【特集 がん患者の心理支援──各ライフステージの特徴を理解した支援に向けて】#02 がん患者の気もちのつらさについて|岩滿優美

岩滿優美(北里大学)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.臨床経過におけるがん患者の心理反応

1)がん患者の心理反応

多くのがん患者が気分の落ち込みや不安など,さまざまな気持ちのつらさを感じる。無作為に抽出された入院および外来がん患者を対象に精神科医が面接を行った結果,32%に適応障害が,6%に大うつ病性障害が,そして4%にせん妄が認められ,約半数のがん患者に精神的問題が生じていた(Derogatis et al., 1983)。この報告をきっかけに,がん患者に対する心理支援が重視されるようになった。日本で行われた調査では,適応障害は終末期を除く全病期で,約10から30%のがん患者に認められ,なかにはうつ病へと発展する場合もある(松島,2014)。一方,うつ病は,がんの種類や病期を問わず,約3から12%のがん患者に認められ,一般人口よりもその頻度は高い(Akechi et al., 2004)。どちらも見過ごすことがないよう,常に医療者は精神科的なアセスメントを行う必要がある。もちろん,精神的問題を生じていないがん患者にとっても,がん罹患という急激な変化に対応することは容易ではなく,生命を脅かす病気に日々向き合いながら治療や生活を送ることは,多くの苦悩を伴うことになる。「死を連想するがんに罹患したら,不安や気分の落ち込みを感じることは当たり前」と決めつけることなく,がん患者のこころの反応に医療者は敏感でいたい。

2)がん患者の気もちのつらさの変化

このような気もちのつらさは,臨床経過の中でも変化する。がんの確定診断を受けた時,副作用に悩まされる治療中,そして再発・転移が認められた時,さらには積極的な抗がん治療を中止した時など,それぞれの治療経過の中で新しい局面に遭遇した場合,その気もちのつらさの質や量は変化する。がん罹患や治療はこれまでに経験したことがない出来事であり,「今後,どうなるかわからない」といった不確実性を伴う状況でもある。このような不確実性の中で治療を行うがん患者は,治療の効果に一喜一憂し,不安と期待を抱きながら日々を過ごしている。特に,難治がんの診断や再発,抗がん治療の中止など,「患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせ」となる「悪い知らせ」(内富,2014)を伝えられたがん患者の心理的衝撃は大きく,絶望感を抱きやすいため,十分な心理支援が求められる。

3)初期治療と治療後の気もちのつらさ

初期治療を始めるにあたり,がん患者は,提示された治療法の中から,1つの治療法を選択しなければならない。しかし,がん患者が,がん告知という心理的衝撃の中で,がん罹患を冷静に,そして客観的にとらえ,医療者からの説明や現状を理解することは難しく,その理解の仕方にはバイアスがかかりやすい。また治療中には,治療の副作用に悩まされる場合も多々ある。その後,初期治療が無事に終わったとしても,がん患者の気もちは複雑である。治療がひと段落ついたという安心や喜びを感じる一方,治療に関連した機能障害や外見上の変化に対する喪失,健康な人々の中に戻ることへの不安,さらには再発・転移の不安など,がん患者の心は不安定になりやすい。そのため,この時期は,がん患者の自殺のリスクが最も高い時期と言われており,注意が必要である(内富,2012)。

4)再発・転移,進行期における気もちのつらさ

約50から60%のがん患者に,がんの再発,進行などが認められる(内富,2012)。再発・転移は,治癒を目的に行った治療が不成功であったことを意味しており,がん患者は,破局的な心理的衝撃を受ける。また,医療者から見放されるのではないかという不安,治療が不成功であったことへの憤りなども認められる。

病状が進行していくと,さまざまな身体症状のために日常生活は制限され,がん患者の精神症状は体調に左右される。そのため,痛みのコントロールなど,身体症状の緩和が気もちのつらさの軽減には重要である。さらに,がんに罹患していないように振る舞う否認や,これまでとは異なって自分勝手な行動をとるといった退行など,死が近づいてきたことに対する心の防衛反応が生じることもある。

5)終末期における気もちのつらさ

終末期では,多くのがん患者がさまざまな喪失を体験する。身体的,認知的,および将来に対するコントロール感の喪失,役割,楽しみ,自分らしさといった同一性の喪失,死に対する恐怖や親しい人や家族との別れなど,さまざまなことに思い悩む。モリタMoritaら(2004)は,緩和ケアを受けているがん患者は,不快な身体症状ではなく,「家族に負担をかけたくない」「依存したくない」などの気もちのつらさにより希死念慮を抱くことを報告している。そして,がん患者が希死念慮を表現する背景には,“生きたい”ことへの逆説的表現であったり,死にゆく過程のつらさの表現であったり,今,現在の耐え難い苦痛(痛みなど)に対する援助の求めであるなど,さまざまな意味が含まれている。がん患者の「見捨てられることへの不安」はより一層強まると考えられ,医療者は,最後まで患者の尊厳を尊重しながら接し,患者の希望を支えていきたい(岡村,2014)。

2.がん患者の気もちのつらさ

1)がん患者の気もちのつらさのとらえ方

生物・心理・社会モデル(Engel,1977)の考えをもとに,がん患者の気もちのつらさの感じ方についてみると,生物学的要因(個人の身体的特徴や疾病・障害の有無など),心理学的要因(パーソナリティ,コーピング,感情,信念など),そして社会学的要因(家族関係や友人関係,経済状況など)が相互に影響し合い,これら複合的な影響により,気もちのつらさは生じると考えられる。また,がん患者のQuality of Life(QOL:生活の質)は,①身体面(身体症状,副作用,痛みなど),②機能面(日常生活動作など),③心理面(不安,抑うつ,認知能力など),④社会面(家族や社会との調和,社会的役割,経済環境など)に分類され,さらに,「人生の生きる意味,目的,生きがい,信念」といったQOL全体を支える位置づけにある実存的な側面である「スピリチュアリティ」を含めた包括的QOLとして,とらえられている(野口・松島,2004)。そのため,がん患者が経験する気もちのつらさは,これら5つの側面が相互に関連し合って生じると言える。

2)がん患者の気もちのつらさに対するパスウェイモデル

リーLiら(2010)が提唱した,がん患者の気もちのつらさに対するパスウェイモデル(図1参照)では,がん患者の気もちのつらさを,中程度(正常反応)から適応障害,そして抑うつ障害・不安障害へと,スペクトラムにとらえている。腫瘍量,治療成績,痛みや身体症状といった「がんによる生物学的ストレッサー」と病期,障害の程度,アイデンティティや役割機能の変化,外見の変化,人生の軌跡の変化,不確実性といった「がんによる心理社会的ストレッサー」とが相互に影響を与え,気もちのつらさに対する複合的危険要因となる。しかし,これら2つのストレッサーと気もちのつらさとの間には,年齢,ライフステージ,パーソナリティ,コーピング,愛着スタイル,ソーシャルサポート,スピリチュアリティなどの防御要因が介在し,この防御要因がどのように作用するかによって,気もちのつらさの強度は,変わると考えられている。

図1 がん患者の心理的苦痛のパスウェイモデル(Li et al., 2010を改変)

3.気持ちのつらさと心理特性

将来への見通しが持ちにくく,不確実性の問題に直面するがん患者の気もちのつらさの感じ方には,個人差がある。その個人差要因のひとつに,心理特性がある。ここでは,気もちのつらさのパスウェイモデルにあった,2つのストレッサーと気もちのつらさとに介在する防御要因である心理特性(コーピングとパーソナリティなど)に焦点を当て,説明する。

1)コーピングについて

がんに対する態度を測定するMental Adjustment to Scaleを用いた研究では,すべてが終わったように感じ,希望をなくす「Helplessness/hopelessness(無力感・絶望感)」の高いがん患者は抑うつが高く,がんを受け入れ,積極的な態度でがんに取り組む「Fighting spirit(がんに対する前向きな態度)」の高いがん患者は抑うつが低いことが認められている(Watson et al., 1999; 明智ら,1997)。また,がんを素直に受容し,他の好ましいことを見つける「再定義」や病気や現在の問題に取り組む「対決」を用いるがん患者の気分状態は比較的安定しており,これらのコーピングは適切であるが,忘れようとしたり排除しようとする「抑制」や自己非難したり社会から孤立する「禁欲的受容」を用いるがん患者の気分状態は不安定で,これらのコーピングは不適切であることが報告されている(Weisman&Worden,1976-1977)。しかし,前述したように,がん患者の中には,がん罹患というこの現状に直面化することができずに,心の防衛反応として「否認」「置き換え」「退行」などの一見不適切なコーピングを用いることがある。さらに年齢,時期(初発診断時,再発・転移など),おかれた環境などによって,適切なコーピングが変わり得ることから,その個人と状況に合ったコーピングがよいとされている(岩滿,2024)。

2)パーソナリティなどについて

気もちのつらさを促進する要因には,神経症傾向,特性不安(日ごろから不安を感じやすい性格傾向),感情抑制傾向などがある。Iwamitsuら(2005)は,不安や抑うつなどの否定的感情の表出を抑制するがん患者は,そうでないがん患者と比べて抑うつや不安が高いことを報告している。そもそも感情抑制とは,不安や抑うつといった否定的感情を感じながらも,周囲に迷惑をかけないことを重んじて,自身の感情を表出することなく,社会的に望ましくふるまう傾向をさす。このような感情抑制自体が,がんというストレスに加えてさらにストレスとなり,気もちのつらさが強まると考えられる(Iwamitsu&Buck, 2005)。

一方,がん患者の気もちのつらさを防御する要因として,例えば,出来事をコントロールすることに自信があり,さまざまな出来事に対して常に関与(コミットメント)し,困難に対して積極的に挑戦(チャレンジ)するハーディネスや,近年注目されているレジリエンスがある。レジリエンスとは,深刻で困難な出来事や体験に直面しても適応を示す過程や能力を示しており,ストレスフルな状況から回復する力,あきらめない力である(戸ケ里,2018)。このレジリエンスを促進する要因として,ソーシャルサポート,さまざまなストレスコーピング法の獲得,自己効力感,楽観主義などがある(岩滿,2024)。

3.がん患者の気もちのつらさとがん治療の副作用

がん治療の種類には,外科的治療,放射線治療,内分泌療法,化学療法などがあるが,それぞれの治療中あるいは治療後に生じうる副作用について,医療者は治療開始前にがん患者に十分に説明し,その理解を促すことが重要である。外科的治療では,身体機能の低下やボディイメージの変化が生じることから,がん患者のアイデンティティは揺らぎやすく,自己肯定感も低下しやすい(岩滿,2012)。また放射線治療では,吐き気,嘔吐,全身倦怠感,食思不振などの放射線宿酔や皮膚炎,さらには神経心理学的障害(例:脳に照射した場合,認知機能の低下,記憶障害など)を認めるがん患者もいる(岡村,2014)。化学療法では,口内炎,下痢,悪心・嘔吐などの消化器症状や白血球減少,血小板減少といった骨髄抑制などの副作用がある。なかには,一度行った化学療法中に嘔吐があった場合に,化学療法を受けると思っただけで悪心・嘔吐が生じるといった予期性嘔吐を認めるがん患者もいる。さらに,脱毛という外見上の変化や妊孕性の問題などから,アイデンティティや自尊心が喪失し,気分の落ち込みを認める場合もある(岩滿,2012)。そのため,多くのがん患者は,治療効果に期待しながらも,治療の副作用に不安を抱き,些細な症状に敏感になりやすい。がん患者の心理支援を行う際には,治療経過や治療の副作用についても十分に理解することが大切ある。

4. まとめ

がん患者の気もちのつらさは,がん患者の背景,身体状況,治療状況,心理特性など,さまざまな要因が相互に影響し合っている。心理支援を行う際には,がん患者のこれまでの人生や価値観を理解・尊重し,表出されない気もちのつらさがあることも忘れないでいたい。

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岩滿優美(いわみつ・ゆうみ)
北里大学大学院医療系研究科 医療心理学
資格:公認心理師,臨床心理士

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