づけを手伝える?」と尋ねると,H君は「う~ん」と首をかしげています。

「いいよ。先生がやるから君は部屋で休みな」と言い,H君を居室に連れていきました。

H君は「先生,ありがとう」と言って,ベッドに横になると,すぐに寝入ってしまいました。

H君に何が起きていたのか

翌日,心理担当がH君から話を聞きました。H君の記憶は曖昧でしたが,絶叫した辺りから,以前継父に首を絞められた場面がはっきりとよみがえっていて,殺されそうな恐怖感も味わっていたそうです。視覚的には自宅の室内が見えていて,男性職員が本物の継父に見えて,セリフはその場で言われた言葉が聞こえていたと言います。男性職員に肩に手をかけられた時は,首がギュッとしまり,呼吸が苦しくなっていたとも言っていました。

フラッシュバックが起きている時に,本人はトラウマ場面に“タイムスリップ”していると言われています。H君の話を聞いて,この比喩が大げさなものではないんだなと,思い知らされました。

文  献

  • American Psychiatric Association(日本精神神経学会監修,2023)DSM-5-TR精神疾患の診断・統計マニュアル(第5版 改訂版).医学書院.
+ 記事

中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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