【特集 がん患者の心理支援──各ライフステージの特徴を理解した支援に向けて】#07 高齢者のがん診療における支援|小川朝生

小川朝生(国立がん研究センター東病院)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.はじめに

この半世紀にわたり日本人の平均寿命は飛躍的にのびてきた。65歳以上の高齢者人口は総人口の29%を占めるに至っている。高齢者人口増加にともない,全悪性新生物の罹患者数のうち,65歳以上は70%を越え,死亡数では86%に上る。がんの治療においても,高齢者を治療する機会が今後増えてくる。

高齢者のがんは症状が不明瞭であるために発見が遅れ,進行して初めて発見されることが多い。さらに治療を進めるに際して,臓器機能の低下や合併症を避けて通れない。臓器予備能や他の疾患の進行度合い,老化度の評価,薬剤相互作用の影響を考慮に入れた治療計画が求められる。

加えて心理・社会的にも高齢者特有の問題がある。認知症の合併に伴い患者自身が意思決定できない事態が生じた場合や,記憶障害や実行機能の障害のために,服薬や有害事象管理が困難となる場合がある。家族負担が過大となり,介護との連携が必要な症例もある。

ここでは,高齢者への心理社会的支援を考える上で,基本となる高齢者の診療について紹介をしたい。

2.高齢者とがん治療

高齢者の支援を考える上でまずおさえておきたい点は,支援者がもつ高齢者への固定的な観念に注意が必要な点である。医療者は,高齢者が単に年齢が高いと言うだけで一群としてとらえる傾向がある。概して,医療者は高齢者のQuality of Lifeを低く見積もる傾向があり,適切な支援が提供されていない課題がある。実際には,高齢者は医学的にも社会的にも個体差が大きいことが知られている。特に異なる要因として,

1)健康度・活動度
2)余命
3)心理・社会的問題への対処能力
4)周囲から得られる身体・社会的支援

がある。これらのことから,高齢者の全体像を捉えるために,単に予後予測だけではなく,①身体機能の程度,②精神機能の程度,③社会的状況を詳しく評価する必要があることがわかる。

3.高齢者総合機能評価(GA: Geriatric Assessment; CGA: Comprehensive Geriatric Assessment)

高齢者機能評価(Geriatric Assessmentあるいは高齢者総合機能評価: Comprehensive Geriatric Assessment)は,高齢者に対して,身体機能面,精神心理的側面,社会的観点から総合的に評価する手法である(西永,2000)。先ほど触れたとおり,高齢者では,併存症を評価するだけではなく,身体・精神機能,社会的な状況をあわせて評価をし,今後の展開や必要な支援を見積もることが重要である。

がん医療においてGAを用いる利点は,治療を進める上でまず必要な生活支援を明らかにすることができる点である。GAをおこなうことで,全体像を捉えることが可能となり,必要な支援を推定することができる。

特に精神心理的問題としては,認知機能障害とうつ病への予防的対応が重要である。認知機能障害をもつがん患者は,セルフケア能力が低下するため健康状態が悪化しやすい。また認知機能障害自体が,うつ病の危険因子であり,治療のアドヒアランスの低下や死亡リスクの上昇を招く(Wilson et al., 2001)。そのためNCCN(National Comprehensive Cancer Network)の推奨するGAにおいても,どちらの疾患のスクリーニングも盛り込まれるようになった。

GAを行うことの効果も示されており,生命予後の延長や入院,ナーシングホームへの入所を予防したり,認知障害を同定したり,主観的なwell-beingが改善したりする。

以下にGAの主要な評価項目をあげる。

1)身体機能(Activities of Daily Living: ADL)

日常生活の中で食事や排泄など誰もがおこなっている動作や活動をADLという。ADLには,食事,排泄,歩行,入浴,更衣など身の回りの動作からなる基本的ADL(Basic ADL: BADL)と,買い物や外出,食事の準備など社会において自立した生活を営むために必要な活動からなる手段的ADL(Instrumental ADL: IADL)がある。

ADLを評価する目的は,疾病による活動の制限が,その患者にとってどれくらい社会参加を制約するのかを評価するためである。緩和ケアの領域では,生活機能を評価する尺度には広くQOL尺度が用いられるが,介助が必要か否かを具体的に尋ねるADL,IADLは実行能力を評価する点に特徴がある。がんの臨床において,QOL評価は非常にしばしば行われる一方,ADLやIADLの障害を患者がどのように経験しているのかはほとんど分かっていない。

2)栄養

栄養状態の指標が,一定の基準を下回る場合に,低栄養と評価をする。低栄養は,予後や合併症の増加と関連する。栄養を評価する目的は,

①低栄養状態は予後の悪化やADL低下を招きやすい。一方,介入により栄養状態を改善させることで,予後やADLを有意に改善させることができる
②高齢者の脆弱性(Frailty)を示す指標として,栄養状態は他の指標よりも優れている。すなわち,低栄養は身体機能や社会的背景,合併症の総合的な結果として現れてくるものだからである
③栄養的介入により,医療費の軽減や入院期間の短縮が図れる

がある。

3)うつ状態

高齢者においてはうつ状態が高頻度に認められることから,認知機能とは別立てに用意をされる。高齢者の抑つ状態のアセスメント方法としては,高齢者抑うつ尺度(Geriatric Depression Scale: GDS)が代表的である[19]。

4.意思決定能力

医療において,適切なインフォームド・コンセントが成立するためには,患者が医療者から受けた説明内容を適切に理解し・判断する能力を有していることが前提となる。この前提となる能力を「意思決定能力(decision making capacity)」という。

意思決定能力に関しては,わが国では意思決定支援に関するいくつかのガイドラインに記載されている。意思決定支援における基盤となる支援方法を記載した「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」では,意思決定能力は,以下の4つの機能が統合されたものと示している。

①理解力(Understanding): 提供された情報を理解・保持し,自分の言葉で説明できる。診断や治療を理解できる
②認識する能力(Appreciation): 自分自身の診断や治療,治療の選択により将来起こりうる結果を自分のこととして認識し考える能力
③論理的な思考能力(Reasoning): 診断や治療に関する情報を参考に,論理的に比較考察する能力
④選択を表明する能力(States a choice): 意思決定の内容を明瞭に表明する能力

意思決定能力は,物事の理解や判断を行う精神機能に対して,一定の基準を設定し,その水準を満たすかどうかにより,その人の意思表明を認めるかどうかを判断する概念である。その背景には,意思決定能力が自己決定とパターナリズムとの調整を意図している点がある。従来,しばしば障害のある人を無能力視する偏見や固定観念が影響してきた。その経緯から,障害者の権利に関する条約では,意思決定能力があることを前提に,意思決定への必要な支援を要請するよう定められるに至った。

医療においても,医療者は自らがおこなう説明を患者が理解できているかどうかを評価し,可能な限り本人が自ら決定できるように支援をする必要がある。

5.認知症と意思決定支援

わが国では65歳以上の人の15%が認知症にり患をしている。そのうえ,ほぼ同等の数が,軽度認知機能障害と見積もられている。今後,日本人の5人に1人は認知症になると推測されることを考えると,認知症は決してまれな障害ではない。

従来,認知症の支援は,決められない本人に代わり代理決定をすることと認識されがちであった。その背景には認知症の診断と「本人が意思決定できる・できない」の概念(意思決定能力の検討)が混同されるなど混乱もある。

そこで,認知症の領域において,ノーマライゼーションの流れに沿い,可能な限り認知症の人の自己決定を補うための支援とはどのようなものか,その考え方や実践を提示する事を目的に,2018年6月に厚生労働省は,「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」を公開した。

本ガイドラインは,本人の残存能力を活かして,本人が可能な限り意向を表明できるように支援することを目指して,意思決定支援を,①意思形成支援,②意思表明支援,③意思実現支援の3つのプロセスに分け,それぞれのプロセスが適切に進んでいるかどうかを確認することを通して,本人の能力に応じた適切な支援が提供できているかを検討する枠組みを示している。

特に,自ら意思決定できるように,認知症が軽度の段階から,今後の生活がどのようになるかの見通しを,本人中心に話し合っていくという「早期からの継続的な支援」をガイドラインの柱の一つとして提案し,認知症におけるアドバンスケアプランニングの考えを反映させている。この視点の転換は非常に大きい。新たな支援の流れをどのように実現していくか,今後の具体的な実践と経験を共有していくことが重要になろう。

文 献
  • 朝田隆(2013)都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応 総合研究報告書.厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業.
  • 厚生労働省(2018)認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
  • 厚生労働省(2018)人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会 参考資料 人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000199004.html
  • NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. https://www.nccn.org/home
  • 西永正典(2000)総合機能評価(CGA)の臨床とその意義.日本老年医学会誌, 37; 859-865.
  • Wilson, K. G., Chochinov, H. M., de Faye, B. J., & Breitbart, W.(2001)緩和ケアにおけるうつ病の診断とマネージメント.In:緩和医療における精神医学ハンドブック.星和書店,p.29-53.
  • Yesavage, J. A., et al.(1982)Development and validation of a geriatric depression screening scale: a preliminary report. Journal of Psychiatric Research, 17(1); 37-49.

バナー画像:Davie BickerによるPixabayからの画像

小川朝生(おがわ・あさお)
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科
公益社団法人日本精神神経学会精神科専門医・指導医,公益社団法人日本医師会認定産業医,一般社団法人日本総合病院精神医学会一般病院連携精神医学特定指導医,一般社団法人日本認知症学会専門医・指導医,一般社団法人日本サイコオンコロジー学会登録精神腫瘍医

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